楽な仕事
アメリカ合衆国 アイオワ州――
時刻は夕暮れより少しだけ早い、街の外れにある銀行には人がまばらに見える。周囲には背の低い建物が並び、人通りは少ない。ロビーに居るのは四人の客と二人の受付。後は裏に何人か、警備は見える範囲で二人、やる気が無さそうに欠伸などをしている。今から見た事も無い惨劇が起こるなど想像もしていないのだろう。
空は快晴で大分温かい、ロシアのモスクワ郊外で輸送車を吹き飛ばしたのが随分遠くの事に感じられる。あれからもう半年以上経っているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。吐き出す息も白くは濁らなかった。
《お前達、準備は良いか?》
耳元の無線機からマルドゥックの声が聞こえる。充嗣は今、通常の客を装って銀行の前に居た。壁に背を預けて煙草を口に咥える、本来喫煙はしないのだがポーズとして必要なのだ。無論監視カメラに映らない様立ち位置には気を付ける。
すぐ隣にはトリが携帯を弄りながら待機し、アジンは少し離れたバンの隣で運転手と雑談している。バンは銀行の隣に駐車し、金庫を破ったらすぐに逃走出来る様スタンバイしていた。
通行人も、銀行員も、特に充嗣達を怪しんでくる事は無い。
「アジン、問題無い」
「ドヴァ、いつでも」
「トリだ、さっさとやっちまおう」
三人が無線に答え、そっと銀行の屋上に目を向ける。現在チトゥィリは銀行の側面から屋上に侵入していた、彼女が監視室を制圧した瞬間、三人の出番が来る。二階建ての銀行はロープさえあれば簡単に登る事が出来た。
《チトゥィリ、頼んだぞ》
作戦は既に始まっている。チトゥィリから監視室制圧完了の一報が入るまで、充嗣達は監視カメラに見つからない様一般人を装う。煙草を咥えながら充嗣は空を仰ぎ、ふわふわ浮かぶ雲を見つめながら煙を吹かした。
その間、監視カメラの位置や客の動向を把握する。ロビーは入って左側が受付、右側にはATMが三台と中央に長椅子が並んでいる。受け付けは二つで、今はどちらも埋まっており長椅子で待機している客が二人。
脳内で踏み込む時のタイミング、攻略するルートを考える。まず受付の二人を射殺し、客を制圧。裏はトリが担当すると言っていたので、充嗣は正面のロビーのみを静かにさせれば良い。客は受付嬢を撃ち殺せば黙るだろう、変に英雄ごっこを夢想するのならば、額に鉛を撃ち込んでやればよい。静寂か死か、お喋りな道化は仕事に不要だ。
そんな事を考えながら銀行内を見ていると、不意に「すみません」と声を掛けられた。
充嗣は咥えた煙草を口から離すと、「はい?」と声のした方向に顔を向ける。見れば中を巡回していた警備が充嗣の隣に居た。被った警帽の奥に光る瞳から、若干の警戒の色が見て取れる。警備は初老の男性で、如何にもベテランと言った風格だった。
「当銀行に何か御用でしょうか? それにしては、随分と長い間外にいらっしゃる様ですが……」
警備の手が拳銃に伸びている事に充嗣は気付く、決断が早い。恐らく充嗣が不審な動作の一つでも見せれば、簡単に引き金を引くだろう。
奥に視線を向ければトリがこちらを気にしつつ携帯を弄り、逆の手をベルトに差したグロックに伸ばしていた。仮に強盗が露呈すれば、その瞬間に撃ち殺す気だろう。
さっきまで平和ぼけした間抜け面を晒していたと言うのに、何て勘の良い。
充嗣は努めて平静を装い、「あぁ、いや、はは、すみません」と軽く笑い飛ばした。
「自分、今順番待ちをしている彼女の連れでして、終わるまで待っているんです、どうにも、座っていると落ち着かなくて、すみません、何か誤解させてしまったみたいで」
充嗣がそう言って笑うと、警備の男が「そうですか……」と言いながらゆっくり視線をスライドさせた。その視線の先には、充嗣が指差した女性。無論、何処の誰かも知らない赤の他人だ。茶髪でミディアムヘアーの素朴な女性、受付の順番待ち中だろう。
「何なら、確認して来ても良いですよ、彼女は『リーナ』って言います、俺は『スミス』、外でスミスって人が待っているけど、貴女の連れですか? って聞いて貰えれば、すぐ分かりますよ」
嘘を吐く時のコツは、あくまでさりげなく、具体的な内容を添えて話す事。充嗣は一時も警備の瞳から目線を逸らさず、朗らかな笑みを浮かべたまま言い切った。全身の筋肉を緩ませ、全体的に軽薄な男を演じる。
「あぁ、それと、彼女は姓が【ブラウン】なんですけど、それで呼ぶと嫌がるんです、だから呼ぶ時は【リーナ】でお願いしますね」
「はぁ……」
警備の男性から困惑した声が返って来る。誰もそこまで聞いていないと、内心の声が透けて聞こえて来る様だ。充嗣は出来るだけ時間を稼ぐために、どうでも良い情報を並べる。彼女は何が好きで、何が嫌いで、いつもは冷たいのだけれど本当は甘えたがりだとか、半ば惚気の域に達してる。
無論それは実在しない人物の事なのだが、話すごとに若干要素がレインに寄っていくのは何故だろう。咄嗟に出た嘘が身近な女性の特徴になると言うのは何とも気恥ずかしい。
「分かり、分かりました、今、確認して来ますから――」
充嗣の攻勢に痺れを切らした男が、両手で充嗣を押し留めながら口にする。充嗣はすっとぼけた様に「あ、そうですか?」と笑って、一歩引いた。
これは勘違いだったな。
警備はそんな事を思いつつ充嗣に背を向け、一応指定された女性に近付いて行く。充嗣はその背を見送りながらベルトに差し込んだリボルバーを握った。時間稼ぎは終わった、これで女性に警備が話しかければ全てが露呈する。充嗣はトリに視線を飛ばし、ロールは充嗣に対してゆっくり頷いた。
そして時は来る――
「監視室、制圧完了」
チトゥィリからの制圧完了報告、それと警備が女性に話しかけるのはほぼ同時だった。
「すみません、少し宜しいでしょうか?」
「はい? えっと、何でしょう」
「あちらの方は、お客様のお連れ様でしょうか」
「連れ……? あちらって――」
女性が警備の横合いから顔を覗かせ、充嗣を見る。そしてその表情は一瞬で恐怖に染まった。彼女の目に見えたのは、道化マスクを被った強盗の姿。その銃口は自分を向いている。
「仕事の時間だ」
サイレンサーの付いたナガン・リボルバーが火を噴き、警備の頭部を吹き飛ばす。警備は勢い余って女性にもたれかかり、そのまま地面に倒れ伏した。もう一人、壁際で退屈そうに窓を見ていた警備はトリのグロックに脳味噌をシェイクされる。撃ち込まれた弾丸が貫通し、赤い血と共に壁に穴が空く、警備は何が起こったのか理解もせず死に絶えた。
「きッ!?」
目の前に死体が出来上がった事に、女性が声を上げようとする。その叫びが実現する前に充嗣は女性を撃ち殺した。眼球の辺りに弾丸が着弾し、バシュン! と弾丸が頭部を貫く、後はカクンと膝が落ちるだけ。瞬く間に三人が死に絶え、残った五人が呆然と充嗣達を見た。その間をトリが走り抜け、裏へと回る。
「死にたくなければ黙って這い蹲れ、叫ぶのも駄目、話すのも駄目、逃げるのも駄目、返事は態度で、ハイ五秒以内」
充嗣はそう言って指先で地面を差し、それから目にも留まらぬ速さでリボルバーを連射。ボッ! ボッ! とくぐもった音が連続し、受付嬢の頭部が弾け背後の棚に突っ込んだ。脳髄が壁に張り付き、白い壁が真っ赤に染まる。
「いっ、嫌――」
一番近くに居た女性客がその光景を目にして、叫ぼうとする。しかし、充嗣が躊躇い無く自身に銃口を向けるのを見て、辛うじて悲鳴を呑み込んだ。隣に居た男性はすぐさま地面に這い蹲り、自身の両手を後頭部に添える。女性も慌ててそれに倣い、震える体で冷たいフローリングに這い蹲った。ロビーで生き残った人質は、三人。
「良し、良し、物分かりが良い人間は好きだ、願わくば俺達が去るまでそうである事を願うよ、お前等が今からする事は簡単だ、決して声を出さず、騒がず、息をするだけの生き物になるんだ、そうすれば無暗に殺しはしない―― ただ、それを破るのであれば容赦はしない、そこらに転がっている死体になりたくないなら、従った方が良い」
充嗣はゆっくりとリボルバーの回転式弾倉を弾き出し、撃った分の弾丸を排出する。そしてポーチから弾丸を取り出し、一発ずつ装填した。装填される弾丸が擦れ、金属特有の甲高い音が鳴る。充嗣はそれを周囲にゆっくりと流し恐怖感を煽った。
明日は多分お休みします。
※リボルバーの最初の描写を変更しました。




