ナイト・ウェポン
帰り道、既に日が落ちて世界に夜の蚊帳が降りた時間帯。充嗣はミルとロールと共に、都市部の地下にあるバーに来ていた。バーと言ってもその実、酒はメインで無く裏取引、主に銃器や爆発物を取り扱っている地下武器販売店である。ミルがカスタム用のMODが欲しいと言うので、酒を飲むのも含め、此処に来たという次第である。トレーニングを終えたばかりの体は疲労感を訴えるが、疲れた体に染みわたる酒は素直に美味いと感じた。ただ少し、物足りなさは感じたが。それがBANKERが揃っていないからなのか、それとも単純にマルドゥックの用意した酒が上等なだけかは分からない。
充嗣が周りを見渡せば、単純に酒を飲みに来た客も居れば、銃器の取引をしに来た客もチラホラと見かける。銃器を購入する客は、まず店員を呼び札束の入った封筒を手渡す。すると裏に入った店員が必要な武器の入ったバッグを持参し、他の客の前でこれ見よがしにワインラックから数本のワインをバッグの中に仕舞う。そしてソレを購入した客に手渡した。あくまで「ワインボトルを購入した」という体を装う為だ。
バッグに入る数にも限りがある為、これは小口の客の買い方だ。
ミルのような大口の客は、店でじっくりと装備品やら何やらを吟味し、その場で必要な武器、爆発物を屋敷へ搬入する様依頼しておく。金は装備品か届いた後、指定口座に振り込むと言う形だ。
ミルが購入物を決めたのだろう、裏口からぬっと姿を現して「良い買い物をした」と笑顔で報告。そしてバーのマスターと握手し、充嗣とロールの居るテーブルへと戻って来る。
「ARCとFMGに合ったオプションが見つかったよ、予備パーツと弾薬も、ついでにセカンダリも幾つか、これだけ買ってもコレなら安い安い」
そう言ってミルは指を一本立てた。それを見たロールが「へぇ、そりゃ、中々だな」と口笛を吹く。ミルがテーブルに戻るのと合わせて、三本のワインボトルがコトンとテーブルに置かれた。給仕の男がニコリと微笑む、どうやら大口客への接待らしい。既に二本空けていたが、あればあるだけ飲むのがBANKERだ。ロールが機嫌良さそうに手を挙げ、給仕に礼を言う。
「そう言えばミル、何か新しい装備を見繕ったって言ってたけどよ、結局何だったんだ?」
ロールが出されたワインボトルを手際良く開けながら、そんな事を聞く。どうやらこの店の件とは別らしい、充嗣は初耳だった。「そうなのか?」と充嗣も便乗して問いかけると、ミルは「あぁ」と確かに頷く。
「充嗣の依頼に対する姿勢に感化されてな、結構な金を注ぎ込んで、武装を一つ開発して貰った」
「開発? 唯一品って事か?」
「あぁ、独占契約って奴だ、日本企業の【老神重工】って企業、知っているか?」
ミルがどこか嬉し気に答える、ロールは聞き慣れない言葉に「ふぅん?」と気の抜けた返事をした。今いち凄さが分からないという雰囲気が出ている、企業の方も聞き覚えが無い様だ。しかし充嗣はミルの口にした企業に聞き覚えがあった、充嗣自身もたった今強化外骨格の開発を依頼している会社だ。知らない筈がない、どうやら強化外骨格以外にも銃器開発を行っているらしい。
「ミル、実は俺も、その企業に商人経由で新しい防護服の開発を依頼しているんだ」
充嗣がそう言うと、ミルは「本当か?」と驚きを現わした。どうやらミルにとっても意外だったらしい。ワインを一人煽るロールはどうにも企業自体には関心が無い様で、「具体的に、その武器はどう凄いってンだ?」とミルの回答を急かした。
「ん、あぁ、今開発中の武装はな、簡単に言うと設置型自動攻撃銃だ、非対象信号を発信する対象以外の人間を探知して、問答無用で撃ち殺す、信号発信チップは完成次第BANKERに配る、使用弾薬は徹甲弾(Armor-piercing)、ハウンド・ドッグのベストアーマー程度なら容易く撃ち抜く威力なのだが、サイズの問題で然程弾薬が積めないのが難点らしい」
どうやらミルはその質問を待ち望んでいた様で、喜々としてその武装の素晴らしさを語った。単独で持ち運び可能な設置型自動攻撃銃は今までに無く、設置してから凡そ半日、十二時間以上の稼働が可能らしい。正面に簡易防弾盾と、上部に小さな太陽光発電用パネル、日中かつ屋外であれば電力を確保できる優れもの。
弾薬は外付け式で専用マガジンには60発まで詰め込むことが可能、単純に戦力が一人分増えたと言っても良い。弾さえあれば殆ど無休で働く新クルー、ロールも話を聞きながら「そりゃ、すげぇな」と頷いた。
充嗣はミルの話を聞きながら、設置型自動攻撃銃の存在を今更ながら思い出した。最初の頃は地雷よりもこちらを望んでいたと言うのに、すっかり頭から抜け落ちていた。確かに、ゲームでは使用できる武装の一つだったが、成程、現実ではこうやって生み出されるのかと。
「その設置型自動攻撃銃、実際の大きさは?」
「ハンドバッグ位の大きさだ、外見は工具入れみたいな感じか、蓋を開けるとそのまま簡易防弾盾になる、AR程度の口径なら結構耐えるぞ、SRになると少々厳しいが」
「静謐でも場合によっては持ち込める大きさか……設置場所によっては、猛威を奮う武装だと思う」
「俺も同意見だ」
ともあれ、BANKERが力を増すのは歓迎だ。充嗣もミルの話を聞きながら、自身の新しい防具の完成を夢想した。すると一人ワインを舐めていたロールが「俺も新しい武器、買ったぜ」と、どこか胸を張って自慢気に言った。
「ほう、重火器か?」
「あぁ、それも飛び切りに、物凄く強い重火器だ」
ロールの自信満々な姿に、ミルは興味が惹かれたらしい。
しかし充嗣は知っている、ロールの言う「物凄く強い」はとても偏見に満ち溢れていると。曰く、重くて、デカくて、長い銃が強い。そういう事らしい、その事から充嗣の頭の中に浮かんだ重火器はとても限られていた。嫌な予感がする、それも飛び切りに嫌な予感だ。
「ロールも開発を依頼したのか?」
「いや、俺にはそういう難しいのは無理だ、だから武器商人に頼んで飛び切りの奴を取り寄せて貰った、アイツはどんな野郎が来ても即殺だ、今まで以上にぶっ飛んだ威力だぜ、通称【無痛ガン】だ、痛みを感じる前に死んじまうって性能だから、その名前が付いたンだと、どうだ、カッコイイだろ?」
充嗣は独り天を仰いだ、最早その言葉で大体の事が察せられたと言うか、確定したと言うか、やはり嫌な予感は見事的中したらしい。ミルも通称は聞いた事があるのだろう、脳裏を過ったのはゼネラル・エレクトリック社の低高度防空機関砲。その額にじわりと冷汗が浮かんだのを充嗣は見逃さなかった。
「MNG-039って名前なンだがよ、面倒くせェから『ガトリング』って呼んでるぜ」
ガトリング銃、ロールが言っている銃は俗に【ミニガン】と呼ばれる、通常であればハンヴィーやヴェノムと言った車両、軍用ヘリに搭載されている固定機関銃であった。車両やヘリに搭載されている為、当たり前だが人間が腕に抱えて撃つ設計にはなっていない。
全長は900mmで大容量バッテリーや弾薬を含め総重量は100kg程と聞いた事がある、普通の人間には持てない、何度でも言う、普通の人間には、持てない。
何故せめてマイクロガンにしなかったと言う言葉を辛うじて呑み込んだ。
「ロール、お前……正気か」
ミルの珍しい、非常に焦燥した顔が目の前にあった。充嗣も正直同意見である、確かに強いと言えば強い、ミニガンの前なら例えアイアン・アーマーであってもボロ雑巾になるだろう。充嗣の着用している対爆防弾スーツであっても、食らい続ければ抜かれる。勿論スキルありきで、無ければ瞬時にお陀仏だ。
そう考えればハウンド・ドッグの隊員が着用するベストアーマーなど、紙切れにも等しいだろう。重装甲兵ですら脅威になり得ない。しかし、そんな馬鹿みたいな火力を手に持って移動するなどと、正気の沙汰ではなかった。
「あぁ? 正気かって、ンなの当たり前だろう、あの銃スゲェんだぜ? 試射用の装甲バンが蜂の巣になったンだ、殆ど鉄屑って言って良い、流石に弾薬消費が激しいからよ、かなり発射レートを落としたんだが、いや、それでもクソつえぇ」
当たり前だろう、お前の使っているそれは軍用ヘリが地上目標に対する制圧射撃を行う時に用いる銃だぞと、発射レートが早すぎて最早火を噴いている様にしか見えないと言われる重火器だ。充嗣は頭を抱えた。向こうを見れば、充嗣と同じような顔をしたミルが口元を引き攣らせていた。視線が交差し、お互いに内面を推し量る。
これは笑ってごまかして良いレベルだろうか、いや、もうBANKER自体がアレな組織なのだ、最早何も言うまい。
充嗣とミルは互いに菩薩の様な表情を浮かべ、一つ頷いた。お前それ、銀行ごとぶっ壊す気かとか、誤射したら味方ごと昇天するぞとか、色々言いたい事はあったけれど。
「うん、まぁ―― 良いんじゃないかナ」
突っ込んだら負けだ。
充嗣は再びBANKERの教訓を胸に刻んだ。




