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Extr 二人の夜

「だって充嗣あなた、最近もの凄い無茶をするから」


 肌触りの良いベッドの中で、レインはそんな事を口にした。それは何故突然告白―― 婚姻届けを突きつける事が、告白かどうかは分からないが―― をして来たのか、という問いに対する答えだ。時刻は夜、レインの所有する別荘宅の寝室で二人は横になっている、静かなこの島では波の音しか聞こえない。

充嗣の腕の中にすっぽりと納まった彼女は居心地が良いのか、温もりを求める様にぐっと充嗣の腰に手を回した。レインの形の良い胸と先端の突起を感じながらも、充嗣は努めて冷静に返す。


「無茶、しているか?」

「しているわ、それも何度も」


 前の銀行強盗の時もそう、独りで飛び出してHERの直撃を受けて。金塊を奪取する依頼ミッションの時も重装甲兵アーマードとハウンド・ドッグの一般隊員相手に突っ込むし、絵画強奪の依頼ミッションじゃあ、味方を庇って瀕死の重傷。


「これで無茶をしていないって言うのなら、何で言えば良いの? 死にたがり?」

「……酷い言われようだ」


 しかし彼女から見ればそう見えるのだろう、確かに普通の人間からすれば正気の沙汰ではない。頭がイカれている狂人集団の中でも、飛び切りにヤバい奴、そういう評価を喰らっても充嗣は何ら反論出来なかった。弾丸の雨の中に飛び込むのも、HERの直撃を受けるのも、常人なら人生の中で一度も経験せずに死ぬものだ、それを経て生きているのだから気狂いと言われても仕方ない。


「好きな人に想いも告げられず死なれるなんて、最悪よ、だったら早く想いの丈をぶちまけて、私の傍に引き摺り込んだ方が何万倍も良いわ」

「……言葉のチョイスに悪意を感じるのだけれど、気のせいだろうか」

「あら、私かなり嫉妬深いの、理解わかっているでしょう?」


 その言葉と同時にレインの足が蛇の様に絡みついて来る、それはねっとりと汗を滲ませて、僅かな締め付けを行った。ちゅ、ちゅとレインの唇が頬や額に降り注ぐ。その瞳には確かな情欲と、絶対に逃がさないという気概だけが籠っていた。


「初っ端に婚姻届けを突きつける『重い女』が、そう簡単に想い人を逃がすと思って? 恋人結構、勿論結婚を前提にしたお付き合い、って奴でしょう? なら問題無いわ、婚前交渉も何もかも、私にとっては些事に過ぎない、何故なら貴方ミツグレインは既に結ばれているから―― 間違ってないわよね?」


 ここで間違っている、なんて指摘したら絞り殺されると思った。主に下半身的な意味合いで。故に充嗣は冷汗を必死に隠しながら首を縦に振った、それが正しいかどうかは兎も角、人間にはイエスマンにならなければならない時がある。


「なら、良いわ」


 満足そうに笑い、レインは充嗣の胸板に顔を埋める。充嗣は自分の未来で一番大切な何かを決定してしまった様な気がしたが、深く考える事をやめた。人間ある程度適当に生きなければ、やっていられない、そう自分に言い聞かせて。


「……随分と傷が増えたわ、弾痕も、縫い痕も」


 充嗣の胸にある縫い痕を指先でなぞりながら、レインはそんな事を言う。充嗣自身も自覚はあった、元々弾痕やら切り傷やら火傷やら、傷の絶えなかった巳継だが、充嗣になってからは明らかに体に刻まれる傷が増えた。胸や背中、腕に足、装甲アーマーで防げた弾丸は青痣で済むが、HERが直撃した二回はどうしようもない、右腕は縫い痕と火傷の痕が目立ち、体の至る所に切り傷や弾痕があった、中には皮膚が無残にも剥がれた痕もある。


「命があるだけマシだと思っている、手足が捥がれても、顔面が吹き飛んでも、生きているなら儲けものだ」


 だから傷跡程度、どうという事は無い。勿論充嗣とて、レインが嫌だと言うのであれば極力被弾を避ける気ではあるが、こればかりはどうしようもない、性分と言う奴だ。BANKERの前衛が被弾を恐れては、背後の仲間を守れない。

充嗣がそう言うと、レインは少しだけ笑って、「私は手足が捥がれるのも、顔が吹き飛ぶのも、傷跡でさえ嫌よ」と言った。


「傷のある女の裸なんて、嫌でしょう?」

「……別に俺は、生きてさえいれば、それで」

「欲が無い人ね」


 それとも優しさなのかしら? そう言ってレインは静かに 充嗣の唇に口付けを落とした。湿った唇を割って、その向こう側から舌が充嗣の歯に触れる。くすぐったさに舌を伸ばせばレインの舌が絡めとり、粘液同士の水音が部屋に響いた。舌の柔らかい感触と鼻腔を擽る女性の匂いに、充嗣の男が首を擡げる。充嗣に被さったシーツが僅かに動き、レインが変化に気付いた。ゆっくりと唇を離したレインが、「あら」と驚きの声を上げ、それから充嗣を見上げる。

 充嗣を見るレインの表情が変化し、口元に深い笑みが浮かんだ。


「元気ね、充嗣あなたサン、私を孕ませる気かしら? そうなったら勿論、責任はとって貰えて?」

「……それは、その、結婚という意味で?」

「勿論♡」


 ゆっくりと充嗣のソレを摩りながら、レインはこれまでにない程良い笑顔を浮かべる。充嗣をこのベッドに押し倒した時も大概良い笑顔だったが、今はそれ以上だ。これでは本気で妊娠しようとするかもしれない、充嗣の脳裏に取り乱しながらも懸命に自分の上に跨るレインの姿が想像出来た。

受精するまで離さない、想像上のレインは潤んだ瞳のままそんな事を言い出す。に恐ろしいのは、それが実現してしまうかもしれないという点か。


「……………………わ、分かっ―ぶッ」


 二十秒程じっくり考えて、充嗣は「ここで否定しては本物の屑」という退路が無い事に気付き、ゆっくりと頷いた。いや、頷こうとした瞬間、レインの食い付く様なキスに口を閉ざされた。充嗣の上に圧し掛かる様にレインが覆い被さり、その情欲に塗れ切った瞳を見せる。これは正に朝までコースという奴だろう、幸いにしてどちらもBANKERクルー、体力は凡人のそれを遥かに凌駕する。


 充嗣は明日の朝に自分が生きている事を願いつつ、目の前の肉欲に溺れて行った。


 余談だが、この時充嗣は他人と婚前交渉をした事実を墓まで持っていく覚悟を決めた。それが実際に果たされたのかどうかは、誰も知らない。



 余分話という事で短いです。


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