銀行強盗準備
ストックとか無いので短く、一日一話程度だと思って下さい。
無理だったら三日に一話とか二日に一話ですかね。
マルドゥックの雇った輸送担当者に金と装備一式を渡し、何ら一般人と変わらぬ恰好で帰宅する充嗣。ロールはそのままあちこちを梯子すると叫んで町へ繰り出し、ミルは次の仕事についてマルドゥックと相談すると言っていた。レインは気付いた時には既にいなかった、それぞれ性格が出ていると思う。
BANKER のクルーと別れた後、ロールの誘いを断った充嗣は自宅へと向かっていた。場所は携帯のGPSで確認している、都内の高層ビル三十四階『0298』、それが充嗣の住んでいる場所だった。
途中タクシーを拾って都内に入り、そのまま自宅のマンションへと送り届けられる。タクシーの窓から見えた街の人々は、当たり前だがNPCらしさなど微塵も無く、誰もかれもが確かに生きて日々を過ごしていた。そこにはゲームの中で惨殺される機械ではなく、一人の人間が居た。この世界はゲームだ、充嗣が好きだった、けれどそのゲームの中で動いている住民は本物の人間、血の通った。そんな住人の姿を見ながらぼうっとしていると、運転手に「到着しました」と告げられた。慌てて手持ちの財布から札を差し出し、下車する。走り去っていくタクシーを見送って、充嗣は自身の自宅を見上げた。
「うっわ」
マンションの前に立って一番最初に想った事は「デカい」という感想だった。日本の東京に乱立するビル群に負けぬ大きさ、銀行強盗後のキャラクターの私生活なんて想像した事も無かったけれど、確かに莫大なお金が一度で手に入る職業、やはり相応に良い場所に住んでいる様だ。
恐る恐るといった風にエントランスホールへ進む、自動ドアの前には防犯用のナンバーロック、知らない記憶に導かれるまま『119872』と打ち込んだ。ドアはすんなりと開き、その煌びやかな室内へと充嗣を迎え入れる。
慣れない風景に少し忙しなくなりながらも、エレベーターに乗って自宅へ。途中すれ違う住人とは極力目を合わせないようにした。途中相乗りする事も無く、そのまますんなりと目的階へと辿り着く。エレベーターから降り長い廊下を見ると何とも分不相応だと思ってしまった、元々の充嗣はごく平均的な収入を持つ一般人である。この感覚はあくまで充嗣の価値観であって、巳継の意思ではない。
廊下の一番端っこに自宅はあった、ナンバープレートの横には『巳継』の文字、此処で間違いない。カードリーダーにキーカードを差し込むとガチンと扉のロックが外れた音がする。そのままドアノブに手を掛ければ簡単に開いてしまった、中を覗き込むと明かりは無い。
充嗣は自分自身が今臆病になっている事に気付いた、強盗をしている最中はこんな感情が湧き上がる事はないのに、まるで強盗の時だけ巳継で、平常時だけ充嗣の様だと思った。そしてソレが強ち間違いでも無いとも。
リビングは途轍も無く広かった、充嗣の持ち家の二倍近い広さがある。これが自分の家なのかと軽く戦慄を覚えていると、視界に壺やら絵画やら、何とも金の掛かりそうな物品が部屋を彩っていた。恐らくミルの言っていた骨董品趣味だろう、それらをまじまじと見ながら「何でこんなもの集めていたのだろう」と心底思う。どうやらそこは同調出来ないらしい。
家を一通り調べ終わった充嗣はシャワーを浴びてさっさと寝てしまう事にした。部屋はリビングと仕事用のパソコン部屋、寝室と資料室の様な場所もあった。一番驚いたのはパソコン部屋に銃火器や爆発物が隠されていた事だ、記憶として理解していたものの実際に見ると凄まじいの一言。平常時だからこそ自分の異常性が浮き彫りになる気がした。
それらの銃器を見て、充嗣は安心している自分と焦燥している自分が居ると気付く。それが充嗣と巳継の違いであるとは直ぐに分かった、どうにもこの体と精神は二面性を持っているらしい。自分とキャラクターが混同していると思うと、妙な気分だった。
ベッドに寝転がりながら色々考えた。この世界の事とか、自分の世界の事とか、充嗣に関しての事とか。もし捕まってしまったらどうしようとか、そんな事も考えた。生前は清く正しく生きる事を善とし、犯罪一つ犯さず生きて来た。その反動がゲームとして現れたのかは分からないが、事この世界に於いては既に充嗣は犯罪者として生きている。今更何を考えたってしょうがない、それが充嗣の結論だった。
「振込は毎日少しずつ、二億円、仕事のインターバルは凡そ二ヵ月に一回」
白い天井を見上げながら自分の記憶を反芻する。それは巳継として生きて来た体に刻まれている情報、BANKERは二ヵ月に一度強盗を繰り返し、得た金銭や目標物は綺麗な札となって振り込まれる。この辺りはマルドゥックの管轄だ、振り込まれる金は一日四百万程度。二億を丸々六十日掛けて洗浄するという事、何とも途方もない話だと思う。
「そうだ、金を奪うだけじゃ駄目だ、それを使えるようにする事も必要なんだ」
それはゲームでは語られなかった部分、そうなるとこの世界は中途半端にゲーム的で、中途半端に現実的だと思う。まるでゲームの要素を現実に当て嵌めたみたいだ。
充嗣は頭の中でゲームのシステムを思い浮かべていた、もしこの世界がゲームの要素を含んでいるのならば【スキル】が扱えるはずだと。ファンタジーの様に手から炎を出したり、瞬間移動なんかは出来ないが、耐久力を上げたり足を速くしたり、様々なスキルが存在していた。
その中でも充嗣は【使用するボディアーマー値の上昇】と【爆発物の取り扱い】、そして【敵の説得】に関するスキルを振っていた。ゲームでは専ら前線で撃ち合い、投降させた敵を味方に引き入れ、重装甲兵を爆薬で吹き飛ばす、そういうプレイスタイルで戦ってきた。所謂前衛組という奴だ、恐らくロールと充嗣が前衛で、ミルが衛生兵兼司令塔、レインが電子機器及び金庫突破係と言った所か、バランスが良いと独りでに思う。
こういう時、ファンタジーなスキルだったら確認できるのだろうけどと充嗣は考える。アーマー値の上昇や敵の説得など、どうやって確かめろと言うのか。実際に味方に撃って貰うなど論外、爆発物も同じ、やはり実戦で確かめるしかないのだろう。
となると、目下必要な事は。
銃器、爆薬の調達。そして何より堅牢なボディアーマーを手に入れる。
先程充嗣はこの世界が現実世界にゲームの要素を当て嵌めたみたいだと思ったが、であれば抜け道があると考えた。ゲームでは登場する銃器、ボディアーマー、装備品しか持ち込めなかったが、この世界に関して言うのであればその法則は適応されない。ぶっちゃけた話、戦車でも持ち込もうと思えば持ち込めるのだ。
そして重要なのは充嗣のスキルが『アーマー値が高ければ高いほど上昇値は増加する』と言う点。もしスキルがそのままであるなら、並外れた耐久値を得る事だって不可能じゃない。そうでなくとも充嗣は何より死ぬことを恐れた、ゲームでは死んでもリスポーン出来たが、此処はゲームであって現実でもある。そのままポックリ逝ってしまっては何とも味気ない。だからこそ死なない様に準備する事は必要で、充嗣は当面次の仕事までに十二分な準備を済ませようと独り決心した。