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命のストック


充嗣パドゥルーガ? どうしたの、防具アーマーの納入はまだ先の筈よ?」


 充嗣が丁度食事を食べ終わる頃、ヴィクトリアから電話の取次ぎがあった。どうやらカリアナから直接交渉がしたいと言われたらしい。商品について語るのであれば是非も無い、充嗣は頷き携帯を受け取った。

 小さな携帯の向こう側から聞こえて来る声は若い女性の声だ、恐らく充嗣より少し上か、若しくは同じくらいの年齢だろう。


防具アーマーの話ではあるんだが、今回は納入の件じゃない、実はもっと硬い奴に新調したいと思ってね」

「……重装甲兵アーマードの対爆スーツじゃ満足頂けなかった?」

「銃弾数百発とHER―― LAWの直撃を受けたらボロ雑巾になったよ、アレより頑丈なのが欲しい」


 充嗣が率直に自身の要望を述べれば、向こう側から盛大な溜息が聞こえた。まぁ充嗣自身無茶な要望を口にしている自覚はある。普通のアーマーだったら銃弾数百発にも耐えられないし、LAWの直撃を受けて平気な対爆スーツなど想像もつかない。それは戦車の装甲を纏った疑似人間だ。


突撃銃アサルトライフルの弾丸を数百発受けても何ともなくて、HERの直撃を受けても平気で、尚且つ人間が着用して動ける対爆防弾服をお探しで?」

「単純に言うとそうなる、もっと言うと更に動きやすくて走りやすい奴だ」

充嗣パドゥルーガ、貴方もしかしてヤクでもキメて話しているのかしら?」


 麻薬中毒者扱いを受ける程酷い話だったか、これは。充嗣が肩を竦めて「まさか」と口にすると、カリアナは「でしょうね」と若干疲れた声で答えた。今の彼女の顔が手に取る様に分かる、実際に逢った事は無いが。


「あのね、アメリカン・ヒーローじゃなきゃ、そんなトンデモ装甲服スーツ何て持っていないわ、それこそ映画の中の話よ、そもそもHERの直撃に耐えられるアーマーってだけで異常おかしいの、それ以上を望むなんて、もういっその事サイボーグにでもなったら?」


 散々な言われようである。しかし、確かに一理ある。「蝙蝠男バッドなマンか、鉄男アイアンなマンか、お好きな様に」と口にするカリアナを他所に、充嗣はサイボーグ化に関して少しだけ興味が湧いた、機械は男のロマンである。

 妄想に耽る充嗣に対し、僅かばかり沈黙を守ったカリアナは、渋々と言った風に現実的な話をし始めた。


「……実際問題、そんな装甲服アーマーが欲しいなら、それはもう装甲服アーマーではなくて、強化外骨格パワードスーツの領域よ、HERはそもそも対戦車ロケットなのだから、直撃して無事でいたいなら戦車以上の装甲が必要よね、そうしたら必然重量も上がるし、とても人間の足で支え切れる負荷じゃないの、それに単純な装甲だけの話じゃない、衝撃を殺す為の機構も必要よ、装甲だけで受けたら中の操縦者の内臓とか骨がシェイクされちゃうもの、他にも排熱とか姿勢の維持とか、兎に角色々必要なの、恐らく重量はとんでもない数字になるわ、そうなったらその状態で歩けるようにしなければならないし、必要なのは筋力補助パワーアシスト、それはもうゴテゴテの日本のロボットアニメ見たいな外見になるわ」


 そう言った分野は充嗣の知らぬところなので、具体的な想像は出来ないが日本のロボットアニメと言われれば凡その想像はつく。中々どうして興味が尽きない、充嗣の頭の中でロボットに搭乗した自分がハウンド・ドッグを蹴散らすところまで考えた。正しくは搭乗するのではなく、身に纏う形になるのだろうが。


「実際、作ってくれと言ったら可能なのか?」


 充嗣は期待半分、冗談半分の気持ちでそんな事を口にした。素早く動けて戦車並みの装甲を持つ、そんな装甲服アーマーがあるのならば願ったりかなったりだ。充嗣の問いにカリアナは暫く口を噤み、ポツポツと考えを述べた。


強化外骨格パワードスーツのアテとなると、アメリカ合衆国のロッキード・マーティン、ジェネラル・エレクトリック、日本だと老神重工おいがみじゅうこう軍用強化外骨格パワードスーツの開発を行っているって聞いているわ、一応ツテが無い訳ではないけれど、正直言って期待は出来ないと思うの」

「日本でも開発しているのか」


 充嗣は開発企業の中に日本企業の名前が有る事に驚いた。


「カビの生えた条約の事を言っているの? やめてよ、私年寄りの相手はしたくないわ」

「……まだ俺は二十代なんだけどな」


 カビの生えた条約とは、何とも法令遵守を是とする日本では耳に慣れない言葉だ。充嗣が知らない日本の姿に、自身が本当に無知なのだと少しだけ恥ずかしくなった。まぁ、しかし、作れると言うのであれば充嗣は法など気にしない。そもそも自身が法令遵守とはかけ離れた職業に就いているのだ、今更だろう。


「カリアナの中でお勧めは?」


 充嗣がそう問いかけると、「私に聞かないでよ」と若干不機嫌そうな声が返って来た。


「私も詳しい研究内容まで知っている訳では無いの、裏稼業の人間相手に強化外骨格パワードスーツなんて売っていると思って? 国の軍隊に突っ込むならまだしも、私の商売客は個人なのよ」


 それもそうかと納得する。軍用強化外骨格パワードスーツを注文する連中なんて、国有軍隊かイロモノ好きの富豪くらいなモノだろう、若しくはそれ専門の研究機関か。それに彼女の様な裏の人間を使う必要もない。


「米国は既に強化外骨格パワードスーツの軍導入が決まっているわ、確かTALOSって名前だったと思う、2018年に特殊作戦軍(US SOCOM)に配備される計画だって、もし私が頼むなら日本ね、ロッキード・マーティン、ジェネラル・エレクトリックはどちらも合衆国軍に卸しているだろうし、それにあの国の平和ボケは仕事がやり易いわ」


 日本人としては何とも複雑な心境になる言葉だが、それもまた事実。カリアナは技術的な面では無く、入手のし易さから候補を絞った。彼女がそう言うのであれば、恐らく手に入れる事も不可能では無いのだろう。


「実際買うとして、幾らで売る?」


 充嗣が満を持して質問を飛ばせば、カリアナは「ふぅん」と吐息を漏らした。それから二度ほどトントンと携帯を指で叩く音がし、何か含む口調で充嗣に語る。


充嗣パドゥルーガ、貴方日本の防衛省が概算要求で十五億の強化外骨格パワードスーツ開発費を要求したって知っていて?」

「……いや、知らないな」


 まさか十五億の費用が掛かるのだろうかと、一瞬冷汗を掻く。流石の充嗣でも、そこまでの金額を用意しろと言われると少々厳しいものがある。今回の強盗で得た八億五千万を足したとしてもまだ足りない、単純に金が不足していた。


「そう、まぁこの要求は財務省の査定を通過出来なくて見送られたのだけど、翌年度の概算要求でも防衛相は九億円の開発費の要求をしているわ」


 九億と言う額を聞いて、今度は胸を撫で下ろす。それならば払えない事は無い、預金の殆どが吹き飛んでしまうが手の出る金額という事で安堵した。自身の金銭感覚が大分狂ってきた自覚はあるが、この際気にしない事とする。


「勿論それと同じ金額を払えとは言わないけれど、企業だってそれなりの金額を研究費用に充てた筈よ、安くは無い買い物だわ、対爆防弾スーツ百着分とか、そういう値段になるわよ? 億単位は覚悟して」

「勿論、それくらいなら、あぁでも、安いに越した事はないけどね」


 充嗣が頷きながら肯定の返事を返せば、カリアナは重い溜息を吐き出した。


「通常の強化外骨格パワードスーツは七百万程度よ、これはあくまで筋力補助を目的としたものだから、軍用となると二千万は硬いわね、更にオーダーメイドで装甲まで付けて、何から何までオプションを注文するなら――」

「四億までは出そう」


 カリアナの声に被せる様にして充嗣は言い切った。凡そ今回の報酬の半分、充嗣はそれを己の命を守る為に使う事にした。カリアナは一瞬何かを言いたげに息を吸い込むが、それを言葉として発する事は無く。「――分かったわ」と観念したかの様に声を絞り出した。


「近い内に老神重工とコンタクトを取ってみるわ、最大で出せる金額は四億、それで良いのね?」

「あぁ、頼む、少し位ならオーバーしても良いから」

「……まぁ、精々安く仕入れられるように努力してみるわ」


 己の命が四億で買えるのなら、安いモノだと充嗣は自身に言い聞かせる。「支払いは向こうと商談が成立したらで良いわ、また後で連絡するから」という言葉を最後にカリアナとの通信が切れる。充嗣は静かに携帯の画面を落とすとヴィクトリアに手渡した。


「また随分と大きな買い物をなさいましたね」


 充嗣が話している間、じっと隣で待ち続けていたヴィクトリアが苦笑いを浮かべ、携帯を受け取る。彼女からすれば一度に四億の買い物など、信じられないのだろう。それは充嗣とて同じだ、彼女と充嗣の金銭感覚は非常に近い位置にある。


「自分の商売道具だからな、金に糸目を付けたくないんだ、装備をケチって死ぬなんてのは御免だ」


 充嗣の場合は自分一人のミスでBANKER全体を危険に晒す事になる、それは他のクルーも同じ。だから充嗣は常に万全の準備をして依頼ミッションに臨む、より良い選択肢を選べるのであれば是非も無い、どれだけ金を使おうと躊躇いは無かった。


「……何だか、まるでお金の為では無く、戦う為に生きている様に感じます」


 携帯の表面をそっと撫でながら、ヴィクトリアは突然そんな事を言った。充嗣は思わずといった風に彼女を見る。

 ヴィクトリアの言葉は充嗣の核に迫っていた、それはまるでゲームをプレイしていた自分自身を見抜かれた様な気がしたから。強盗をしたいから金を稼ぎ、強盗をしたいから武装を揃える、金は手段であって目的ではない。ゲーム時代の充嗣を的確に表現した言葉だ、金を稼ぎ装備を整え、より難しい依頼ミッションへ――


 その目的は難しい依頼ミッションを四人でクリアした時の快感エクスタシーを得る為、金銭など些事に過ぎない、そこに達成感があるのならば赤字でも構わなかった。

それは正に、ゲームだから出来た事。


「……まさか」


 充嗣は表情を取り繕って、何を馬鹿な事を言っているんだと肩を竦めて見せた。ヴィクトリアは「そうですよね、申し訳ありません、変な事を口走ってしまって」と充嗣に謝罪する。それをやんわりと受け取りながら、充嗣は早鐘を打つ心臓に手を当てた。


この世界はゲームだ。

だけれど、現実でもある。


 スキルなんてモノが実在している時点で、凡そ今まで生きて来た世界と違う事は明らかだ。けれど、だとしても、この世界には現実的過ぎる事が幾つもある。充嗣の脳裏に少女の姿が映った、あのドイツ連邦の屋敷に居た少女だ。ゲームでは依頼ミッション中に子どもが出て来る事は無い、それは倫理規定とか道徳的な制限があるからこそ。けれど現実に、少女はその場に居た。


 ゲームだけれど、現実だ。 


 もしこの世界が現実であるならば、充嗣は好んで人を殺したがる殺人狂と言う事になる。まるで気狂いだ、いや、まるで何て言葉は不要か。己は気狂いに違いない。

 人を殺す為に金を稼ぎ、人を殺す為に装備を整え、人を殺す為に汗水を流すのだ。何とまぁ言葉にすれば酷い生き方か、自身はそれを何の躊躇いも無くおこなってきたのだ。それはゲームの中の世界だったからこそ、現に今でも充嗣は敵を射殺する事に何の罪悪感も、後悔も抱いていなかった。

もしかして自分は、現実に居る時から【気狂い】だったのかもしれない。


 ベッドの上に座ったまま、充嗣は窓の外を眺める。

 酷く美しい空があった、青く澄んだ、透明な青。宇宙の黒と空気の白が混ざり合った様な、純粋で穢れの無い空だ。それは充嗣の知っている空と何ら変わらない、ノスタルジックな風景。


「ヴィクトリア」

「? はい、巳継様」


 ヴィクトリアの名を呼べば、彼女は疑問符を浮かべながら返事をする。窓から彼女の顔に視線を動かし、たった今自分の本質を見抜いた彼女に、充嗣は笑いながら告げた。


「どうにもおれは、どっちつかずの半端者らしい」


 充嗣と巳継、自分はどちらも捨てられずに居る。



一日一話って存外難しいと気付いた今日この頃

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