恋愛・サポーター
「ヴィクトリア、って言ったか、彼女」
「うん? あぁ、そうだ」
充嗣が頷くと、途端にロールはどこか難しそうな表情をした。突然の話題転換、充嗣はそれを不思議に思い、「どうかしたか?」と首を傾げる。
「……いや、何と言うべきか」
歯切れの悪いロール、何でもはきはきと口にする彼にしては珍しい、その表情は苦悶に満ちていた。
「need to knowの原則というか、いや、ある意味コイツは充嗣が知っとくべき事なんだろうが、流石に俺も命が惜しいと言うか」
「……何だ、はっきりしないな?」
ベッドに座る充嗣は腕を組み、ロールを見つめる。ロールは何か逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ充嗣、俺はお前の、その、何ていうか女っ気の無さっていうのか、そういうのが心配でな、そういう意味でもメイドの雇用を勧めたんだ」
まるで罪を告白するような言い方だった、だとすれば今の充嗣は神父か何かで、この部屋は教会か。内容は何ともお節介極まりないというべきか、少々反応に困る類のものなのだが、彼なりの好意だろうと敢えて充嗣は何も言わない。
「お前は娼館に誘っても頷かないしよ、組んだばかりの頃は男色家なのかって疑った事もあった」
「ちょっと待ってくれ」
さすがの充嗣もストップを掛ける、何だお前、俺は普通に女が好きだぞと。充嗣の反応にロールは慌てて両手を振って、「あぁ、いや、これは組んだばかりの頃の話で、今はもう疑ってねぇよ!」と口にした、兎も角一安心である。
「けど、お前が付き合い悪いっていうか、その、食事とかは普通に来てくれるんだけどよ、そういう店には誘っても来ねぇじゃんか」
「……まぁ、そうだな」
充嗣も頬を指先で掻きながら肯定する、実際問題充嗣はロールのその類の誘いを全て断っており、この世界にやって来てからというもの、一度も性交渉に臨んだ記憶はない。生きる術を考えるだけで精一杯だったのだ。
「けれど、それを言うならミルはどうなんだ?」
充嗣は単純な疑問をぶつけた、確かに充嗣もロールの誘いは断っているが、それはミルとて同じだ。彼がロールの誘いを受けた場面は一度も見たことがない、最も充嗣の知らない間に二人が通い詰めていると言うのであれば別だが。
「いや、ミルは家で女囲っているしよ、愛人だって居るし、メイドはお手付きだ」
衝撃の事実、ミルもあれはあれで既にやる事はやっているらしい。充嗣はどこか衝撃を受けながら「そうか」と呟く事しか出来なかった。
「だからよ、お前への親切心、ってのもおかしいが、まぁそんな気持ちだったんだ、けれど、何ていうか、少々事情が変わってな……」
「うん?」
ロールが下を向いて、何か口をまごつかせた。
「……なぁ充嗣、レインってどう思う?」
突然のレイン、思ってもいなかった人名が突然上がったことで充嗣は面食らう。数秒ほど思考停止し、何故この話の内容でレインが出てきたのか鈍い頭で考え、けれど答えは出ず。
「レイン? 何でここでレインが出てくるんだ?」
単純な疑問としてロールに問いかける。すると彼は顔を覆って天を仰ぎ、「オォ、ジーザス」などと呟いた。何だか分からないが随分と腹の立つリアクションである。
「あぁ、やっぱり俺は間違っていなかった、そりゃそうだ、分かる訳ねェよ、ミルの奴がおかしいンだよクソッタレ」
「なぁロール、分かる様に説明してくれ」
彼の煮え切らない態度に充嗣は説明を促す、しかしロールは仰いだ顔を再度俯かせ、静かに首を横に振った。
「言えねえ、言えねぇんだよ充嗣、俺だってミルの奴に極秘で聞かされて、まじかよって思っていたってのに、あぁクソ、こんな事なら最初から娼館に誘わなきゃ良かった、つうかメイドの話も全部俺が悪いって事になるじゃねぇか、マジやべぇ」
独りでにブツブツと何かを呟くロール、それは何処となく哀愁を漂わせ狂人の域に片足を突っ込んでいる人のそれだ。充嗣はPTSDにでも罹ったのかと割と本気で心配したが、ロールは勢い良く顔を跳ね上げるや否や、充嗣の両肩を強く掴んだ。真っ直ぐと充嗣の顔を捉えた瞳は力強く、その野性味溢れる顔は悲壮感溢れる決意に満ちている。突然の事に驚いた充嗣だが、予想以上に強い力で肩を掴まれ逃げる事は叶わなかった。
「なぁ、充嗣、一つ大事な事を聞きたいんだ、これはマジで大事な事だ、今後の俺達の人生が左右される、運命の分岐点と言っても過言じゃねぇ」
「お、おぅ?」
「だから、そう、正直に、頼むから正直に答えてくれ」
ロールの真剣な表情に呑まれ、充嗣は困惑しながらも頷く。そして額に汗を掻きながらゆっくりと唾を呑み込んでロールが問いかけた。
「ヴィクトリアとは、もう寝たのか?」
「そんな訳ないだろう」
予想以上、いや以下というべきか。
シモな質問に充嗣は若干の怒りを込めて返答する、何故そんなに真剣な表情だったのかと問いたい。充嗣が乱暴にロールの両手を跳ね除けると「マジか! よっしゃ、助かったッ!」と諸手を挙げて喜んだ。
「これで俺の罪は帳消しだ! いや、分の悪い賭けだったが、充嗣が遅漏で助かったぜ!」
「お前それ喧嘩売ってるのか?」
割と本気で殴り飛ばしてやろうかと思う程度には失礼な言動だった、しかしロールは充嗣の言葉を聞いても反省する様子は見せず、一人何かの勝利を心から喜んでいた。彼が何と戦っていたのかは知らないが、何とまぁ独り善がりな戦争か。
充嗣がどんな心境かも知らず、ロールは清々しい笑顔でサムズアップしこう言った。
「充嗣、今度レインと逢ったら出会い頭にキスでもかまして、一発イッて来い!」
「そんな事をしたら俺が一発(9mm)で逝かされるだろうが」
先の戦闘で頭部被弾でもしたか、充嗣は医者を呼ぶべきか小一時間程迷った。
「えっと、女性関係ですか」
ロールが帰宅した後、夕食を届けに部屋まで来たヴィクトリアに充嗣はふと疑問をぶつけてみた。曰く、金持ちという奴はやはり愛人や恋人、それに類する女性を囲うものなのだろうかと。
女性に問う質問としては最低の部類ではあるが、主従関係という事で少々突っ込ませていただく。または相談できる相手が他に居ないとも言う。
ロールは言わずもがな、レインに相談するには少々覚悟が足りず、ミルに至っては先程衝撃の事実を知ったばかりだ。マルドゥックになど相談した日にはきっと弄り倒されるだろう。
そう考えると必然、相談出来る相手がヴィクトリアくらいしか残されていなかった。恨むべくは己の人脈の狭さか。
「元々俺はそんな金持ちでも無かったし、昔の感覚が抜けきらなくて―― あーっと、つまり普通の富豪がどうしているのか、どういう生活を送っているのか全く分からないんだ、他のクルー、と言っても二人だけだけれど、ソイツ等はどうにも何人か居るみたいだし」
充嗣がそう口にすると、食事トレーをベッド横のテーブルに置いたヴィクトリアが少し困った表情で「どうなのでしょう……私も、巳継様以外の方に仕えた事が無いので」と申し訳無さそうに眉を下げた。
「映画やテレビの話で恐縮ですが、確かに取り上げられる富豪の方だと、その様な方が多い気もしますが……」
「やっぱりそうか、何だろう、男の夢みたいなモンなのだろうか」
充嗣は顎に手を当てながら考えた。しかしやはり、どうにも自分には理解出来ない価値観というか。正直そんなに何人も囲って、何がしたいのだと言うのが正直なところ。
「一種のステータスの様なものかもしれません、英雄色を好むと言いますし」
「金を持っているから英雄と同等、何てのは少し納得できないけれど、まぁ言いたい事は分かるよ」
とどのつまり、一種のポーズみたいなものなのだろう。そう考えると、別に無理をして囲う必要はない。そもそもこの金は充嗣の稼いだ金だ、どう使おうと勝手だし他人の欲しがるものを大金叩いて買うなど馬鹿げている。
「……あの、巳継様も、その、女性を?」
ヴィクトリアがどこか悲しそうな表情でそんな事を聞いてきたので、充嗣は慌てて首を横に振った。
「いや、買わないし、囲わないよ、そんな事に金を使う位ならアーマーを新調した方がマシだ」
女性に現を抜かす暇があるなら、生き残る確率を一パーセントでも引き上げる方が良い。充嗣の対爆防弾スーツは先の戦闘で全損し既に無く、新しいモノを用意しなければならないのだから。欲を言えば前回のよりも強く硬い、HERの直撃を受けてもビクともしない、それが理想だ。
そしてアーマー新調で思い出す、自身には女性関係云々で悩むより重要な事があったのだと。
「そうだ、ロシア連邦のカリアナに連絡を入れて欲しい、此方から連絡を入れれば用件は直ぐ分かると思う」
「あ、はい、承りました、武器商人の方でしょうか?」
「いや、厳密に言うと防具商人かな、BANKERの防弾スーツを仕入れてくれる協力者だよ」
充嗣がそう言うと、ヴィクトリアは素早く仕事を開始してくれた。言われた事を直ぐその場で片付けてくれる彼女は実に有能だ、それに気が利く。充嗣はたった今ヴィクトリアの運んで来てくれた食事に手を着け、ヴィクトリアの報告を悠々と待った。
気が付くと小説書かなきゃ! という使命感に駆られ、一日一万字とか書いてしまう。
ストックが貯まる貯まる、フハハハハ。




