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終戦

6000文字超えたので二話分という事でオナシャス。

一日一話、二日に一話くらいなので、2~4日の休暇を頂きます。

 アジンはたった今空になった弾倉をリリースし、最後の弾倉を嵌め込んだ。装甲車から向こう側覗き見れば、トリが三人の隊員と格闘戦を繰り広げているのが見える。残りの隊員は全てアジンとチトゥイリの行動に目を光らせていた、下手に飛び出ればまた弾丸を叩き込まれるだろう。


 アジンがチトゥイリに目をやると、対物ライフルを抱え込んで装甲車の裏側に身を隠すチトゥイリが彼の視線に気付き、そっと首を横に振った。もう弾薬が無い、そういう意味だった。対物ライフルを手放し、チトゥイリは拳銃を取り出す。グロック19―― チトゥイリは指を一本だけ立てた、それの意味するところは弾倉マガジン一つ分、それだけしかない。


「……こっちに銃を向けている連中の銃口が、トリに向いたら終わりだ」


 アジンは独り息を吐き出す、これ程までに追い込まれたのは何時いつ振りか。今まで無茶なミッションは幾つも潜り抜けてきたが、ここまで追い込まれたのは久しく無かった。記憶にある限りでも、恐らく一番か二番に入って来るだろう。


「チトゥイリ、援護を頼めるか」

「……突撃アサルト?」

「それしかないだろう」


 アジンがマガジンを嵌め込み、ガチンと金属音が鳴り響く。チトゥイリは一瞬何かを言いたげな表情になるも、司令塔の言葉に素直に従った。チトゥイリが拳銃の安全装置を弾き、ゆっくりと肺の空気を抜き出す。恐らくこれが最後の攻防になる事は理解していた、弾薬的にも体力的にも、今のBANKERには余裕が存在しない。


「9mmパラベラムじゃあ、威力が足りない、俺が突撃して殲滅する」


 立ち上がったアジンが装甲車の端へと移動し、チトゥイリを見る。チトゥイリは静かに頷き、グリップを強く握った。その時、二人の耳に聞き慣れた声が届いた。声と言うよりも、呻き声というべきか。それは充嗣のモノだった。

 二人の視線が横たわった充嗣に注がれる、アジンはライフルを装甲車に立て掛けると充嗣に駆け寄った。チトゥイリも拳銃を握ったまま充嗣の脇へと屈む。


「ドヴァ、意識が戻ったのか!」


 アジンが充嗣の頬を軽く叩き覚醒を促す、充嗣はぼんやりとした視界の中で確かに二人の表情を確認した。視界は揺れていて酷く頼りないが、確かに目は生きている。


「アジン、チトゥイリ……あ、俺は」


 充嗣は己の状況を確かめ、ゆっくりと起き上がった。その行動に驚いたのはアジンとチトゥイリ、少なくとも充嗣はHERの直撃を受けて満身創痍だった、その状態で起き上がる何て何を考えているのかと。


「ドヴァ、駄目だ、今は寝ていろ、直にマルドゥックが回収に来る!」

「そうよ、貴方今、身体中傷だらけなの」

「……いや、駄目だ」


 充嗣は優しく両肩を押しとどめるアジンの手を払い、立ち上がる。充嗣は自身の体が上手く動いている事を確かめた、痛みも無い、あの焼ける様な熱も、少しだけ右腕が動かし辛いが問題無い。自分はまだ戦えると再確認、恐らく意識を失っていたのは『戦闘不能』と判定されたからだと充嗣は判断した。


 そして充嗣は一つだけ【蘇生スキル】を取得していた、より正確に言うのであれば自己復帰、否、復帰と言うより強制戦闘続行スキルだろうか。

 プレイヤーのHPヒットポイントが0になった瞬間発動する『悪足掻きスキル』、戦闘不能ダウンから十秒の間プレイヤーは移動速度が六十%低下し、あらゆるダメージを無効化、戦闘を続行する事が出来るというスキル。言ってしまえば、その十秒間の間、ノロマではあるが銃をぶっ放す事が出来て、尚且つあらゆるダメージを受け付けないというものだ。


 このスキルは上級者にとっては必須スキルで、取得に必要なポイントも余り高くないの為誰もが持っていた。仮に戦闘不能になっても十秒の間に安全地帯セーフゾーンに辿り着けば救命がし易いからだ。充嗣はそのスキルを逃げる為では無く、戦うために使おうとしていた。


「銃、銃を……」


 うわ言の様に繰り返し、充嗣はアジンが装甲車に立て掛けたライフルを見つける。最早重い服と成り果てたアーマーを乱暴に脱ぎ捨て、充嗣はライフルを手に取って駆け出した。アーマーを纏っていない充嗣は移動速度にペナルティが課されていようと中々どうして素早い。


「ドヴァ!?」

「嘘でしょッ」


 チトゥイリとアジンが止める間もなく、充嗣は装甲車から飛び出す。充嗣にとってこの行為は賭けだった、この世界に於いてはスキルがどの様に働くのか、全くの未知だから。この戦闘続行スキルとて十秒持つのか、それともそれ以上なのか、全く分からない。それどころか、今この状態が本当にスキルによるものなのかすら確証が無い。しかし自身の右腕を見れば、スキルでなければ説明がつかないほど、酷いものだった。本当なら動かす事すら難しいだろう。皮膚などもうボロボロで、出血もある、覗く赤色は筋肉だろうか、正に満身創痍だ。

 

 しかし、この決断によって自分が死んでしまうとか、状況が悪化してしまうのではという考えは無かった。ただ「やらなくてはならない」という使命感だけが胸の中にあった、今この時だけは己の命よりもBANKERという仲間の存在の方が重かった、ただそれだけだったのだ。

それが充嗣の想いなのか、それとも巳継のモノだったのか、最早自分自身でも分からない。けれど、今その体を突き動かす様な感情が存在している、それだけで十分だった。


 充嗣の視界に隊員と格闘戦を繰り広げるトリの姿が映る、あの場所に彼の姿が無いのは独り突っ込んだからかと納得する。確かに、ゲームでも彼は独り敵陣に深く切り込み、大暴れするのが好きだった。

 装甲車から飛び出した充嗣を迎えたのは、四人の隊員による集中砲火。先程LAWの直撃を受けて吹き飛んだ筈のクルーが飛び出したことに、僅かな動揺が伺えるが、その指は正確にトリガーを切る。

 充嗣は特に避ける様な真似はせず、最短距離を突き進んだ。これはスキルを信じての行動だった、今の充嗣は【ゲーム】であればダメージを負わない。


 そして弾丸は寸分違わず充嗣に迫り、その直前で僅かに『逸れた』。

発動した、充嗣は風切り音を鳴らしながら後方に流れる弾丸を見て、そう思った。ゲームでは着弾してもダメージを負わないだけだったが、成程、現実では弾丸そのものが勝手に逸れてくれるらしい。傍から見ればギリギリで弾丸を避けている様にも見える、逸れる軌道は実に滑らかだ。


「もう一発ぶち込んでやるッ!」


 隊員の一人が足ともから何かを担ぎ上げる、いや何かだなんてボカす必要は無い、既に見慣れた筒だ。HER―― LAWの大口が充嗣に向けられる。使い捨ての対戦車ロケット弾は威力に反して非常に安価である、幾つもの予備が存在していてもおかしくはない。後部を引き延ばして展開、点火系列が接続され隊員が充嗣に狙いを定める、近くに居た隊員がバックブラストに巻き込まれない様距離を取った。


 充嗣は刻々と重さを増す肉体を感じながら、地面に転がるハウンド・ドッグの死体を無事な左腕で掴んだ、ライフルは辛うじて使える右腕で抱える。そして次の瞬間には凄まじい熱風が排出され、砂塵が舞い上がった。六翼の閃光は一瞬、充嗣の顔面目掛けて成形炸薬弾が飛来する。もしアーマーも何も着用していない充嗣に着弾すれば、今度こそ物言わぬ屍と成り果てるだろう、それは誰の目から見ても明らかだった。


 爆風だけでも殺傷能力を持つ、こればかりはスキルを信じて進む訳にはいかない。充嗣は死体の足を掴み、走りながら一回転、そして勢い良く死体を前方へとぶん投げた。回転しながら宙を舞った隊員の死体は成形炸薬弾と真正面から衝突し、閃光と爆炎、火花が一斉に視界を埋める。

 着弾した死体から肉片と血液が降り注ぎ、充嗣は血の雨を浴びながら白煙を掻き切る、再び戦場へと躍り出た。火花が充嗣の体を強かに叩いたが、直撃さえしなければ問題無い。今の充嗣は痛みも熱も感じない、今だけは充嗣こそBANKER最強だった。


 出鱈目でたらめな方法で直撃を回避した充嗣を見て、ハウンド・ドッグの隊員が呆気にとられる。死体をぶん投げて迫りくる成形炸薬弾に当てるなど、人間技ではない。この世界が半ばゲームであると、傍から見ればトチ狂っている万能感が充嗣にあったからこその芸当だった。


「あッ――たれェぇッ!」


 充嗣はライフルを左腕に持ち替え、そのままトリガー。マズルフラッシュが視界を埋めて反動が腕を伝う、流石に片腕での走行射撃は狙いが付かず四人の隊員の内二人に着弾、残り二人からは弾丸が逸れてしまった。しかし、幸運な事に後方にて格闘戦を繰り広げていた隊員の一人に弾丸が着弾し、首元を鮮血が舞った。

 丁度ナイフで相手の刃を防いでいたトリは、迫りくる充嗣の姿を見つける。「ドヴァ!?」と驚愕を露にする彼に、充嗣は「戦えッ!」と叫んだ。今のトリは一瞬の油断が命取りなのだ。


 フルオートで撃ちっぱなしのライフルなど、ものの数秒で弾切れを起こす。充嗣の構えていたライフルの弾倉マガジンは直ぐに空っぽになった、その時になると残り二人の隊員がフルートの怯みからから立ち直り、銃口を此方に向ける。充嗣は何とか近接戦闘に持ち込もうとして、膝がガクンと折れた。


「あ?」


 重い体が更に重く、まるで背中に何百キロもの重石を背負ったかの様。走りながら体勢を崩した充嗣はそのまま地面に倒れ込んでしまう、砂埃が舞い上がり充嗣の体が遂に停止した。

 時間切れだ、充嗣はそう思った。二十秒か、三十秒か、その程度だろうか。ゲーム時代の十秒と比較すれば随分と伸びてはいるが、余りにも短い無敵時間(悪足掻き)。起き上がろうとして、しかし先程とは比べ物にならない位疲労感を覚える体に、充嗣は自身の死を感じた。


 倒れた充嗣にハウンド・ドッグの隊員が引き金を引く、格好の的だ、彼らの目には漸く怨敵を仕留められるという達成感だけがあった。充嗣の視界にマズルフラッシュが瞬き、弾丸が充嗣の体を――


「やらせるかァッ!」


 貫く前に、アジンが飛び出した。射撃しながら飛び込んで来たアジンは、二人の隊員を瞬く間に射殺し、充嗣の前に飛び出した。充嗣に着弾する筈だったNATO弾はアジンのマスクとボディアーマーに突き刺さり、火花が飛ぶ。アジンの体が衝撃に揺れて、口から呻き声が漏れた。流石にアーマーが悲鳴を上げ、マスクに罅が入った。


「っ……ったく、何でこう、BANKERには血の気の多い奴しか居ないんだッ」


 彼には珍しい悪態だった、最早叫びと言っても良い。倒れた充嗣の脇の下に誰かの腕が差し込まれる、背後を見上げればチトゥイリが充嗣を引き摺っていた。充嗣を庇ったアジンがそのまま駆け出し、トリともつれ合っていた隊員を横合いから殴り飛ばす。そして転がったハウンド・ドッグの隊員を上から容赦なく射殺した。


「トリ、大丈夫か?」

「っ、あぁ、当たり前だ、これくらい何ともないぜ、全く、掠り傷でもねェ」


 その場に座り込んだトリは、肩に刺さったナイフを一息に抜き放ち、痛みに顔を歪める。傷口を手で抑えると、「誰か、タオルとか、布持ってないか?」と尋ねた。アジンが呆れた様子で「その辺の死体から勝手に頂戴しろ」と冷たく吐き捨てた。


「って言うか、ドヴァ、お前なんで突っ込んで来てるんだよ? お前、重傷だろうが!」


 トリが充嗣に叫び、傷口が開いたのか叫んだ後で痛みに呻く。その様子をチトゥイリも呆れた様子で見ていた。充嗣は近くの装甲車まで運ばれ、そのまま側面に背を預ける恰好で座らせられる。


「はぁ……あぁ、いや、今更になってしんどくなってきた」


 充嗣が朝焼けの空を見上げながらそんな事を言えば、遅いわとチトゥイリから突っ込まれる。全くその通りで、今の充嗣は小指一本動かせそうにない。

 周囲を見渡すと夥しい数の死体が転がっていた、これら全て怨敵ハウンド・ドッグのモノだと思うと、まぁ悲惨な光景も胸がスカッとする光景に早変わりだ。


「っう……くっそ、偶には恰好つけさせろよなぁ、ドヴァ!」


 トリが片腕をぶら下げながら充嗣の隣に腰を下ろし、そのまま「へへっ!」と笑いかけて来る。その笑みには一体何が含まれているのか分からないが、嫌な気分では無かった。トリにならってアジンとチトゥイリも装甲車に背を預けて腰を下ろす。流石に疲労が勝ったらしい、「良く生き残ったな」とアジンが呟いた。


「ごめんなさい、少しだけ白状すると、私、今回は駄目かもって思った」


 手に持った拳銃から弾倉を取り出し、弾数を確認してたチトゥイリが少しだけ申し訳無さそうにそんな事を口にした。


「安心しろ、俺もだチトゥイリ」


 両足を投げだして空を見上げるアジンが、静かに頷く。


「はぁ!? 俺らBANKER(銀行家)がハウンド・ドッグの連中程度にヤられるかよッ!」


 しかしトリは違ったらしい。アジンとチトゥイリの独白に噛み付く、ここまで自身とそのクルーを信頼出来るのはある意味嬉しくもあるし、単純に凄いと思うのだが、状況が見えていないとも言う。充嗣も流石に「駄目かも」という感情はあった、ゲームだとリプレイで済むが現実だと死ぬか収監。どっちみち死刑か、結局死は免れまい。我ながら無茶をしたものだと思う。


「なぁドヴァ! お前もそう思うよな!?」


 重傷の人間にそんな事を聞くなと言いたいが、充嗣は痛みに頬を引き攣らせながらも乾いた笑みを浮かべた。スキル効果時間が切れた途端、じわじわと傷の痛みが充嗣を襲い始めたのだ。


「ほら、ドヴァだってそう思ってるってよ!」


 充嗣の笑みをポジティブに捉えたトリが吠える、しかしチトゥイリもアジンも、何か可哀想な人間を見る様な目でトリを眺め、それから同情の視線を充嗣に寄越した。言いたい事は何となく分かるが、どうかそんな目で見ないで欲しい。

 そんなBANKERの元に、空気を裂く連続した破裂音が耳に届く。ヘリのローターの音だ、チトゥイリが拳銃の弾倉を嵌め込み、素早く装甲車の裏側から顔を覗かせた。アジンも中腰になり、ライフルの残弾を確認して弾倉を嵌め込む。


「……増援か?」


 アジンが問う、正直これ以上の追撃は勘弁して欲しい所だった。流石のトリでさえ「おいおい……」と力ない声を出す。

 装甲車から空を覗き見たチトゥイリは、ゆっくりと息を吐き出し、再度その場に座り込む。


「遅いお迎えよ」


 どこか疲れた声色でそう口にして、手にした拳銃から弾倉を抜き、スライド。薬室に入っていた一発を排出する。

 アジンも掴んでいたライフルをゆっくり下ろした。それからマスクを脱ぎ捨てる、張り付いた前髪を掻き上げて「やっとか」と溜息。チトゥイリとトリもうっとおしいマスクを脱ぎ捨て、近くに居たチトゥイリが充嗣のマスクを脱がせてくれた。籠った熱気が外に排出され、冷たい空気が肺に流れ込む。それの何と清々しい事か。


「お疲れ様、充嗣」


 充嗣を上から覗き込むチトゥイリから労いの言葉がとぶ。チトゥイリも大分汗を掻いていた、籠った熱気がこちらにも伝わる、それはお互いさまか。充嗣は痛みに硬い表情のまま、素直に笑った。


「……あぁ、ありがとう」


 汗に濡れた美女と言うのも、中々乙なモノである。

 チトゥイリの背後に見える朝日が、やけに眩しく感じた。


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