デッド・ライン
ようやくPCが戻ってきました。
これから毎日か、二日に一回、三日に一回の頻度で更新します。
「……了解、従うぜ」
「まぁ、やるだけやってみましょう」
トリとチトゥイリが頷き、静かに銃を掲げる。アジンの言葉に誰も疑問を挟まず、静かに二人は戦う覚悟を決める。彼の決断に理由を尋ねたり、疑問を持ったりはしなかった。自分の信じる人間が下した決断だ、ならば自分たちはそれに従うまで、アジンが言うのであれば間違いない。
充嗣も静かにライフルのグリップを強く握った、自分とて二人と同じ気持ちだ。これは思考停止などではない、単純な信頼だ。
充嗣達が交戦を決意した瞬間、BANKERの身を守っている装甲車の表面を弾丸が叩く、そして向こう側から複数の足音。連中が攻勢に出たのだ、充嗣は素早く反応しライフルの安全装置を弾き、装甲車から滑り出た。
ライフルを構えながら低い姿勢で躍り出る、ライフルが火を噴き、尖ったNATO弾が駆ける隊員を襲った。多数の隊員が装甲車の向こう側から銃口をこちらに向け、後方から援護の射撃、そして数人の隊員が充嗣たちを側面から襲うつもりだったのだろう、道中半に居た隊員は充嗣の凶弾に倒れた。
「畜生!」
充嗣が三人の隊員を射殺すると、地面の上に伏せ攻撃を逃れた隊員が伏せたままトリガーを引く。マズルフラッシュが充嗣の視界を埋め、バイザーに衝撃が走った。首が僅かに軋むが耐える、さすがにアーマーの耐久値も充嗣の体力も余裕がないらしい。先ほどの大立ち回りが思った以上に堪えていた。
「ドヴァ!」
トリが充嗣の背後から射撃、伏せていた隊員の顔面が弾ける。充嗣はその場に膝を着きながら、断続的にトリガーを引き続けた。腕が重い、重りでも付けているみたいだ、現実だとこういう事もあるのかと頭の片隅で思った。
「ドヴァ、さっきの奮闘でかなり削られただろう、あまり無理をするな」
アジンが続き、トリと二人で敵の猛攻を押し込める。装甲車から躍り出た隊員を次々と射殺し、敵の行動を封殺していた。一際大きな銃声が鳴り響き、遠方に居た隊員が一人吹き飛ぶ。顔面が捩じ切れて、胴体が勢いよく後方へと転がった。チトゥイリの対物ライフルだ、人間相手にはオーバーキルだろう、現に顔面を撃ち抜かれた隊員の首が胴体と離れている。ハウンド・ドッグの連中が狙撃に浮足立ち、皆が一斉に頭を引っ込めた。
「俺達の目的は時間稼ぎだ、マルドゥックが来るまでのな、無理に殺す必要はない、敵に突っ込む勇気を与えなければ良いんだ」
「要するに、チビらせれば良いンだろう? 楽勝だ」
アジンが充嗣の隣に立ちながら言い放ち、トリが笑みすら浮かべながら楽勝と豪語する。充嗣は空っぽになった体の底から力が湧いて来るのを感じた、気力が体力を絞り出す、元が付くとは言え、ゲーマーと言う奴は逆境にこそ強いのだ。
「……まだまだ、やれるさ」
ライフルを構え直し、充嗣はトリガーを引き絞る。僅かに装甲車の影から頭を覗かせていた隊員の銃口に着弾し、衝撃でライフルが手から離れ勢い良く地面を滑った。
「流石だな」
アジンに肩を叩かれ、充嗣はマスクの下で笑みを浮かべた。トリが装甲車の脇で威嚇射撃を繰り返し、充嗣は焦って顔を出す隊員の頭部を吹き飛ばす。運が悪ければチトゥイリの対物ライフルの餌食となった。膠着状態にさえ持っていければ良い、この戦闘は既に勝利条件が異なっているのだ。アジンが装甲車の裏に身を隠し、リロードを行う。充嗣のライフルも弾を撃ち尽くし、「リロード」と口にすると同時に装甲車の裏に隠れた。
「任せろ」
トリが片手を上げ、アジンと充嗣の穴をカバーする。しかし、その瞬間を狙ったかのように一人の隊員が向こうの装甲車と逆側のブッシュから飛び出した。手にはライフルを持っていない、一番最初に気付いたのはトリだった、そして次に充嗣。そいつはライフルの代わりに細長い筒の様なものを担いでいた、ブッシュから飛び出した隊員は半ば滑るように膝を着き、担いだソレをトリに向ける。
「LAW!」
充嗣は叫んだ、ソレに見覚えがあったからこそ。HER―― M72 LAWと呼ばれる使い捨ての対戦車ロケット弾。口径66mmという人間に使うには余りにも多きするソレが牙を剥く。
「ンなろッ!」
素早く反応したトリはライフルを振り回す様に銃口を変え、トリガー。その瞬間女神が敵に微笑んだ、バキン! と金属同士が噛みあう音。排莢口から顔を覗かせる弾丸、弾詰ったのだ。
「嘘だろッ!?」
ボルトフォワードアシストを押し込むトリ、だが無情にも時は過ぎる、構え終えた相手の前でソレは余りにも致命的。充嗣がリロードをし終え飛び出すのと、隊員が指を押し込むのは殆ど同時だった。
充嗣がライフルを構えもせず腰のあたりで乱射し、瞬間視界に白煙が吹き上がる。凡そ760°の高熱、バックブラストが後方のブッシュを吹き飛ばし、六翼の光が充嗣の網膜を焼く。成形炸薬弾が飛び出し、トリに向かって一本の線が伸びた。
この一瞬では思考すら許されない。
充嗣はあらゆる考えを放棄し、ライフルから手を放すとトリに飛びついた。いや、突き飛ばしたという表現の方が正しいだろう。突き出した片腕で強くトリを押し出し、射線上に躍り出る。成形炸薬弾は300mm以上の装甲を貫通する、トリのアイアン・アーマーでは直撃すれば確実に死ぬ、そう思ったら既に体が行動を起こしていた。
都合よく世界がスローになる、なんて事はなく。
充嗣が見た光景は、一本の白尾を引いた弾頭が自身の右腕に着弾した瞬間だった。着弾した瞬間、盛大に火花を散らした弾頭が炸裂、鼓膜を劈く轟音と共に爆炎に呑まれた、しかしそれは一瞬の事。残るのは真っ白な白煙と、そして凄まじい衝撃。
充嗣の底上げされたアーマー値が遂に振り切れる、幾つもの弾丸から身を守って来た鉄壁が剥がされる、バイザーが粉々になってヘッドギアが吹き飛んだ、着弾した箇所などどうなっているかすら分からない。痛いというよりは、ただ熱かった。
弾頭の炸裂に耐えられなかった肉体は後方に飛ばされる、側頭部から勢い良く地面に叩きつけられた充嗣は白煙を纏いながら何度も地面を転がった。意識が飛びそうになる、視界に閃光が舞っていた。
「ドヴァ! 畜生、ドヴァッ!」
トリが悲痛な声で叫び、ライフルを乱射しながら充嗣に駆け寄る。充嗣の体は酷いものだった、直撃を受けた右腕は既にボロボロで見るに堪えない。装甲板もケブラーも全て散り散りになっていた。着弾した右腕を中心に頭部に掛けて黒ずんでいるアーマーは、その機能を全て損なっている、最早ただの重い服に過ぎない。
「アジン! ドヴァがッ! やられちまったッ、くそ、俺がッ!」
「落ち着けトリッ! こっちまで持ってこいッ、チトゥイリィッ!」
「今やってるわッ!」
充嗣は全てが黒ずんだ世界で戦闘を傍観していた。充嗣の両脇に手を差し込んだトリが装甲車の裏まで引き摺って行く、それをカバーする様にアジンがライフルを撃ちまくり、チトゥイリが被弾覚悟で対物ライフルを連射する。
今こそ好機だと捉えたハウンド・ドッグの隊員が次々に弾け、吹き飛び、命を落とした。それでもBANKERの一人を戦闘不能にした今は逃し難い勝機なのだろう、連中は決して諦めない。
充嗣は一番最初の強盗の事を思い出していた、この世界に来たばかりの時、そう、HERを撃ち込まれた時の事だ。確か今と似た様な状況だったと、けれどBANKERの皆はあの時よりも酷く焦燥している。それ程に酷いのだろうか、今の自分は、なんて考える。
「あぁ、クソ、なんてこった畜生、ドヴァ、お前は死なせねぇ、何が何でも生きて返す!」
充嗣を引き摺るトリが強い語調で吐き出す、充嗣は全てを彼に委ねながら、静かに「何だよ、気にするなよ」と言った。
言葉はトリに届かなかった。




