死闘
ハーメルンでも活動していますが、勿論この作品にもヤンデレを仕込んでおります。
ハウンド・ドッグ。
充嗣達BANKER GANGが「地獄の猟犬」と呼ぶ組織、彼らは国際連合によって設立された『国際犯罪を取り締まる為の軍隊』であり、BANKERにとって最も相手のしたくない敵だ。その嗅覚は鋭く、装備は充嗣達を捕まえる為では無く、殺すためのもの。国際犯罪を取り締まると謳っておきながら、その実態はBANKERを壊滅させる為だけに組織された軍隊と言っても過言では無い。
あらゆる国の軍人で構成された多国籍部隊のハウンド・ドッグは即応部隊としてあらゆる国で武力を行使する権利を持っている、BAKERがロシア連邦に居ると聞けばロシアに、ドイツ連邦に居ると聞けばドイツに、アメリカならばアメリカ、日本なら日本、中国ならば中国に。
設立された最初期こそハウンド・ドッグの展開を拒否する国もあった、小さな強盗集団程度自国で何とか出来ると断言した連中だ。そう言った頭の固いお偉いさんは、BANKERによって根こそぎ金目の物を奪われ、領土を荒らされまくり、そしてご自慢の軍隊を蹴散らされて面子をボロボロにされる。そうした事を何度も繰り返し、ハウンド・ドックはBAKERを追う為に自由戦闘許可の権利を勝ち取った、誰もが自国の軍隊に被害を出したくなかった。
充嗣もBANKERとして活動し幾度となく連中と戦った、無論ゲームの中でだが。モニターの向こう側でバッタバタと倒れていく彼らに対し、充嗣は特に何の感慨も抱いていなかった。所詮、倒すべき敵でしかないからだ。
しかし、今ならば分かる。充嗣は地獄の猟犬に対して苦々しい感情を覚えていた。前回のモスクワでの戦闘もそうだが、連中はBANKERの情報をいち早く入手し、作戦実行日には是が非でも武力介入をしてくる。それの何としつこい事か。
充嗣の前方、凡そ百メートル程先には車でこちらに向かって来る一団が見えた。黒塗りの装甲車で、数は六台。かなり多い、恐らく先のアパッチも連中の入れ知恵だろう。こんな時にと思わずにはいられなかった、もうBANKERには殆ど戦う力が残っていない。
「チトゥイリ、いけるか!?」
アジンがMP5を構えながら叫び、バンの中からコッキングレバーを引く音が聞こえて来た。充嗣はホルスターからナイフを抜き放ち、バンの横に屈む。既に銃器は全て失った、弾も無い、今の充嗣は硬いだけの砲無し戦車だ。
「せめて半分は止めたいものね」
「あぁ、頼む……!」
アジンが頷き、次の瞬間対物ライフルが唸りを上げた。圧倒的な初速を誇る弾丸がマズルフラッシュと共に飛び出し、宙を裂いて装甲車に着弾する。弾丸は中央を走行していた装甲車の左前輪を文字通り吹き飛ばし、車輪を失った車両はスリップし後続車に衝突した。
間髪入れずコッキング、そして射撃。
臓物を揺らす衝撃と共に、一番右端を走っていた装甲車の左前輪が消し飛ぶ。そのまま半回転しつつ装甲車は森林の中に突っ込んだ。
「あと三台」
そうチトゥイリが口にした瞬間、バンに幾つもの弾丸が着弾し火花を散らした。その弾丸はバンの装甲を削り、深く弾痕を残している。アジンがその場に屈み、チトゥイリが「何!?」と悲鳴を上げた。充嗣は装甲車を凝視し、次いで叫んだ。
「プロテクター RWS!」
装甲車の上部、丁度天上の辺りに小型のマシンが見えた。充嗣はソレを良く知っている、RWS―― Remote Weapon Station, つまり遠隔操作式の銃塔だ。それが一台、通常の装甲車に混じって走っていた。見る限り重機関銃、12.7mmだろう、ただの乗用車なら一瞬でジャンクになる代物だ。
「アレはヤベェ! まともに食らったらアーマーがズタボロだッ!」
対物ライフルやHERと比べればまだ温い、だが通常のNATOと比べると5mmも弾丸が大きい。恐らくチトゥイリやアジンのアーマーでは耐えきれない威力だ。トリのアイアン・アーマーでも、食らい続ければ抜かれる。
「ッ!」
チトゥイリは銃弾の雨に晒されながら精密射撃を試みる、幾つもの弾丸がバンを打ち据え、一際大きな射撃音が鳴り響いた。チトゥイリの放った戦車の装甲をぶち抜く弾丸は、凄まじい速度で装甲車のタイヤに着弾、消し飛ばした。RWSを搭載した装甲車はスリップし、少しばかりの距離を走った後停止した。しかしRWSは健在だ、スリップ中こそ射撃が停止したものの、停車後は何でも無いように重機関銃が再稼働を始めた。
そして時間切れ、装甲車二台が遂に充嗣達の場所へと辿り着き、そのままバンに突っ込んでくる。アジンがチトゥイリの名を叫び、二人は近くのブッシュへと転がり込んだ。瞬間、装甲車がバンに突っ込みスクラップにする。充嗣とトリもすぐ横へと跳び、装甲車が真横で盛大に火花を散らした。転がった瞬間、ナイフが手から抜けてしまう。
「クソ共! 今日でテメェらも御終いだッ!」
後部ハッチが開け放たれ、そこからハウンド・ドッグの隊員が次々と姿を現す。数は一台につき十数人、二台で三十人足らずと言ったところ。それぞれがライフルを手に充嗣とトリ、ブッシュに飛び込んだアジンとチトゥイリに射撃を開始した。7.62mmが充嗣のアーマーを叩き、トリのアイアン・アーマーが火花を散らす。
「いっ、てぇンだよ馬鹿野郎がッ!」
トリが叫び、地面に転がったまま拳銃を乱射する。充嗣はすぐさま起き上がると、近くに飛んできたバンの外装装甲板を一枚掴み上げ、それを盾に突進を開始した。
「ドヴァ!?」
「援護頼むッ!」
背後からトリの声が聞こえるが、今は進むのみ。
NATO弾が黒ずみ凹んだ装甲板を強かに叩くが、充嗣が止まる事は無い。
「おい、正気かコイツ!」
充嗣はそのまま装甲板を突き出し、一番近くに居た隊員に突っ込んだ。直前までライフルを撃ち続けていた隊員は、充嗣の人外染みた脚力と腕力に押し出され、そのまま地面を転がる。スキルで強化された重量ボーナス、そして格闘攻撃力五十%上昇、それはこの世界に於いて【怪力】という形で現れるらしい。
「ぶっ殺すッ!」
装甲板を倒れた隊員に勢い良く叩きつけると、下から潰れたカエルの様な声が響いた。そして転がったライフルを手に取ると、残弾を考慮する事無く乱射。ここまで敵に囲まれた状態だと、変に狙いをつけなくとも勝手に当たる。振り回しながら引き金を引き絞ったライフルは、狙い通り多くの隊員に着弾、負傷させた。同志撃ちを狙うべく敵の懐に入り込んだ充嗣だが、流石に反撃もある。
「蜂の巣になりやがれェッ!」
充嗣の背後に駆け込んで来た隊員が、背中にフルオート射撃を浴びせて来る。連続した衝撃と成人男性に全力で殴られた様な痛みが背中に響いた。痛いは痛い、けれど耐えられない痛みではない。
「ぅ、ォらぁ!」
弾の切れたライフルを逆手に持ち、背後に向かって一撃。銃床が風を切り裂きながら突き出され、背に居た隊員の頬を直撃した。薄い布一枚越しの衝撃は強烈だった様で、ぐりんと頸が真逆に捩じれる。そのままライフルを手放すと、意識を失った隊員を掴み上げ、有らん限りの力でぶん投げた。アーマーやらセカンダリやら、色々と着込んだ完全装備の隊員を一人、充嗣は対爆防弾スーツ姿で放り投げる。それは敵から見れば化け物染みた行動だった。
「ぐはッ!?」
放り投げられた隊員は、丁度近くに居た隊員を巻き込んで地面に転がる。充嗣は何発もの銃弾をその身に受けながら、地面に転がるライフルを拾い上げ、再び乱射を開始した。
充嗣はこの時気付いていなかったが、密かに一つのスキルがその奮闘を後押ししていた。『三十メートル以内に五人以上の敵が存在する場合、アーマー値五十%上昇』、これが充嗣の受ける銃撃の反動を殆ど打ち消していたのだ。
相手からすれば撃てども撃てども、全くひるまず突き進む狂戦士、徐々に充嗣を囲む包囲網が広がり始めた。




