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迷い子

明日はテスト塗れなので、更新は出来ないと思います。


 警備を隠した場所から駆け出し、所々設置されている監視カメラに映らぬ様注意しながら建物の窓に手を掛ける。横開きのそれには鍵が掛かっているが、問題はない。吸盤付きの硝子ガラスカッター、円型に刃が硝子に食い込み、音も無く手を入れられるスペースを作り出してくれる優れもの。

 ソレをポーチから取り出し、そっと取り付けて一回転。パカリと硝子が零れ落ち、それを近くの影にそっと置く。後は開け放たれた窓から室内に侵入し、脳内に叩き込んだ見取り図を思い出した。部屋の様子を見る限り、此処は寝室。ベッドとクローゼット、高級な調度品がズラリと並び月明かりが天窓から差し込んでいる。


 寝室から真っ直ぐ行って突き当りを右、そこに書斎がある。充嗣の装備品はその部屋の段ボールに詰め込まれているとの事。

 充嗣は寝室の扉を少しだけ開き、外を覗き込んだ。真っ直ぐ伸びる廊下に左右にも廊下がある。右斜め前は壁で部屋が一つ、左前方に中庭に続く硝子扉。見える範囲に警備の姿は無い、だが中庭に続く廊下の途中に監視カメラが一台あった。このまま直進すれば恐らく発見されるだろう、それに身を隠す様な場所も無い。


 迂回するべきか?


 充嗣は判断を迫られる、幸いにして今の充嗣の姿は余程注視しなければ分からない、廊下の電気が点いていないといない事から、慎重に動けばカメラを見ている警備に気付かれないかもしれない、充嗣はそんな事を思った。しかし万が一もある、充嗣は数秒の思考を経て廊下を迂回する事にした。


 屋敷の地図は頭の中にある、このまま廊下に出て中庭を突っ切るか、中庭を囲む廊下を半周する、それで目的の場所へと辿り着くことができる。そっと寝室から抜け出すと、周囲を絶え間なく観察しながら足を動かす。中庭は廊下側からは丸見えなので、比較的発見されにくい廊下を進む。

 部屋を出て左折、そのまま真っすぐ進み突き当りを右折、警備の姿は無くカメラも無い。少しばかり足を速めると、充嗣は何の問題もなく目的の場所へとたどり着いた。木製の扉に手を掛けると抵抗も無く開く、どうやら前半は問題なく終了らしい。


 素早く室内に体を滑り込ませ、扉を閉める。室内は暗く、並んだ本棚と木製机が静かに鎮座しているだけだった。その中央に幾つかの段ボール箱が詰まれており、パッと見では中身が本であると予想出来る。カーテンの隙間から月光が室内を照らし、充嗣は小さく息を吐き出した。ここまでくればもう警備やカメラに見つかる事も無い、そう考えて。


「誰?」


 直後、充嗣の耳に居る筈のない人間の声が聞こえた。

場所は段ボールの裏側から、見れば微かにシルエットが視界に映る。人が居た、暗闇で良くは分からないが人間だ、見られたのだ。充嗣は一瞬驚愕に体を硬直させるが、ゲームで培った反射速度は理解を超えていた。

 

 絨毯を蹴って加速した充嗣は素早く段ボールの裏に回り込み、声の主を乱暴に押し倒す、最早タックルに近い。そして抜き放ったグロックを額に押し付け、トリガーに力を込めた。


 その瞬間、月光が部屋に差し込み目の前の人物を照らす。


 さらりと流れる金髪に、白い肌。整った顔立ちに瞳はブルー、その表情は恐怖に歪んでいる。充嗣はその女性の姿を見て、思わずトリガーに掛かった指を緩めてしまった。


 子どもだ。


 充嗣の目の前に居る女性は、少女だった。

 恐らく年齢的には小学生か、少し高く見積もっても中学生程だろう。押し倒した体は華奢で、額に押し付けられたモノが何であるかを理解している少女は、充嗣に恐怖の感情を抱いている。


「………」


 充嗣は困惑した、この場に少女が居た事にではない。トリガーに指を掛けた状態で、目の前の少女を射殺する事に躊躇している自分に困惑していた。今の充嗣は、巳継では無い。その感情も緊張も、全て自分自身の感情だった。

 

 おかしい、見られた市民は殺害するのが最もリスクが低いんだ、死体を処理して隠せば問題無い、分かっている筈だ。ゲーム時代から体に叩き込んだ攻略法、或は安全策セーブポイント、それを実行するのはマウスをワンクリックする事と同じ。

 今まで何人も殺して来ただろう、そう、ゲームと同じように。


 違う。


 そうだ、違う、確かにこの世界はゲームと同じだ。


 けれど今は、今だけは違う。



 あのゲームに、子どもの市民は出てこない。



 ゲームの倫理規定、或は人道的処置。

 気付いた時、充嗣の引き金に掛かった指は完全に力を失っていた。ゲームと同じ市民を殺す事に、充嗣は何ら感情を動かさない。しかし、今目の前で自分に怯えている少女は【ゲームのNPC】では無かった。ゲームとは違う部分、つまり現実リアルだ。この世界で普通に生きていて、普通に生活している、自分と何ら変わらない人間だ。


 そう思った時、充嗣は銃を撃てなくなった。


 充嗣の人間としての部分が、最後の人間性が叫んでいる。恐らくここで銃を使えば、自分は最後の一線を超えてしまう。充嗣が充嗣足る理由がなくなってしまうと。


「……腹這いになれ、叫べば撃ち殺す」


 充嗣はゆっくりと少女から離れると、銃を突きつけたまま高圧的に命令する。正直言うと、声が震えていないか不安だった。口では強気な事を言っておきながら、充嗣は少女を撃ち殺す事が出来ないと確信している。

 銃を突きつけられた少女は、そのまま震えた体を抱きかかえ、言われた通りうつ伏せに転がった。

 充嗣はその少女の両手を掴み、後ろ手で拘束する。人質用のケーブル、痛みは無いが一人では脱出できない拘束具。それで少女を拘束し、そのまま壁際に転がした。


「こちらトリ、ポイントに到着したぜ」


 そのタイミングで無線機からポイント到着の連絡が入る。


「アジン、ポイントに着いた」

「チトゥイリ、同じく」


 続々と入る到着連絡、マルドゥックが上機嫌に笑う。


《オーケー、流石BANKERだ、手早くて助かる―― ドヴァ、そっちはどうだ?》


 充嗣は耳に装着したソレを指で抑えながら、「ドヴァ……ポイント到着だ」と口にした。部屋の壁で震えている少女の事には触れなかった、何故か人質をとった事に関して発言をしたく無かった。


《よし、なら全員揃っているな、各部屋に予め仕込んでおいた装備が有る筈だ、各自確認してくれ》


 充嗣はマルドゥックの言葉に頷き、中央に鎮座する段ボールを開ける。ガムテープで封をされていたそれをナイフで剥ぎ取り、中を覗き込んだ。人間一人が丸ごと入りそうな段ボールには充嗣愛用の対爆スーツ、マスク、バイザー、爆薬セットが入っていた。残りの通常サイズの段ボールにはライフルのpigとソードオフ・ショットガン、AA-12と各種弾薬。充嗣はそれらを一つ一つ段ボールから取り出して点検し、問題無い事を確かめる。


「こちらドヴァ、装備異常なし」


 充嗣がそう言葉にすると、クルーの方も問題ないと無線で連絡が来る。


《問題が無くて何より、さて、絵画の持ち出しまで時間がない、手早く準備を済ませて突入だ、ギリギリまで悟られたくはない、最初から騒乱ノーサブで撃つなよ?》


 マルドゥックが茶化す様にそう言って、クルーが笑う。充嗣は一時的に無線の通信機能を切って、こちらの声が聞こえない様にした。



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