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サイレント・キル

ヤンデレが足りない。


「装備は取り敢えず、爆発物、地雷マインは二つで良い、取り回しの良いソードオフ・ショットガンは弾丸をスラッグで頼む、ライフルはpig-20を持っていく、ダブルドラムマガジンにして弾はなるべく多く、屋外用にはAA-12をHE弾で持っていく」


 充嗣は帰宅して直ぐ、ヴィクトリアに装備の準備を頼んだ。一応アーマーの類は注文を終えていた為手元にあるが、武器に関しては次の強盗の準備を終えていなかった、それに今回は室内戦闘が主になる、いつもとは違う装備が必要だった。調整は自分で行うが、取り敢えず保管庫からの運び出しと弾薬の用意をヴィクトリアに任せる。


「次のお仕事が決まったのですか?」


 心なしか輝いた瞳で見て来るヴィクトリアに、充嗣は少しぎこちない動作で頷いて見せた。余り詳細は話せないが、ヴィクトリアもマルドゥックお墨付きの裏の人間である。多少の事は喋ってしまっても構わないだろう。


「明日ドイツに発つ、今回はお偉いさんからの強奪依頼らしい、報酬金は八億、ドルだと大体八百万ドルだな」


 そう言うと、ピキリと動きを止めたヴィクトリアが「す、凄まじい額ですね」と表情を引き攣らせる。その気持ちは良く分かる、現に充嗣も最近金銭感覚が麻痺するまではその気持ちを味わってきたから。


「……まぁ、実際命懸けで稼ぐ金だから、あんまり安いんじゃ割に合わないだろう?」


 充嗣がマガジンに弾を込めながらそう言えば、ヴィクトリアは首を横に振って「いえ、仮に割に合ったとしても普通は出来ないと思います」と至極マトモな事を言った。そうだな、その通りだ。


 どうやら麻痺していたのは金銭感覚だけでもないらしい。





 ドイツ連邦共和国 ザクセン=アンハルト 別荘地――


《いいか、良く聞けお前達、俺が仕事に二カ月のスパンを設けている理由は知っているだろうが、今回はソレがない、下手するとハウンド・ドッグの連中やら何やらが大群で押し寄せて来る、増援が来る前に撤退って言うのが鉄則だ、通信妨害ジャミングの効果時間は十分、いいか、十分で全部終わらせろ》


 ドイツの地を踏んだのがつい五時間前、航空機でドイツ領内に入り車で一時間。現地入りして息を潜めもう二時間、別荘地周辺のブッシュの中で息を潜める充嗣は自身の脈拍を測る。僅かばかり速い鼓動を落ち着かせ、深呼吸すると同時にマルドゥックからの通信が入った。既に再三さいさんミーティングで聞かされた言葉だ、充嗣は「了解」と呟いてホルスターからサイレンサー付きの拳銃を取り出す。腕に巻き付いた時計を見れば、作戦開始時間までがカウントされている。


 充嗣は今全身を黒色で統一したスニーキングスーツを着用していた。夜は未だ明けておらず月明かりと夜空が世界を覆っている、充嗣の姿は闇夜に紛れて余程注視しなければ分からないレベルだ。


《……そろそろ時間だ、全員準備は良いな?》


 耳元の無線機から声が聞こえる。


「こちらアジン、問題無い」

「トリ、行けるぜ」

「こちらチトゥイリ、万全よ」


 全員が返事を返し、充嗣もまた「ドヴァ、いつでも」と返事をする。現在四人はそれぞれ別々の場所に潜んでおり、侵入経路もバラバラだ。装備を回収した後、突入して合流するまでは全て独りで動く事になる。

 単独行動は随分久しぶりだった、この世界に来てからは初となる、自分の体が緊張で固まっていくのが分かった。ドイツの冷気が充嗣の体を絡めとる、雪こそ降っていないものの、吐き出す吐息は白に濁っていた。


《作戦開始だ、潜入しろ》


 マルドゥックから作戦開始が告げられる、ドクンと心臓が一際強い脈を打った。

瞬間充嗣の意識が切り替わり、視界が拓けるのが分かる、自分の体からあらゆる感情、緊張、寒さが失われる。ゲームをしている時と同じく、何度も繰り返した動作の様に滑らかに体が動いた。そこに先程までの充嗣は存在しない。

 ブッシュから音も無く飛び出した充嗣は、そのまま中腰で別荘の外壁に取りつく。警備の人間は外壁周辺をぐるぐると巡回しているが、充嗣に気付く気配はない。四隅に設置された固定監視カメラの死角を探し、影の如くセーフエリア、監視カメラの真下に飛び込む、そして流れる様な動作で外扉を解錠した。体が勝手に動く、きっと解錠までの動作を覚えているのだ。如何に堅牢な鉄扉だろうが、鍵を開けてしまえば強度など関係無い。


「こちらドヴァ、中庭に侵入成功」


 外扉をそっと開けて中を覗けば、警備員の姿は見えない。そのまま中に身を滑りこませると、外扉の鍵を閉めた。


《流石、速いなドヴァ》


 マルドゥックの言葉が耳に届く、充嗣自身も驚いていた。自分の体が思った通りに動く、今の充嗣は完全にゲーム時代のソレだ。充嗣は自分の手を見つめる、影の様に動ける体、音一つ立てない静音行動。

まさか、スキルが【静寂用ステルス】に切り替わっている?


 充嗣は体のキレの良さをスキルと関連付けた。ゲーム時代では騒乱オープン静寂ステルスに別々のスキルスロットを用意し、ミッションに合わせて切り替えるのが主だった。保有できるスロットは二つだけなので、充嗣は大別して二つのミッション用に組んでいたのだ。それが騒乱オープン用の戦闘スキルと、静寂ステルス用の隠密スキルだ。


 内容は主に【移動速度三十%上昇】、【無音走行可能】、【解錠ピッキング効率五十%上昇】、【発見率ヒット三十%低下】など、敵に見つからず依頼を終える為のスキル。その為直接的な戦闘スキルは殆ど皆無と言って良い。


 騒乱オープンになってもスキルが切り替わらないなんて、そんな事無いよな?


 充嗣はじっとりと冷汗を掻く、確かに今の状況は【静寂用ステルス】が有り難いが、ボディアーマーを着用してもスキルが切り替わらなければ、充嗣の装甲値や殲滅力は途端に低下してしまう、そうなれば撃ち合いどころではない。


 サッと、敵地のど真ん中で思考に呑まれかけた充嗣の目に光が映る。警備のライトだ、素早く反応した充嗣は中庭に等間隔で並ぶ石像オブジェに身を隠す。見れば警備が二人、充嗣の潜む中庭に足を踏み入れた。私兵隊の制服に拳銃をぶら下げている、装備を見る限り襲撃を知っている様子ではない。恐らく本当の意味で警備をしているだけだろう、その表情には若干の不満も見て取れる。


 考察は後だ、今は依頼を完遂する。

 警備の巡回ルートは充嗣の隠れている石像の直ぐ脇を通っていた、見つからずにやり過ごすのは難しいだろう。両足に巻き付けたホルスターからサイレンサー付きの拳銃― グロックを抜き出す。アキンボスタイル、所謂二挺拳銃。今の充嗣にとって一秒未満の間に警備を二人殺す事など容易だった。

敵の視線の動き、ライトの揺らぎ、注意の向いている方向、それらを機敏に感じ取り、機会を伺う。

一人が空に視線を向け、もう一人が充嗣の潜む場所とは反対の方向に顔を向けた。


―― 今


 充嗣は石像の裏側から飛び出し、影の様に地面を駆けた。フッと一瞬月明かりに映し出される黒色、警備の二人が「何だ?」と声を上げライトを向けるが、そこに充嗣の姿は無い。そして次の瞬間、二人の眉間に風穴が空く。


 プシュッ、という射出音と共に吐き出された9mm弾が頭蓋を撃ち抜いたのだ。

地面に崩れ落ちる二人の警備、充嗣は殺害した二人に近付くと念の為ともう一発ずつ額に撃ち込む。そして腰に備え付けてある無線機の警報ボタンを固定し、ケーブルを切断。二人の襟元を掴んで近くの花壇裏に隠す、これで数十分程度なら姿が見えなくとも怪しまれる事が無い。


「こちらドヴァ、警備を二人殺害、これよりポイントに向かう」


 無線機に向かって呟くと、《了解》とマルドゥックが応答する。


「こちらアジン、建物に侵入成功、これよりαに向かう」

「トリだ、警備を一人殺害、ルート上に巡回無し、このまま行くぜ」

「チトゥイリ、今から建物に入るわ、今の所問題なし」


 皆が皆、それぞれ自身のポイントへと向かい出す。充嗣も遅れる訳にはいかない、時計に目を落とすと絵画の持ち出しまで残り十五分を切っていた。

 それまでにポイントに辿り着き、攻勢に出る必要がある。



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