北を求めて
いつもより+1000字多めです。
ストックヤバいので明日は無いかもしれません。
有るかもしれませんが。
ヴィクトリアは有能だった、料理は上手いし気は効くし、痒いと所に手が届くというか、少なくとも何で今まで雇わなかったのだと本気で後悔する位には有能だった。ヴィクトリアもヴィクトリアで働く事に意欲的で、何でもBANKER GANGの一員に雇われているという事実が非常に嬉しいらしい。事あるごとに持ち上げられて、何となく充嗣としては照れる様な、恥ずかしい様な、そんな感情を抱いた。
そんな有意義で、ある意味堕落的な日々を送っている充嗣の元にミルからメイドの件はどうだとメールが届いたり、ロールから冷やかしの電話が掛かって来たりしたが、無難に流して事なきを得た。ミルにはメイドを雇う切っ掛けになったとして礼の一つもしたいと食事に誘ったが、「どうせ食事を奢って少しでも金を消費したいという魂胆だろう」と見抜かれ、自費でなら受けようと言われた。流石司令塔、クルーの考えなど御見通しである。
そんなこんなで一ヵ月ほどの期間があっと言う間に過ぎ去り、ヴィクトリアが充嗣の家に馴染んで来た頃。恥ずかしい話しだがヴィクトリアを雇ったばかりの頃は、朝起きて自分の家に見知らぬ美人が居ると驚いた事があった。今ではその様な事も無い、彼女が居る事が正常になったと言うべきか、ヴィクトリアの姿が無いと無意識に目で探してしまう位には日常的な光景となった。
そんな折にマルドゥックからメールが届いた、最初はヴィクトリアに関するメールかと思ったが、内容に目を通すとどうやら違うらしい。明日の早朝に各自招集の旨が書き込まれていた。まだ前回の仕事から然程時間が経っていない、まさかもう動くのかと首を傾げながら、念の為ヴィクトリアに強盗準備を頼んでおく。
各種武装の整備とアーマーの搬入、爆薬の確認などだ。強盗準備を頼んだ時のヴィクトリアの瞳が、心なしか輝いているように見えたのは見間違いだと思いたい。
翌日の早朝、郊外のセーフハウスに集まったクルーは地下のミーティングルームにてマルドゥックからの通信を待っていた。プロジェクターとpcが部屋の中心に鎮座し、皆が一様に「何故こんなに早く招集が掛かったのか?」と疑問に思っている。集合して開口一番ロールが、「お前等なんかやった?」と聞いて来たくらいだ。
充嗣個人としては一番ロールが何かやらかしそうだと思ったのは黙って置く事にする。
レインなどは今日予定をキャンセルして来たようで、僅かに機嫌が悪い。誰もその事に触れようとしないのは飛び火する事を恐れてか、かく言う充嗣もその中の一人だった。
「全員待たせたな、休暇中にすまない、集まってくれてありがとう」
PCのスピーカーからマルドゥックの声が響く、全員の視線が一点に集まり白いコンクリート壁に真っ黒な画面が投影された。どうやらマルドゥックと回線が繋がった様だ、充嗣も襟元を整え気を引き締める。
「マルドゥック、今回の招集は一体何だ、まだ前回の強盗から余り時間が経っていない、集まるだけのリスクが有る話なのだろうな?」
ミルがPCに向かって疑問を飛ばし、「あぁ、勿論だ」とマルドゥックは肯定する。すると黒い画面が一変、何やら見た事のある人物の写真が映し出された。
「……アンゴラ・ドロテア・サーシェ?」
写真には妙齢の女性が映っていた、壇上にて演説を行っている様子を撮影したものらしい、その表情は笑みで民衆に向かって手を振っている。姿はスーツでくすんだ金髪、どこか気品を感じさせる顔立ち。名を呟いたのはレインだ、充嗣は「何処かで見た様な気もする」程度で余り詳細な情報は持っていなかった。
「確か、ドイツ連邦の外務大臣を務める女性だったわよね」
「あぁ、最近何度かメディアで目にする機会があった、しかし彼女がどうしたと言うんだ?」
レインとミルが目を細め、PCを見る。ロールはサーシェ外務大臣を欠片も知らない様で、つまらなそうに欠伸を漏らしていた。
「昨日、ドイツのアールから金になる話を聞いてな、これを見てくれ」
サーシェ外務大臣の写真が切り替わり、何やら絵画らしい画像が投影される。充嗣には全く見覚えの無い絵画だ、どこぞの高級ホテルにでも飾られていそうな絵。有体に言ってしまえば自称画家や評論家が諸手を挙げて絶賛しそうな絵と言うべきか、前衛的と評価すべきか。
複数の線と何を表現したいのか分からない乱雑な色がキャンパス上に咲き乱れている、充嗣が半ば停止した思考で「俺でも描けそう」と小並みな感想を抱いた。下手すれば幼児が適当に筆で描き上げたと言っても信じてしまいそうな絵だ。
「……これは、何と言うか」
「ごめんなさい、私、絵画を見る才能は無いの」
ミルが何とも言えない表情を浮かべ、レインは早々に価値観が違うと顔を背ける。充嗣も概ね同意であり、両手を挙げて賛同のポーズを見せた。しかし、一人だけその絵画に食い付いた人物が部屋の中に居た。
「テールベル作、【丘の向こう側】だな」
その声に、全員の視線が集中する。
絵画を描いた作者、そして作品名を口にしたのはロールだった。その表情は先程のつまらなそうな表情では無く、どこか野性味を感じさせる鋭いモノに豹変していた。
「その通りだロール、お前ならこの絵画の価値、理解できるな?」
「あぁ、勿論だマルドゥック、ついでに何で今日招集が掛かったのかも理解したぜ」
壁に背を預けていたロールが自身の二足で確りと立ち、ミル、レイン、充嗣の三人を見据える。
「……意外だな、ロールは絵画に詳しかったのか」
充嗣が驚いた表情のまま語り掛ける、するとロールは頬を掻きながら「別に、絵に詳しい訳じゃない、ただ金になりそうな事は絶えず耳に入れているだけさ」と笑った。そうだとしても、金になる事を全てを記憶するなど大変な重労働だろうに。充嗣はゲームの世界では知り得なかったロールの意外な一面を垣間見た気がした。
一人プロジェクターの前に歩を進めたロールは、投影された絵画を指差しながら語る。
「この絵はテールベルって作家が一番最初に書いた絵なんだ、本人はもう亡くなっているんだがな、絵画を嗜む連中にはそれなりに知られている画家で、相場は一枚で数億、高い時は五十億とかぶっ飛んだ額の金が動く、何て言うんだろうな、マイナーと言えばマイナー何だが、知る人ぞ知る名画家って言うのか、そういう奴だ、今回の【丘の向こう側】はテールベルの一番最初の作品、つまりマニアにとっては喉から手が出る程欲しい一品の筈だぜ」
ロールが真剣な顔つきでそう言えば、マルドゥックが「その通り」と肯定する。充嗣は段々と話の流れを理解した、サーシェ外務大臣がその良く分からないが高価な絵画を持っている。そしてソレは一枚数億の値打ちが有り、その中でも飛び切りの値段が付きそうな絵画が手元にあるらしい。
とどのつまり――
「仕事か? マルドゥック」
ミルが呆れた様に肩を竦ませて言い放つ、レインも予想がついていたのか「しょうがない」といった雰囲気を持っていた。
「そうだ、サーシェ外務大臣から絵画を奪う、アールの顧客に酔狂な奴が居てな、盗品だろうが何だろうが手にさえ入れば金を払うという大富豪様が一人、全く富豪サマサマだ」
「それはスゲェ、それで、肝心な方は?」
ロールが問いかけ、充嗣も含め部屋に沈黙が降りる。此処で問われたのは絵画の値段、とどのつまり充嗣達BANKERの給料だ。全員が注目する中、マルドゥックは満を持してその値を読み上げる。
「一人頭八億、今回の絵には四十五億の値が付いた」
その値を聞いた瞬間、ロールが口笛を鳴らし、ミルが深い笑みを浮かべる。レインですら喜びを隠しきれず、胸の前でガッツポーズを決めていた。一人八億、これはまた随分とデカイ金額だ。
恐らくここ最近の依頼では断トツに大きな山だろう、一人八億でクルーが四人、全員分で三十二億、そこにマルドゥックの八億を入れても四十億、残り五億は準備資金か協力者か、どちらにせよかなり大規模な計画である事は間違いない。
「今回は静寂と騒乱の両方で進める」
マルドゥックがプロジェクターの画像を切替え、何やら屋敷の見取り図らしい写真をアップする。敷地自体かなり広く部屋も多い、中庭と門も含まれており警備の詳細な人数も記載されていた。
「全員で屋敷に侵入し、潜伏、絵画の搬入作業時に通信妨害を掛けて一気に護衛を殺害、絵画を奪って逃走、単純明快、どうだ分かり易いだろう?」
分かり易いが、それが簡単かどうかは別な話。警備の情報を見る限り担当している組織はドイツの私兵隊、イタリアの憲兵隊の様な連中だ。PMC(民間軍事会社)の連中は自身の命が大事だからこそ、状況が悪くなれば絵画など捨て去り逃げ出すだろう。
だがハウンド・ドッグや憲兵隊の様な奴らは、国家に対して何らかの忠誠心を抱いている為タチが悪い、所謂不屈の闘志って奴を持っている。
「作戦は単純だが、絵画の搬入予定日は?」
「二日後の早朝三時、サーシェ外務大臣の別荘地から本邸宅に移される、本丸は少々警備が厳重だ、出来れば別荘地の方で片付けたい」
「しかし潜入するってなると、あんまり重装備は持ち込めねぇのか」
「いや、既に内通者を作ってある、少々金は掛かったがお前等の装備一式は予め現場に仕込む、怪しまれない為場所はバラバラだが、最終的には合流して事に当たってくれ」
現地調達、となると潜入時は軽装で事に当たると言う事だろう、余りに薄いボディアーマーだと上昇値も少ないから不安だ。
「仕込む場所はこのαからΔまでの四ヶ所、それぞれ別々の場所から潜入して装備を回収、その場で待機、作戦開始時間になったら合図を出す、そうしたらそのまま突入して絵画を奪ってくれ」
見取り図にそれぞれα、β、γ、Δの文字が浮かび上がる。別荘地から絵画を運び出す予測ルートも表示され、それぞれ襲撃する為の侵攻ルートも色別で表示された。充嗣の侵攻ルートはβ、どうやらそこそこ警備とやり合う必要があるらしい。
「最初から突撃ってのはナシか?」
ロールがそう聞けば、マルドゥックは否定の言葉を口にする。
「外側の警備はかなり厚い、もし手古摺ったらその間に絵画を持って逃げられちまう、まぁ、万が一の安全策って奴だ」
「成程、オーケー、そういう事なら何も文句はねぇ」
マルドゥックが「他に何か質問は?」と皆に声を掛けるが、誰も口を開かない。それを無言の了承とみなし、此処に作戦実行の宣言が成された。作戦実行は二日後、装備の仕込みは今日の夜。
充嗣達は急ぎ自宅へと戻り、装備の準備を始めた。




