束の間の
充嗣はBANKER GANGのクルーである。
ゲーム時代から数えればプレイ時間は軽く三千時間は超え、数多の依頼と言う名のミッションを熟し、常人ならざる戦場を潜り抜けて来た歴戦の猛者だ。その稼いだ金銭の殆どは武器とMOD、アーマーや服装、マスクに消え、充嗣の家には武器庫と言う名のコレクションルームが存在する、恐らく見る者が見れば卒倒する様な光景だろう。クルーの仕事中毒という命名はこの辺りに起因する。ぶっちゃけるとゲーム時代の金の使い方がその他に無かっただけなのだが、この世界の住人にとっては生真面目な奴という評価に繋がる。
さて、そんな充嗣ではあるが彼はBANKERの名が持つ『影響力』と言う奴を考えた事が無かった。言ってしまえば彼にとってはこの世界はあくまでゲームであり、自分が今まで画面の向こう側で操作して来た世界の事を余り深く考えた事が無かったのだ。マウスとキーボードを駆使してアメリカの軍事施設に殴り込みを掛け航空機を奪取したのも、民間軍事会社の最新鋭潜水艦から機密データを盗み出したのも、日本の防衛大臣の邸宅から大量の金を盗み出したのも、全て画面の向こう側で起きた事だった。
故に、彼にとっては『ゲームのミッションでそんな事もやったなぁ』程度の認識であり、当事者意識など微塵も存在しない。
しかしこの世界にやって来た充嗣の肉体は、彼自身が今まで画面の向こう側で動かして来たキャラクターその人であり、実際問題として充嗣がアメリカの軍事施設に殴り込みを掛け航空機を奪取し、民間軍事会社の最新鋭潜水艦から機密データを盗み、日本の防衛大臣の金を強奪した、という事になっている。
ゲームならば良かった、誰もがそんな体験をし「あのミッション難しいよねぇ~」程度の雑談で済ませられるレベルだから。しかし、これが現実となるとそうはならない。少なくとも常人がアメリカの軍事施設に殴り込みを掛ける事は無いし、民間軍事会社の潜水艦にも潜入しようとは思わない、ましてや防衛大臣の邸宅にて盗みを働くなんて論外だ。
それを実行し、ましてや成功させてしまっているのがBANKER GANGだった。たった四人で軍隊と撃ち合い、生還し、逃げ切る。一度ならば奇跡と持て囃される、しかし何度も何度も頭のぶっ飛んだ作戦を考えては実行し、そして大量の報酬と共に帰還する彼らを裏の人間たちは畏怖し、同時に憧れた。
異常な力を持つ人間と言うのは時に疎まれ、恐れられ、同時に崇拝の対象となるものだ。
人はソレを『カリスマ』と呼ぶ。
「……まるで俺達が頭のイカれた狂人集団みたいじゃないか」
朝、ヴィクトリアの作った朝飯を頬張りながら充嗣は呟く。食事の席でヴィクトリアから聞いたBANKER GANGの対外的評価、それは余りにも充嗣の思うBANKERとかけ離れたモノだった。いや、もしこの世界が現実だと言うのならば正しいのだろう。
仮に充嗣の生きていた現実世界でそんな事を実行している集団が居ると聞けば、自身も漏れなく「何、その頭のイカれた集団」と思うだろう。だから現在のBANKERの評価は概ね正しい、それが納得出来るかどうかは全く別なのだが。
それにしてもヴィクトリアの料理は美味しい、食に疎い充嗣は目の前の食事が何と言う名前の料理なのかは分からないが、兎に角美味しい、手が止まらない。特にこのチーズに浸して食べるパンなど絶品だ。
「……私はてっきり知っているものとばかり、それにしても、余り驚かれないのですね」
「いや、十分に驚いているよ、ただ正直今更何を言ったって事実は変わらないから」
チーズと一緒にパンを頬張りながら充嗣は言う。
充嗣がこの世界に来て早々に身に着けたスキル、それは一種の「悟り」であった。元がゲームの世界なのだから何が起こっても不思議では無い、それこそ明日地球が爆発しますと言われたって充嗣は穏やかな表情でその事実を受け入れるだろう。良く言えば寛容、悪く言えば諦めの境地、死にたくないから準備はするけれど想定外を想定する事など無理なのだと割り切っていた。想定出来ないからこそ想定外なのだから。
そんな充嗣を見つめつつ、絶賛キッチンで朝食を追加で作るヴィクトリアは苦笑する。それは充嗣のスタンスに関しての苦笑なのか、それとも胃袋の大きさについてか。久しく人の手料理、それも出来立てを食べていなかった充嗣はその余りの美味しさに只管目の前の食事を胃に放り込んでいた。
目の前で作られた料理という点も付け加えるべきかもしれない、マンションのルームサービスも中々に美味しいけれど、毎日であれば流石に飽きるし、顔の見えない誰かに作られたものより自分の為に作られた顔の見える食事の方が嬉しかった。
「しかし、そんなに言う程のモノかねぇ」
充嗣はBANKERの活動に関してそう零す。どこまで行っても当事者意識が芽生えないBANKERの一員、そしてこの世界がゲームだと知っているからこそ「お膳立てされたミッション」だと充嗣は語る。言ってしまえば彼はどんな依頼であれ成功する手立てがある事と知っている、ゲーム会社がクリア出来ないミッションを実装するとは思えないから。
極論、どんな無茶に思える強盗だろうが成功までのルートが用意されている時点で充嗣にとっては強盗成功して当たり前という価値観だった。それがある人間には傲慢に映り、ある人間には圧倒的な自信に満ち溢れている様に見える。
幸いな事にヴィクトリアは後者だった。
「偉人にとっては何でもない事でも、凡人にとっては凄まじい事なのです」
いや、自分は偉人でも何でも無いのだけれど。充嗣はそう言う、しかしヴィクトリアが効く耳を持つとは思えない。BANKERのクルーの一員と知って真っ先に雇用要請を飛ばしてくる様な人だ、きっと彼女も何か特別な感情をBANKER GANGに抱いているのだろうと思った。
「……正直、俺はあんまり役に立っている感じはしないな、優秀なのは他の三人のクルーだろう、俺は前線で撃ち合うしか能がない」
充嗣のゲームでの役割は専ら前線で銃を撃ちまくり、重装甲兵が出たら爆薬で吹き飛ばす、可能であれば敵を説得(洗脳)し寝返らせ、戦線を維持する。そういう役割を今までずっと熟して来た。レインやミルも勿論戦うが、実際今まで多くの軍勢を屠ってきたのはロールと充嗣と言っても過言では無い。ロールの重火器による制圧射撃、援護射撃には今まで何度も助けられてきたし、正直あの三人だけで依頼を達成できるのではないかとすら思う。
無音静謐のミッションも何度かやって来たが、充嗣は騒乱の方が得意だった。通信妨害や監視室の制圧、暗殺やら何やらは自分の肌に合わないと思っている、だからそう言った実際に金庫を破る役割を持つレインやミルが有能なだけで、自分はそれ程凄い人間でも無いと充嗣は思っていた。勿論、全てはゲームの中の話ではあるが。
「いや、一人で何百人も殺害している時点で十分過ぎるほど異常です」
「……それもそうだ」
現実世界なら、そういう事になるな、確かに。




