同居人
更新速度が落ちると言ったな、あれは嘘だ。
いや違うんですよ、別に勉強していると無性に部屋が掃除したくなるとかそう言うレベルと同じで小説が書きたくなるとか無いですしおすし。
その後、ミルと他愛も無い雑談をしつつ彼の行きつけの店で食事を摂り、十万近くを浪費した充嗣は上機嫌でミルと別れ帰宅した。流石と言うべきか、金の掛かる食事は相応に美味かったとだけ言っておく、今後の利用を視野に入れておきたい。
成り行きかどうかは兎も角、家政婦、もといメイドを雇う事に決めた充嗣は早速マルドゥックへと連絡を取った。彼も忙しい人間なので用件はメールで、内容は「メイドを雇いたいので斡旋して欲しい、金に糸目は付けない」というモノ。ミルからは何人か複数雇う事を進められたが、充嗣はまずはお試しという事で一人雇ってみて様子を見る事にした。それで問題無いようであれば、もう一人、二人雇っても良いだろう。
マルドゥックからの返信は思いの他早かった、送信してから三時間ほどして返事が来る。やっと雇う気になったのかと言う前口上と、それからどんな奴が希望なのかと言う大雑把なリクエストがメールには書き込まれていた。
「どんな奴、ねぇ」
正直現実でもメイドなど雇った事がない充嗣は、どんな要望なら送っても良いのかと迷う。取り敢えず要望だけならば幾らでも出て来るが、充嗣は何も完璧超人が欲しい訳ではない。BANKERの事を漏らさないというのは最低条件だが、それに関してはマルドゥックの斡旋だ、あまり心配する必要が無い。であれば、能力とか、容姿とか、性格とかだろうか?
充嗣は五分程じっくり考え、「年齢や人種は問わない、当たり前だけれど性別は女、容姿は多少整っていると嬉しい、後は普段の家事やらBANKERで活動する際の補助が出来れば十分」とメールに書き込んだ。取り敢えずこの程度の範囲ならそこそこ該当する人物が居るのではないだろうかと頷く。そしてメール送信ボタンをクリックすると、深く背凭れに体重を掛けた。
しかし、メイドのお給料は一体どれ位必要なのだろうか、なんて考える。メイドやら執事と聞くと、充嗣は大富豪の隣に侍っている直立不動の人物をイメージする。やはり金持ちに仕えているのだから、月給百万とか必要なのだろうかと頭を捻る。まぁ別に月百万だろうが百二十万だろうが、今の充嗣ならば問題無いのだけれど。
「しかし月給百万って、年収で千二百だろ、しかもボーナスとか考えると凄い高給取りじゃん」
現実世界で得ていた自分の給料と比較して軽い自己嫌悪。するとPCからメール着信の通知が届く、そのままクリックして中身を見れば、マルドゥックから返信があった。
どうやら早速該当する人物が居たらしい。何でもマルドゥックの所有している斡旋企業に充嗣の雇用条件やら何やらを送信した所、一分経たずに雇用要請が殺到したのだとか。もの凄い人気の様だ、やはり金に糸目を付けないと言ったのが効いたのだろうか。でも余り高額を吹っ掛けられると怖いので、ある程度常識の範囲内でお願いしたい。
マルドゥックからPDFファイルが送信されており、開くと中には顔写真と共に履歴書と思われる書類がずらりと並んでいた。どうやらこれ全部が要望して来た人全員分らしい。一応全員マルドゥックからのお墨付きなので誰を選んでも問題無いとの事。一体これだけの人数、どうやって集めてきたのだろうか、不思議だ。
尚、何故執事を選ばなかったのかという点については、ご想像にお任せする。
「いや、速すぎだろう」
凡そ百近くある履歴書を捌く事一時間、充嗣は凡そ「好感触」な履歴書を数枚だけピックアップし、その中から一人を選んでマルドゥックへと報告した。中々に迷ったが、個人的な趣味趣向と能力のありそうな人材を選んだつもりだった。メールを送信した後、一時間程して「OK」とだけ書かれたメールが届き、充嗣は安堵する。どうやら受理された様で、多分詳しい雇用契約などは後々メールが来るのだろうと充嗣は独り高を括っていた。
それから五時間ほどして、夜の六時頃だろうか。滅多に鳴らない充嗣のマンションのインターホンが鳴った。「ポーン」と言う軽快な音、ネットサーフィンをしていた充嗣は音に対して首を傾げる。ルームサービスを頼んだ覚えは無いし、宅配はマンションの受取人が居る。インターホンを鳴らす人物と言えば、充嗣にとってクルー以外考えられなかった。夜と言うには少々早いが、はて誰だろうか? クルーとて充嗣の携帯番号やメールアドレスは知っている、訪問するならばまず連絡の一つも寄越すだろう。
そうこうしている内に、もう一度「ポーン」とインターホンが鳴り、慌てて玄関の方へと駆ける。そして覗き穴から外を覗き、内心驚愕しながらも扉を開けた。
そこには先程「この人で頼む」とマルドゥックに送った履歴書の人物が立っていたのである。それを見て出て来た言葉が「速すぎだろう」、俺は何も間違った事は言っていないと内心で自己肯定。マルドゥックに先程メールを送ったばかりじゃないかと。
「藤堂巳継様ですね?」
「……えぇ、はい、そうです、充嗣です」
「アルド・カンパニーより派遣されました、ヴィクトリア・ミハイロヴナ・ドミトリーです」
そう言って九十度の綺麗なお辞儀を見せるヴィクトリアさん。充嗣はPDFの履歴書を頭に思い浮かべる、彼女はロシア系の出身で生まれはベラルーシだ。充嗣は自分が日本出身だから日本文化に合わせてくれたのだろうかと、ヴィクトリアさんのお辞儀を見ながら考える。というか、ロシア人は時間にルーズだとばかり思っていたが評価を改めないといけないようだ。少なくともベラルーシの人間は中々にストイックらしい。
「……あの、一つお伺いしたいのですが」
「私などに敬語は不要です、どうか」
日本人の性か、初対面で敬語を使ったら即刻止められた。
「……では、俺は先ほどマルドゥックに採用のメールを送ったばかりなのだけれど、あまりに素早い到着だ」
「待機所が中央連邦のルイリスクでしたので、航空機で四時間程度の距離です、マルドゥック様より至急現地入りせよとの業務命令がありました、それにご主人様を待たせる訳にはいきません」
なるほど、確かに航空機で四時間より少し短い程度の距離だ。しかしそれにしたってどういうつもりだ、マルドゥックは。メールを送ったその日に送ってくるとは、何かこう、心の準備とか部屋の掃除とか色々あるだろう。いや、掃除はやって貰うのが仕事なのだと重々承知しているけれど、やはり汚い部屋に上げるのは抵抗がある訳で。
色々不満はあるけれど、充嗣はそれらを飲み込んでヴィクトリアに目を向ける。さらりと流れる金髪は肩に掛かる程度で、その瞳は青色。肌は白く顔立ちも整っている、十二分に美人と言える容姿をしていた。
色々言いたいことはある……あるけれど。
美人と一緒に生活出来るなら、まぁ良いだろう。
「立ち話も何だ、上がってくれ、荷物はそれで全部か?」
「はい、必要なものは全てここに」
充嗣が扉を大きく開けて入室を促すと、ヴィクトリアは恐縮しながらコロコロとキャリーケースを転がして玄関を潜る。女性にしては荷物が少ないんだな、なんて考えながら充嗣は扉を閉めた。




