銀行強盗入門
とある作品を見ていて思った、異世界転生のゲームはなぜファンタジー系やSFが多いのか。
銀行強盗をするゲームに転生したって良いじゃない……と。
と言う訳で書きました、はい。
ゲームの世界に憧れが無かったと言えば嘘になる。
まだ小学生で世界のせの字すら知らなかった頃、俺がまだ僕であった頃。夢で夢想し剣と魔法を駆使して駆け抜けたあの世界は輝いていて、自分の住んでいる世界が酷く色あせて見えた。だから、そんな世界に憧れるのはごく自然な事で。無駄に背丈が大きくなり、知識を持った今でもそんな馬鹿みたいな願いを捨てられずにいた。
神様なんて存在しない、都合の良い未来も無い、来世だって期待できない。そんなのは悪魔の証明に他ならず、信じるにも値しない眉唾物だ。だから僕は表面上、そんなものは無いと笑い、堅実に生きる事を選んだ。人並みの幸せというのは得難いのだ、普通と言うのは言葉の響きこそ最悪だが、その『普通』がどれだけ大変な事かを、その言葉を使う奴は知らない。何事も平均、それは凄い事なのだ、そしてそれを成すのはとても大変な事、だから僕は自身の人生に満足している。
そういう風に言い聞かせていた。
世界が色を変えたのは、僕が思っていたよりも、ずっとずっと早かった。
★
「クソ! クソッ! あのクソったれドッグめ! 地獄の畜生が!」
充嗣の意識が浮上した時、耳に届いたのは誰かの悪態だった。それは耳元でガンガンと響き、同時に何かが砕ける音、金属同士の擦れる様な甲高い音が聞こえた。一言で言うなら騒々しい、実に最悪の目覚めだ。
「マルドゥック! ドヴァが猟犬共の弾頭を喰らった、アイアン・アーマーがボロ雑巾だ! 生きてはいるが、起き上がれそうもねぇ!」
パパパパッ、と視界に閃光が瞬く。聞き慣れた音、だけれど伝わって来る振動は未知のモノ。寝起きの思考で「何でこんなに騒がしいのだ」と顔を顰める、テレビでも点けたまま寝てしまったのだろうか? いや、そんな筈は無いのだけれど。やけに重い瞼をゆっくりと開き、視界が正常に働くまで数秒、眩い光を経て見えた先に青い空があった。
青い空? 見えた光景に対して浮かんだのは疑問、自分はベッドに寝ていた筈だと充嗣は思った。同時に、自分の周囲が明らかにおかしい事に気付く。手元には粉々になった席片、砂利、転がる薬莢、舞う砂塵。
「オラオラオラオラァッ! んな喰いたきゃくれてやルァ、FGTの鉛弾を御馳走してやるッ!」
そして目の前に、灰色のゴテゴテした何かを着込んだ男が一人、手に長身のライトマシンガンを手にして叫んでいた。およそ日本で見る事は無い無骨なデザイン、重火力の咆哮が弾丸となって飛び出しコンクリートに音が反響する。木の枝の様に重火器を振り回し、笑う男。
―― 何だコイツ
頭のおかしい狂乱者。傍から見た充嗣はそんな感想を抱く、実際問題ソレは現実離れした光景だった。腹まで響く重低音を響かせながら、男が充嗣を見る。その瞳は爛々と輝いていた。
「おゥ! ドヴァ、生きてるかァ!? 動けるならさっさと立ってアジンと合流しろ! 此処はオレが何とかしてやらァ!」
男は顔面に仮面を付けていた、それは何と言うか奇妙という他無い。ルネサンス時代に医者が着用していたというペストマスク、とでも言えば良いのか。先端が壁にぶつかって折れたりしないか不安な仮面だった。
男に視線を向けられた充嗣は、一体何だと叫びたい気分だった。しかし声を出そうとして、酷い痛みが喉に走った。動かそうとした腕が上がらない、どうにも自分は怪我か何かをしているらしい。
「トリ!」
ふと声が聞こえた、響き渡る重低音の中でも通る声だった。倒れ伏したまま顔を向けると、狂乱者と充嗣に向かって走って来る男が一人。散乱するPCやファイルを蹴飛ばしながら、充嗣の傍まで来ると徐にその体を観察し始めた。その男も仮面を被っていた、人の顔を象っているのか、福笑いみたいな顔だと思った。
「アジン! 来てくれたのか! ドヴァがやられた、ドクターバッグの所に連れて行ってくれ!」
「あぁ、連中の足止めを頼む、死ぬなよッ!」
「おうとも!」
短い応答を交わし、そのまま充嗣は『アジン』と呼ばれた男に引きずられて行く。狂乱者は地面に伏せるとバイポットを立てて、正確に弾丸をばら撒き出した。壁の向こう側に居る、何か軍隊の様な恰好をした連中が硝子細工の様にバラバラになって吹き飛んでいく、それは出来の悪いB級映画の様だ。体に力が入らなくて、引き摺られるまま近くの部屋に運び込まれる。そこはコピー機とファイリングされた資料がズラリと並んだ部屋だった。
「くそ、アーマーがズタボロだ、HERでも撃ち込まれたのか? あの地獄の番犬どもめ……ドヴァ、大丈夫か? 意識ははっきりしているか?」
部屋に入るなり充嗣の体を調べ、甲斐甲斐しくアーマーを脱がせてくれる男。既に布切れ同然と言って良いアーマーの下からは皺くちゃのスーツが姿を現した。こんな高そうなスーツ、充嗣は持っていた覚えがない。
一人思考の渦に呑まれそうになるも、アジンにぺちぺちと頬を叩かれて我に返る。痛む喉を震わせて、何とか「あぁ」とだけ声を出せた。
「そうか、良かった」
アジンは本当に安堵したと、そんな声色で充嗣に語り掛ける。それを聞いていると、何故か充嗣まで穏やかな気持ちになった。それは他でも無いアジンと呼ばれる男への信頼、けれどその感情の元に充嗣は憶えがない。まるで自分が自分では無い誰かになった様な感覚。
「ドヴァ、モルヒネを打つ、もう少しの辛抱だ」
アジンは赤色のバッグから細長いプラスチックの容器を取り出し、そのキャップを外した。その針の先端から僅かに液体が滲み出て、アジンが充嗣を見る。
「ぁ…ぁ、やってくれ」
充嗣は自分でも知らぬ内に、そう答えていた。
アジンの持っていた注射器が肩にそっと刺さり、針が体内に侵入する。そこから液体が注入され、数秒後には痛みを全く感じなくなった。
「どうだ、動けそうか?」
問いかけられ、充嗣はそっと腕を持ち上げる。震え正確に動かない腕だが、完全に動かせないわけでは無いらしい。足も、良かった、ちゃんと動く。充嗣はゆっくりと上体を自分で起こし頷いた。
「大丈夫、大丈夫だ、もう、動ける」
自分に言い聞かせる様に充嗣は何度も頷く、それを見たアジンは「よし」と力強く頷き、自分のベルトから拳銃を取り出した。一度スライドさせ薬室に一発装填、そのまま持ち手を充嗣に差し出す。
「金庫はチトゥイリが開けている最中だ、恐らく数分で済む、トリの援護を頼めるか?」
突然の事に充嗣は動きを止める、目の前に差し出されているのは日本で馴染みの無い拳銃。黒く怪しい光を放つそれは、しかし妙に愛着を感じさせ、まるで受け取るのが当然であるかのように充嗣の手は拳銃を受け取った。ずっしりとした重みとグリップの感覚が手に馴染む。
「勿論だ」
その口も勇ましく言葉を紡いだ。
アジンは充嗣を見て、そのマスクの下で笑みを浮かべる。
「よし、なら行こう、俺達―― 【BANKER GANG】の力、見せてやろう」
そう言って背負っていたライフルを手に取り、颯爽と部屋を飛び出すアジン。それに続いて充嗣も飛び出す、その事に何ら迷いは無かった。まるで自分ではない誰かの意思に従っているかの様に。
自ら銃弾飛び交う戦場に飛び込みながら、充嗣は頭の片隅で一つ大事な事を思い出した。
この拳銃も、このシュチュエーションも、覚えがある。
そう、この状況、手に握る愛着ある拳銃、そして特徴的なマスク――
全てが揃った時、充嗣はある一つの事実に辿り着いた。
この世界は、ゲームだ。




