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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

特別仕様のチョコレート。

作者: 神無月朔夜

前後半年は誤差だ、っておじいちゃんが言ってた。

 



 本日は2/14。


 世に言うバレンタインデー。


 さて、これだけの気持ち。どうして伝えようか。



  * * * * *



「ちょっと。ハナシ、聞いてんの?」


「ん、んん?あぁ、うん。聞いてるよ」


 ……聞いてないけど。


「それで、どうするの?バレンタイン」


 そういえば、バレンタインデーの予定を決める話をしていた気がする……。しかし、生憎バレンタインデーは空いていない。


「予定があるから、無理かな」


「えぇー!?お姉ちゃんをすっぽかして誰かにチョコレート渡しに行く気!?」


「うん。だから、悪いけど空いてないよ」


 これはよくある、テンプレートと言っても差し支えないくらい平凡なバレンタインの出来事の話。


 まぁ言ってしまえば、恋の話だ。


 ……小恥ずかしい話なのだけど、私には好きな人がいる。

 その人は……。



  * * * * *



「ちょっと。ハナシ、聞いてんの?」


 ……聞いてないの、知ってるけど。


「ん、んん?ああ、うん。聞いてるよ」


「それで、どうするの?バレンタイン」


 話題を思い出させるように私は繰り返す。私としては、一緒に居たいのだけど、無理なのは分かっている。


「予定があるから、無理かな」


 思わず暗い顔をしてしまう、なんてヘマはしない。

 あくまで、明るく。


「えぇー!?お姉ちゃんをすっぽかして誰かにチョコレート渡しに行く気!?」


 あくまで……明るく。


「うん。だから、悪いけど空いてないよ」


 これはちょっと普通じゃない、かもしれない。バレンタインの出来事の話。


 本当に恥ずかしい、というか人には言えない話なのだけど、私には好きな人がいる。

 その人は……。



  * * * * *



 そうこうしている間に迎えた、バレンタインデー。

 私は、想い人に私製チョコレート〜たくさんの想いを込めて〜みたいなものを渡すために、チャンスを伺っていた。


「あれあれ?瑠璃るりくん。何をしているのかね」


「……お姉ちゃん」


 嬉しそうな調子で私に声をかけてきたのは、蘇芳すおう、つまり私の姉である。

 それに私はため息まじりに答える。


「はいあなたのお姉ちゃんです。で、何してんの?」


「えぇ……それ、言わないとダメ?」


「いや別に言わないとダメってことはないけど……大体わかるし」


 ……分からないで欲しいところだけど、それも無理な話か。

 こんな日にわざわざ他学年の教室の前でウロウロしている人の目的なんて誰だって見当がつく。


「はぁ……じゃあ邪魔しないでよ……」


「はいはい。分かりましたよお姫様〜」


 テンション高めで鬱陶しい姉を追い払うと、もうここには用がないので教室に帰るとする。


 教室に帰るとイヤな笑みを浮かべて級友である琥珀こはくがにじり寄って来た。


「おぉールリしぃ、お目当ての人には会えたかなん?」


「……ちょっとコハク、そーいうのじゃないから」


 図星過ぎて反応に困る。やっぱりハタから見ればバレバレなんだろうか……。

 相手は全然気付いてない様子だったけど。


「まぁまぁ、そう怒りなさるな姫様。どれだけ焦ってもウチじゃ想い人は逃げないよ〜」


「……まぁ、そうかもしれないけど」


 はぁ……。これ、結局渡せずじまいになりそうな予感がする……。


 そうして迎えた放課後。

 結果から言えば、その予感は的中してしまった。

 朝は偵察に使ってしまったし、授業中はもちろんダメ。かと言って昼休みは友達の多い私の想い人はずぅーっと談笑。そうこうしている内に放課後。想い人の教室に行けば、もう帰ってしまったらしい。


「はぁ……仕方ないか」


「なぁにが仕方ないんだい?可愛い我が半身よ」


 突然声をかけられて驚いた私が振り返ると、そこには姉が立っていた。

 姉は、蘇芳さんもう帰ってたんじゃないのー?うーん忘れ物したんだよ〜、なんて会話をしながら自分の机をごそごそと探り、私の元に帰ってきた。


「はい、ハッピーバレンタイン♪愛い我が半身よ」


「半身って……妹って言いなよ。ありがと」


 私は姉からのチョコレートを受け取ると、それは昨日一緒に作っていたものとは少し違うものだった。


「キミ用に特別仕様なのだ。一緒じゃつまんないと思ってさ」


「はぁ……女子力高いね……。ていうか、家で渡せばいいのに」


 そう言うと姉は少し困ったように、家じゃつまんないと思ってさ、と答えた。

 その時私はさっさと帰ってしまった姉にチョコレートを渡すことが出来なかった。



  * * * * *



 そうして、想い人にチョコレートを渡せなかった私は意気消沈しながらも、未練がましくその特別仕様のチョコレートをずっと家の冷蔵庫に入れていた。


 しかし、2/18。事件は起こった。


 私が学校から帰ると、姉は一足早く帰っていたようでリビングから声がしていた。


 チョコレートの、甘い香りと一緒に。


「ちょっ、ちょっとお姉ちゃん!?まさか……」


 リビングに駆け込むと、その、まさかだった。

 綺麗な包装はキレイに取られ、その中身も今まさに、食べられようとしているところだった。


「ん?あー、これ、瑠璃が作ったの?美味しいね〜上手くできてるぅ」


 お気楽な姉に、腹が立った。

 私がどんな想いでそれを取っておいたのかも知らないくせに。


「……ぇして」


「ふっふっふ、褒められて嬉しくて言葉も出な」

「返してって言ってるんだよ!!このバカ姉!!」


 私は、耐えきれなくなって家から飛び出した。

 本当にバカ姉は、私の気も知らずに……。



  * * * * *



 初めてそれを冷蔵庫の奥深くで見つけたのは、14日の晩のことだった。

 綺麗な包装がされたそれは、自分の身に覚えがないチョコレートだった。


「ははぁ〜ん?瑠璃め、未練たらたらなんだな〜?」


 なんて、独り言を言いながらそれをそっとしまった。


 素直になれたら、なんて嬉しいことだろうか。

 あのチョコレートの宛先が私だったら、なんて嬉しいことだろうか。


「……なんて、おかしいか。姉妹だもんね」


 チョコレートには手紙が付いていた。宛先は見なかった。

 瑠璃のため、なんて理由じゃなくて、自分じゃない誰かに特別仕様のチョコレートを渡している妹の姿を思い浮かべるのが嫌だった。


 それから、何日経ってもそれは冷蔵庫の奥深くに鎮座していた。

 ……18日までは。


 誰かに渡るくらいなら、いっそ自分が食べてやろう。なんてことを思ってしまった。

 結果は……この通り。妹は怒って走り去ってしまった。


「はぁ……瑠璃、泣いてたなぁ」



  * * * * *



 もう、本当に、最悪だ。


 勝手に食べておいてなんであんなにお気楽なんだろう……。


「あ……」


 気がつくと、私は小さい時によく来ていた公園に辿り着いていた。

 思い返せば中学に入った頃から、落ち込むとここに来る癖がついてしまっている。


「やっぱり無理、なんだろうなぁ……」


 姉に悪気がなかったのは、分かっている。

 人の大切なものを意味もなく盗るようなことはしない人だ。……たぶん。

 私は普段通り、公園のブランコに座って空を見上げた。何というか、ベタなのだけど、私はそういうのが好きなのだ。


「……バカだな、私。……夜までには帰らなきゃね……」


 怒って、泣いて、走って。少し落ち着いて油断したのか、私は微睡みに身を委ねてしまった。



  * * * * *



 瑠璃が家を飛び出してから、1時間が経とうとしていた。

 どこに居るのか見当はつくのだけれど、流石に心配になってきた……。


「仕方ない……“お姉ちゃん”が迎えに行きますか……」


 バレンタインから見て、自分のことを初めて“お姉ちゃん”と呼んだ気がする……バカみたいだ。


 気を取り直して向かう先は、小さい頃によく瑠璃と一緒に遊んだ公園。瑠璃には何か嫌なことがあるといつもこの公園に来る、癖のようなものがある。


「あ、瑠璃……」


 ブランコの上でぐっすりと眠る妹を見つけた私は、ふと小さい頃を思い出し、背負って帰ろうか、と思った。


「……って、もう瑠璃も高校生なんだけどね……」


 嫌がるかな……。ううん、気にしたら負け。

 そして、私がブランコの前でしゃがむと急に背中に重みが乗った。


「うわおもっ……」


「おもっ、って何なのさ。お姉ちゃん」


 どうやら妹は少し前に起きていたらしく、悪戯っぽく笑っていた。その笑顔を見て、少し安心する。


「起きたなら自分で歩きなさいっ」


「えぇ、ヤダ-!お姉ちゃんから背負ったんじゃん!」


「はぁ……仕方ないか。今日だけだからね」


 私と妹は別々に来た道を一緒に帰っていた。そういえば、喧嘩してたっけ。

 大方私がまた無神経なことをしたのだろう。


「そういえばお姉ちゃん。あの……えっとぉ……」


 あと少しで家に着こうとするところで妹がなにやらもごもごと話し始めた。何か、言いづらいことでもあるらしい。


「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいって」


 私は冗談交じりな口調で言ったのだけれど、妹はどことなく頬を染めながら、囁くように言った。


「あのさ、お姉ちゃん。手紙……読んだ?」


「手紙……?なにそれ?」


 本気で心当たりが無かった私に、妹は大きく溜め息をついた。

 ……いや、あきれられても困るし。


「チョコレートに入ってたでしょ。手紙」


 あ、あぁー……手紙って、私宛じゃないやつのことね……。言ってて悲しくなるんだけど……。

 流石の私も他人のチョコは食べても他人の手紙は読まない。というか、あんなもの、読みたくない。


「あの手紙かぁ……うん、読んじゃったよ」


 ……読んでないけど。


「そっか。じゃあ、返事、聞かせて?」


 ん……?


 ちょっとした悪戯心で読んだ、なんて嘘をついてしまったのだけれど……。こんな展開は聞いていない。

 しばらく黙っていると、妹が口を開いた。


「……ゴメン。やっぱ気持ち悪いよね」


 いやいや、やっぱ、なんて言われても状況が読み込めないんだけど……!?


「よしっ。この話は終わり!さっさと帰ってお風呂に入りたい!」


 なにか、勝手に吹っ切れた様子で私の背中から降りた妹は走って家に帰っていった。

 ……あの手紙、しっかり読まなきゃ。


「ただいま」


「おかえり蘇芳。瑠璃はすぐお風呂入っちゃったけど……ご飯、待つ?」


「うん、そうする」


 家に帰った私を出迎えたのは妹ではなく、母だった。

 ……リビングにまだ置いてあるといいけど。


 幸い、手紙と残ったチョコレートはリビングの机の上に置きっぱなしだった。

 恐る恐る……手紙を開く。


『 お姉ちゃんへ


 改めて書くと、なんか恥ずかしいけど。

 ずっと前から好きでした。

 姉妹とか家族の“好き”じゃなくて

 恋人とか、そういう感じの“好き”だから。

 返事、待ってます。


            瑠璃 』


 ……なに、これ。嘘じゃないよね……?

 思い返してみたら、そう考えると確かに色々と辻褄が合う。


 私は、“瑠璃”の居るお風呂場に、制服のまま突撃した。

 申し訳なさと、嬉しさで涙が止まらなかった。


「え、えぇっ!?お姉ちゃん、なにし、えっ……泣いてるの……?」


 困惑する瑠璃も、愛おしくて。抱きついてしまった。

 私も、想いを伝えなくては……。


「ごめんねぇ、るりぃ……ごめんね……わたっ……わたしも」


 涙と緊張と嗚咽のせいで上手く言葉が紡げない。

 言わなきゃ、私も、瑠璃のことが。


「わたしも……大好きだからぁ……」



  * * * * *



 それからしばらくして、私が落ち着いてくると今度は、やっと理解が追いついてきた瑠璃が泣き出してしまった。

 もっと、ロマンチックなのがよかったあぁぁあぁ……なんて。贅沢なヤツめ。



  * * * * *



 本日は2/18。


 バレンタインなんてなかったかのような、普通の日。


 さて、これだけの気持ち。どうして返していこうか。






ホワイトデーも書こうかな……

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