約束。
……いたっ。目が。
「どーしたの、皐?」
この声は、睦。はあ、疲れた。
「別に。目にゴミが入ったのかも。……それより、彼女さんのところに行かなくていいの.
明弥ちゃんって、寂しがりな印象だけど」
今は秋。夏休みが明けて、定期テストがあって、模試があって、テスト尽くしで、そうして、学校祭を目前に控えている。
そんなことはどうでも良くて、今は教室の窓から外の景色を見ている。秋っぽくなったよなあ。落ち葉が落ちている。枯葉は、ひらひらーって散って。自由だねー。
「今ね、出しそびれた宿題を出しに行っているからいいの」
「ふーん、そう」
「うん、そう。……皐、落ち葉が落ちているねー」
「だよねー」
「二人とも、落ち葉は落ちているから落ち葉って……」
『明弥ちゃん?』
振り返ると、明弥ちゃんが睦の席に座っていた。
あー、また兄妹で同じことを。まあ、いっか。
「いつの間にいたの」
「ずっとこの席に座っていたけど」
「え、僕、自分の席なのに気付かなかった。しかも皐の隣なのに。今、絶対に視界に入っていたのに」
「と言うより、今会話に出てきたのに。何で睦の席に?」
明弥ちゃんは一番前の席だったはず。
「睦くんが、好きだから。彼の席に座りたいと思っちゃ、だめ?」
……うーん。この子は、どうにも憎めないよね。素でこの上目遣いをするんだもん。ぶりっ子じゃないんだもん。それに、本当はお嬢様らしいし、ね。
「あー、そういえば。明弥ちゃんの髪ってさ、天然パーマなの?」
実はずっと前から気になっていたこと。すごくかわいらしい感じに巻いているんだよね。短いのに、きれいだし。
「うん、元からこう」
「皐!」
何、睦。顔が赤いよ。
あ、わかった。私に明弥ちゃんを取られたような気になって、あせっているんだ。あー、かわいい。我が兄ながら、すごく。
「へー、あ、そう」
「もー。皐は自分の相手の心配していなって。すごい約束をしたって聞いたよ、洸に」
「え? ……あー、洸。何を人に話しているんだ。後でふっ飛ばしてやろう」
「手加減してあげてねー」
分かっているって。全力でぶつかってあげなきゃ、失礼にあたるもんね。
さてと、帰ろう。今日は、宿題が、いつもより多かった気がする。嫌だなあ。面倒くさい。
睦と明弥ちゃんが手を握っているのに背を向け、教室を出る。廊下は、多分部活で忙しい人が多い時間帯なのだろう、人通りが少ない。
そうして、下駄箱にたどり着いたところで
「皐さん!」
廊下の十メートル向こうにいる、あの見慣れた影から声が聞こえてきた。これは、いつもと同じくらいの位置とタイミングだ。
「何」
いつも同じように返している。何というか、条件反射だよね、もはや。あの声にはこう返す。
「一緒に、帰りましょう!」
「その言い方を改めるなら」
「共に帰ってくださいませんか?」
「私たち、どういう間柄だっけ」
「カレカノとか、俗世界では言われているらしいですよ」
「カレーは、狩るんじゃなくて作って食べるものだから」
「カレーは、ライス派ですか? ナン派ですか? それとも、ルゥのみ派ですか?」
「あんたはるルゥのみ派だってことはわかった」
「違いますよ、野菜と共に派です」
「さっきから新しいカレーの食べ方が開発されまくっているのは、私の気のせいだろうか、それとも事実だろうか」
「両方ですよ、レディ」
「懐かしいことを言うなよ」
「いけませんか?」
幸せそうに目を細めて微笑むこの人の顔は、好きだ。屈託が見当たらない。ああ、ないのか。悩み事とか皆無だろうし、基本的には思ったことをそのまま言うタイプだし。それに、この世の汚さとか、知らなさそう。
「皐さん。あの約束、本当ですよね?」
何の前触れもなく突如話を変えるのは、悪気がないから許すが、もう少しこう、何とかならないか?
「また聞く? 当たり前じゃん。私、嘘はついたことないよ」
「いや、それはあります。ついこの間だって、自分の意志は曲げないって言いながら、多数決で反対のほうに手を挙げていたの、知っていますよ」
「どうでもいいじゃん、そんなこと。とりあえず、それについては偽りなし」
「では、今から」
「前置き必要?」
「もちろんです」
すると、彼は立ち止まった。自然と私の足も止まる。
「……どうしたら、いいのでしょうか」
急に始まったなあ。でも、一生懸命に考えて、覚えてきた言葉なんだろうね、これ。
「この想い、伝えようとすればするほど、あなたが遠のいてゆくような気がして」
ドラマ的な雰囲気。夕日がそれを引き立てている。おー、なかなかに素敵な感じ。
「でも、もう……こらえられないのですっ」
腕にしがみついてきた。あー、びっくり。どうしましょう。
「本当に好きなんです。死にそうなほど。だから、結婚……」
「残念でした」
「えー? これも違うんですか?」
「うん。また明日以降ねー」
「ううー、どうしよう」
この人と交わした約束。それは、〝私の理想どおりのプロポーズをしてくれたら、結婚してやる〟というもの。
最近、文化祭の準備とか何やらで、こいつのことを見直したために約束した。すごく面倒な実行委員を率先してやったりと、結構いい奴だったりしたから。まあ、ほら、この人のことは嫌いではないし。いいかなって。
「でも、難しいですよー。一字一句間違えちゃダメなんでしょう? それに期限もあるし。ヒントくらいは……」
「別に教えてもいいんだけどねー」
「え? いいんですか?」
「まあその代わり、ハードルは上がるよ? プラスして私を感動させなきゃならない、とかいう条件がついて」
「ならいいです」
素直な奴である。そこもかわいいというか。よし、ちょっと試してやろう。
「というか、やってくれるんでしょう?」
「もちろんですよ、何を言うんですか。私のあなたへの愛は、こんなものでは少しも変わりっこないですよ!」
「へえ?」
「いや、何ですかその目は」
「いや、何でも。たださ、一応期限は私の誕生日までって言ったけど、その前に私を飽きさせたら終わりだからねー。飽きっぽいから、どうでも良くなるかもしれないもんね」
「それはちょっと、きついですよー。誕生日までは待ってください」
「さあ、分かんないねー」
「えー?」
「文句を言うなら今すぐ約束破棄するけ……」
「やってやりますよ! 初めて会ったときから、あなたと結婚することは決定していましたから」
「あれだけ私に迷惑をかけておいて、勝手に決めていたのか」
「そうです!」
「元気に言うことかあ!」
「今日も調子がいいですねー……」
お、今日は最高記録を更新するかもしれない。あー、一番星より小さくなっちゃった。記録更新だ、更新。
さて、帰ろう。宿題がたくさんあるんだよ。うーんと、あれ。理科も出ていた気がする。ん? 先週のだったっけ? すでに提出している? 今日出され……んれ?
まあ、いっか。あとで睦に確認しよう。メモしていないし。




