期末テストのあとの解放感
「キーンコーンカーンコーン。テスト終わりです」
「やったあ! 先生、ありがとうございます!」
「坂下さん、連絡事項があるので座ってください」
一体何に礼を言っているのかは聞かないんだ。まあ、口でチャイムをまねている人には興味もないけど。どうせ洸の言うことだから、たいした意味はないのだろうし。
「連絡です。明日の英語の授業は、テストの返却です。問題用紙を持ってきましょう。それと……えーと。それでは終わりです。起立」
『えーっ?』
「みなさん、どうしましたか? ほら、早く立たないと、せっかくの自由な時間が短くなりますよ」
そしてマッハなスピードでほとんどの人が立ち上がる中、三人は普通に立った。むしろ、何でこんなにも多くの人が自由を求めているのか、不思議だ。そんな、数秒くらい延びたところで何が変わるって言うの。
「明弥さん、間宮さんくん、早くしてください」
もう立っています。というか、私たちをまとめて呼ばないでほしいよね。
「じゃあ、気をつけて帰ってください。さようなら」
よし、期末テスト終わり。はあ、疲れた。
「皐? 早く帰ろうよ。録画したアニメ、見たいでしょ」
「あ、そうだった。よし、帰ろう。洸は、置いて帰る」
「うん、当然」
「ちょっとー、待ってよ。そんなに見たいアニメだったの?」
洸が走って来た。多分私に体当たりしてくるので、避ける準備をしておく。
「たあっ! くーらえー! ・……く、なぬっ。よ、避けただと?」
意味もなく悔しがる幼なじみの相手をしているほど暇ではない。背を向けて、一定のスピードを保ったまま歩く。アニメが見たい一心で。
「……あのさ、洸。そろそろ学習したらどうかな。皐が体当たりを避けるのは、もう十五回目だよ」
睦が軽くフォローを入れる。
そうだよ。いい加減諦めたほうがいい。疲れるだけでしょうに。よく飽きないよなー。
「いいのいいの。というか、毎回同じことをしているわけじゃないんだよ。知っていたか? ちょっとずつスピードが落ちているの。そして、何回目で皐は私を受け止めてくれるか、実験しているの。あ、これ、本人には内緒ね」
「あ、そう。へー」
「何それ。冷たいなあ、睦は」
「いつも通りだし」
確かに。睦はいつもテンションが変わらないというか、淡々としているというか、な感じだよね。うん。
「……さっつき、さーん!」
えーと、無視でいいよね。というか、考えるまでもなく無視だ。
「僕、この声、聞き覚えがある」
「あたしもあるよー」
「睦。余計なことは言わなくていいから。洸も」
まったく。聞きたくないときに聞きたくないものが聞こえるなあ。
「お待たせいたしました、レディ」
「待ってねえし。女二人いるし」
「なんと、坂下さんもいらっしゃいましたか。これはどうも。さて、皐さ……あれ、いない。あっ、待ってくださいよ!」
ちっ、もうバレたか。
「ねえ、睦。おとりになってくれない?」
「不可能です」
「何で」
「何でも」
「何で」
「嫌だから」
「じゃあ、一緒に逃げてくれる?」
「それはかまいません」
「よし、行こう。家まで全力疾走」
「あ、さすがにそれは無理かも」
「本心を言わないでよ、私も出来ないのだから」
「じゃあ、初めから言わないで」
「いや、それくらいのつもりで歩かないとさ、廊下を走っちゃいそうだもん。それでタイムロスしたくないもん」
「そうだねえ。……昇降口到着。ここからは最後まで走りきるよ」
「不可能なり」
「断定していないで。そのくらいの気持ちを持っていないと、彼、すぐ隣にいるよ」
「……今、いつ蹴るのが一番いいか考えていたんだから、そこは触れないでよ」
「あー、ごめん。知っていました。じゃあ、僕は先に帰ってアニメを見ているから。どうぞ、ごゆっくり」
見捨てないでよ、睦。どうしてくれるの。
「皐さん、今日はどこに行きましょうか。テストだからってしばらく出かけていませんもんね」
「手を離せ」
「嫌です」
「はっきり言うな」
「嫌です」
「分かった、行ってやる」
「やったあ! 今日は、ゲームセンターに行きたいです」
「そう。じゃあ、着替えてからね」
「いいじゃないですか、このままで……って、ええっ? いない……」
「皐の逃げ足をなめちゃいけないのだ。ドンマイ、日向君。迎えに行きなよ、皐の家まで」
「お家……。坂下さん、教えてくださいませんか? お優しいあなたにしか頼めません」
「え、知らないの?」
「はい。いつも送っていこうとするたびに、彼女は私の視界から消えてしまうのです」
「あー、なるほど。かわいそうにねえ。いいよ、連れて行ったげる」
……なぜ。
「皐さん、行きましょう」
「何で、お前が、うちの、前に、いる」
「坂下さんに教えていただきました」
洸……。明日、待っていろよ。
「いいじゃないですか。行きましょう?」
「……分かった」
家の所在地は知られたくなかった。多分面倒だから。まあ、知られてしまった以上は仕方ない。記憶を抹消するしかなさそうだ。
「皐ー」
「睦?」
「危険なこと考えないでね。行ってらっしゃい」
ちっ、バレたか。アスファルトに叩きつければ色々と、私の記憶のすべても忘れるかと思ったんだけど。しょうがないか。
「おーい? 今日一緒に出かけてやるから、明日返ってくる英語のテストは九十三点取ってよ。でなきゃあんたを抹消する」
「……ええっと、はい?」
「あー、やっぱり九十六点以上。私の家の場所を知られた腹いせとして」
「え、それは……」
「異論は一切認めない」
「でも、テストもう終わったし……」
「え、何。私があれだけ教えたんだから、満点取るのが当たり前でしょう? それを四点も下げてやったんだから、ありがたく思いなよ。ほら、嬉しいでしょう?」
「あ、はい。きっとそうです。それで、えっと、どこのゲームセンターがいいか、希望はございますか」
「ない」
「分かりました。では、僕のお勧めの場所へ」
わくわくして歩くこの男子について行って、楽しい午後を過ごせるだろうか。それはまったくもって分からないが、悪くはならないと思うな。
……あれ。この人の背って、こんなに高かったっけ。うーん、もう少し低かった。まあ、成長期男子なら、三ヶ月もあれば、ぱっと見て分かるくらい伸びるか。
でも、初めてかも。この人のことを考えたのは。うん。やっぱり面倒だからやめよう。
「皐、さん? どうかしましたか? ボーっとしていると転びますよ」
「ふっ、馬鹿か。お前に後ろからタックルでもされない限り、私が転ぶわけがないだろう」
「…………」
何か、急に嬉しそうに笑い始めた。気持ち悪いんだけど。
「やっと、ですね」
「何が」
「ようやく、本当の笑顔を見せてくれた」
どういう意味だ。
「いつも僕に見せてくれる笑顔は全部、人をいじめて喜んでいるときの、ちょっと歪んだような顔なんですよ。心から笑っているのって、初めて見ましたよ」
そうか。こいつは私のことが好きなのだったか。それくらい私のことを見ているくらいが普通だ。……かわいいところもあるんだね。
「あ、そう。よかったね。でも、いつも見せている顔も、心から笑っている顔だけど?」
「え、そうなんですか?」
「当たり前じゃん。人をいじめて、楽しくないわけがない」
「あ……そうか」
気付くのが遅い。修行が足りない。
これが、ちょっとだけこ奴のことを認め始めた時だった。……かわいい奴だ。




