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596日目の告白  作者: ゆか
一学期は
3/30

五月病? いつもです。


 五月八日。とっても退屈で仕方がない今日この頃。毎日毎日毎日、学校へ行っては椅子に座って、とことこ歩いてトイレに行っては椅子に座り、を繰り返しております。はあ、つまらない。

 ゴールデンウィークが明けたからと、今朝ホームルームの時間に、くじ引きで席替えをした。席の場所は、窓際の前から二番目という何とも微妙な位置に移動した。ちょっと気分も変わったなあと考えていた。のにだ。

「ちょっと、皐? 魂でどこかと交信していないでよ。もう少し真面目になろうよ」

 斜め後ろから来る、睦のお説教もいつも通り。この位置関係も含め、何一つ変わらない毎日だ。……あーあ、眠い。

「……この答えを、えっとじゃあ、間宮さん」

 今は数学の授業中。男の少し髪の薄い五十歳の先生。先生が嫌いというわけじゃないけど、当てられても答える気分じゃない。

「睦パス」

「間宮さんに聞いているのです。答えを」

「この世の摂理に答えなんてありましたっけ、先生」

「今聞いているのは、この式です。因数分解してください」

 あー、面倒くさい。

 とか考えていたら、睦が口を開いた。めずらしい、私のフォローをするなんて。……いつもさせていたか。と、思ったら

「その式は、おそらく無限の可能性を秘めていますよ、先生。無理にひとつに定める必要性が、一体どこにあるのでしょう」

 おお、睦もなかなかやるね。素晴しいよ。

「数学の時間なので、道徳の話はやめましょう」

「道徳ではありません。むしろ哲学の方が近いと思います」

「でも数学ではないでしょう。別の時間にしてください。答えは?」

 そこまで来て、ようやく真面目に答える睦。いつも通り。計算はとっくのとうに終わっているんだよね。

「次、(2)を坂下さん」

「えーっと、ご?」

 何をどうしたらそんな答えになるのかわからないところを答えたよ、洸。因数分解だよ、何で?

「本当にその答えになった?」

「え、自信あったのに、違うんですか」

「違いますね。日向君、わかりますか」

 すると、隣の席の奴は、慌てて何かを落とした。けれどすぐさま立ち上がって拾った。そして着席して答えた。多分、今の動きすべてを一秒以内にやりきった。答えは合っている。

「そうですね。次の例題にいきます」

「あーっ」

 洸の声が響き渡った。文字通りに、教室に響き渡った。

「……どうしましたか、坂下さん」

「あっ、いや、さっきの答え、次の問題のだったから」

「え?」

「間違えて、次のまだやっていないやつをやってしまったみたいで。なんか難しいと思った」

 気付こうよ。

 そのとき、隣の席からなにやら小さな紙が送られてきた。そう、隣の席の人間も変わらなかったのだ。確率は、計算するのが面倒だからしないけれど、奇跡に近い数字だと思う。

何? と思いつつ受け取った。そして、開いている窓から外に向かって投げた。躊躇する間は、一瞬たりとない。その紙はというと、グラウンドに、今、着陸したと思う。

 案の定目を見開く隣の奴。がたっと勢いよく立ち上がったと思ったら、何も言わずに走って出て行った。授業放棄? どうでもいいけど。

 隣の席の奴が帰って来た。みんなが問題を解いているときだったから、しかもものすごい勢いでドアを開けたから、すぐにわかった。息が切れている。

「皐さんっ」

 名前を呼んでいいと、許可した覚えはないが。

「間宮皐さんっ」

 名字をつければいいという問題ではないだろう。

「間宮皐様っ」

 丁寧にすればなんでも解決すると思っているのか。

「じゃあ、どうすればいいんですか、皐さん」

「私は何も言っていないし、みんなが迷惑中だっつってんの。消えて」

「消えませんっ」

「じゃあ存在感をゼロにしろ」

「不可能ですっ」

 じゃあもういいよ。無視するから。

「あのね、不可能を可能にするんだよ、日向君」

 言ったのは睦。やっぱりあんたも問題を解き終わっていたか。

「不可能を、可能に……」

「そうそう」

「ですよね! だから、間宮さんっ」

「私は、消えてくれと、あなたに、言っているのですが」

「だから来てください。間宮さん」

「無理」

「そこを何とか可能に……」

「どうしようもない」

「そんなことはありま……」

「却下」

「来ていただくだけで……」

「そっちが出向け」

「あ、そうか。すみません、今行きますから、待っていてくださいね」

 従う義理はない。やっぱり完全無視の方向でいこう。

「間宮さん。あなたのその瞳は、一体何を見つめているのですか」

 見れば分かるでしょうが。ノートだよノート。

「間宮さん。あなたのその髪は、なぜなびくのですか」

 風の吹かない教室にいるのだから、なびいていません。

「間宮さん。あなたのその手は、何を撫でていらっしゃるのですか」

 頬杖をついているだけだ。見れば分かる。誰でも。

「間宮さ……」

「あのさ、日向君」

「はい、皐さんのお兄様。何でしょう」

「間宮って言うたびにびっくりするから、やめてくれないかな」

「では、皐さ……」

「それは皐が嫌がる」

「えー、じゃあ、うーんと、うー……さっちゃん! ごふっ……」

「……あー、日向君。言うのが遅くて悪いとは思うのだけど、そういうのを言われると、うちの妹ってよくできたもので、反射並の速さで足が出る仕様になっているから、ご愁傷様。教室のドアを直接壊したのは日向君だから、責任もって直すんだよ。頑張ってね」



 あー、遅い。それとも、私が早いのか? いやでも、待ち合わせのときは五分前には着いているのが普通だと思うから、八分前に着いた私は変じゃないよね。うん。むしろ、わざわざあいつのためにやっているのだから、偉い。うん。

 そう。睦に「責任もって直すんだよ。頑張ってね」と言われたあと、あいつは半泣きの状態でドアを枠にはめ込んで、私の元へ戻ってきた。席に戻った訳ではなかった。

 再び例の紙を差し出して、深ーくお辞儀をした。あなたに賞状を渡した覚えはないよ。

「お願いします。受け取ってください、皐さん。出来たら読んでください」

 面倒なので受け取ったが。そしてすぐに中身を読んだが。

 内容は、まあ、大体は予想通り。

―――間宮皐さんへ

この思いを素直に伝えたいです。放課後、視聴覚室の前に来てください。時間は取らせませんです。きっと、運命ですから。             日向夏斗―――

まあ、個性が良く出ているよね。気持ちを素直に伝えるなら、手紙も素直に書けないのか。

「まあ、いっか」

 と、放課後の時間を少しだけ分けてやることにした私も、相当変わっているのだろう。でも、そんなことは高い高い棚に上げて、まったくもって気にしないことにするが。

「あ、皐さん。待たせてしまいましたか、すみません」

 申し訳なさそうな顔をして、奴は来た。ちらっと時計を確認すると、六分前。当然、告白するほうは早く来るか。

「はい、何? 時間はとらせないんでしょ」

「もちろんです。皐さんに、私からのありったけの愛を受け取っていただきたいのです。最後まで聞いてくださいね」

「じゃあ、帰るから」

「え、まだ何も……」

「長そうだから、帰るに決まっているでしょ。それとも何。私が最後まで待っていてやるほど気の長い人だと思った?」

「いえ、でも、待っていてくれるとは思っていました」

「待ちません」

「じゃあっ! ……二分以内に、終わらせますから」

「長いね」

「えー?」

「一分半、待ってやる」

「はい、ありがとうございます。……皐さん。今、好きな人はいますか」

 いないよ。興味ないし。

「えーと、いないですか、その顔は」

 いない、いない。

「付き合っている方も、いませんか」

 いつもより喋るのが遅いけど。いないよ。

「い、いませんか。何か、喋ってくださいよ」

「眠い」

「はあ、そうですか。帰ったら十分くらいお昼寝するといいですよ。……えーとじゃあ、最後に、私の願いを聞いていただきたいです。素敵なレディ」

 ……あー、何か思い出したくないことを思い出した気がした。うん、気のせいということにしておこう。うん。自己防衛だね。

「間宮皐さん。私と、付き合ってください」

「そうだなあ、理由がないしなあ。まあ、いいよ」

「……?」

「いいって言っているの」

「あ……ありがとうございます!」

「以上? じゃあ、帰る。今日は、アニメは特に何もやっていないけど、昨日の深夜のがあったから」

 くるっと背を向けて歩き出す。後ろで嬉しそうにしている雰囲気が。まあ、気にしない。私には関係ないね、大丈夫。

 とか思っていたら

「皐さーん!」

 後ろから勢いよく抱きついて来た。

「う、だっ」

 いきなり飛び掛ってくるな。反射的にみぞおちに一発は経験済みでしょ。学習して。



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