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596日目の告白  作者: ゆか
一学期は
2/30

ハイテンションな日


「さっつきー! おはよう、おはよう」

 もうあと五歩くらいで校門を入るところで、後ろから洸のバカっぽい声が聞こえてきた。が、当然無視。そこのところは、隣を一緒に歩いている睦との間では暗黙の了解だ。

「まあ、僕の名前を呼んでくれないあたり、だいぶショックだからね。それに、二回連続で挨拶する意味も分からない」

「したいようにさせてあげよう。一つの子育て法だよ」

「放置主義? そうだね」

 それから私と睦は、黙ったまま教室まで行った。途中、後ろから洸に突進されたり、耳元で何やら叫ばれたり、その最中で転んだのを生温かい目で見てあげたりした。

「もう、いつも通りなんだから、二人とも」

 この状態をいつも通りと割り切れる洸は、仏並みの心の広さを持っていると思う。実際いつも通りだけど。呆れられていることに本人が気づいていないだけだけど。

「……あ」

 席に着いたと同時に声を上げる睦。どうした、画びょうでも仕組まれていたのか。

「ねえ、皐。忘れ物したんだけど、取ってきてくれない?」

「あと五分でホームルームです」

「うん、それは時計を見れば、洸にでも分かることだね」

 ついに馬鹿の代名詞になったんだね、洸。いつか、馬鹿が洸の代名詞になる日がくるかもしれないよ。

「睦、家に着くころには一時間目の始まる時間だよ」

「それは洸には難しい話かもしれないね」

「だから、無理」

「そこを何とかねえ。皐、全力疾走したら、きっと一時間目の始まるころに学校まで戻って来られるよ」

「不可能かな。ちょっと距離が長い」

「往復二キロだよ、大丈夫。不可能を可能に変えよう」

「可能でないことを不可能と言うのです」

「それは、うーん、判断しかねる」

「洸なら多分、頭で分かっていても、今の言葉を理解できないパターンだよ」

「ああ、それだね」

「それで? いったい何を忘れたの、睦。代用できるものなら気にしなくていいでしょ」

「そのことなら、ご心配なく。日向君に貸そうと思っていたマンガだから」

「え、なに、あの人に貸すの? というか字を読めたの?」

「それはさすがに、洸にでもできる行為だから」

「ああ、そっか」

 そして前を向いて座った。

 言い遅れました、今日はゴールデンウィーク前最後の日。明日から五連休だ。

 はーあ、長い一日になりそうだなあ。眠いし。

 机に突っ伏して、五分をやり過ごすことにしよう。あーあ、眠いなあ。

「おはようございまーす」

 ガラガラガラ、と教室のドアが開く。今日も赤ぶち眼鏡が普通のせんせ……と思いきや

「……戸田、先生?」

 例の戸田先生好きの女子が信じられないと言わんばかりの声で言った。あれ、この女子の名前、なんだっけ。うーん、まあいっか。

 ああ、それで。戸田先生は、なんと、赤ぶち眼鏡ではなく、ブラウンの素敵なサングラスをかけていた。半端じゃなく似合っている。もう、初めから彼女の一部だったのではというくらいに。

 とはいえ、スーツ姿だ。ジャケットは暑いから脱いでいるようだが、スーツのスカートだ。笑えるような組み合わせだとは思わなかったのか。

「みなさん、明日からはついにゴールデンウィークですね」

 知っています。忘れていた人も、思い出します。

「私は、その日が待ちきれません」

 いや、待とうか。あと一日くらい、待とうか。

「だからこうして……ヘイッ!」

 掛け声とともに、ノリノリで踊り出した。そして決めポーズは、バリッという音とともにスカートを破り、教卓に左足を乗せている。白いショートパンツを履いていたらしい。

 ……これ、他の先生に言ったら、即クビだろうなあ。

 それにしても、テンション高くない? いつも無駄に冷静な声で話すのに。

「……ん。……きさん。……きさんってば……」

 なんだ、この声。聞いたことがあるような、ないような。

「……たでしょ。無駄だよ、日向君」

 あ、睦の声。って、あれ?

 机に突っ伏して、寝ていた。いつの間に。

「……んあー、寝た」

「あ、やっと起きましたか、皐さん。ほら、立ってください」

 ああ、隣の席の男子。

「私に命令しないでー」

 と言いつつ、周りの人たちみんなが立っているので、従わざるを得ない。

「おはようございます」

 前を見ると、いつも通り赤ぶち眼鏡が普通な戸田先生。……ああ、夢でよかった。

 無駄なほどに安心して、よかったよかったと思っていたら、睦に呼ばれた。振り返ってみると、何やら笑っている。

「夢、見ていたでしょ」

 それが何か?

「僕もさっきまで寝ていてね、まあ日向君にマンガを貸せということで起こされたんだけど、多分同じ夢見てた」

「……キモチワルイこと言わないでください」

「サングラスとショートパンツ、でしょ」

「何かのタイトルみたいだね」

「そうだね」

 そしてホームルーム終了。連絡事項を言っていた気もするけど、聞いていなかった。なんたって、寝起きだからね。

 はあ、トイレ行こう。

 と、廊下へ出ると、あの声に引き止められた。

「皐さん、ちょっとだけいいですか」

「……なんすか」

 今、最も聞きたくない声ランキング一位、隣の席の男子だ。

「ガラ悪いですね」

「気にしないで、ちょっと血圧低いだけだから。それで、用はなに」

「単刀直入に行きますよ。……皐さん。僕と、つ……」

 あ、それはまずい。周りに人はいないけれど、私の頭がショートする。

「はい、ストップ」

「……え、止めないで下さいよ。今、大事なところなんですよー」

 皐さんもびっくりするような、ビッグなイベントが待っているんですー、と抗議するいがぐり頭の男子は、いつも通りうるさい。けれど、何かいつもと違う。妙にテンションが高いような。……いや、いつも高かった。

 それにしてもうきうきしている。なんだろう。

「……あのさ」

 あ、今気づいた。私、この人を殴ったりせずに言葉で制した。今まで二十回くらいこいつとは会っているけれど、初めてだ。

「はい、何でしょう」

 素直な返事。ああ、これはいつも通りだ。

「今、告白したよね」

「しようとしました」

「……取り消すか?」

「ごめんなさいです」

「よろしい」

 すると、しょんぼりと席へ帰っていった。

なんだ、あれ。後ろ姿が、何だかかわいい。愛でたくなってきた、あれを。

 ……ん、ん? 何か、おかしなことを考えているよ、私。

 とりあえず、トイレへ行って。手を洗えば、いつもの私に戻れる、はず。


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