睦月一日
こんにちは、日向夏斗です。
私の嘆きを聞いてください。この間、皐さんを一人私の家に置いて出かけたときに発覚したのですが……
「日向君? ちゃんとついて来てる?」
「あ、坂下さん。大丈夫です」
「ならよしです」
そう。そのときに発覚したことが、なんと、皐さんは……
「日向君、前を歩いてもらってもいい? あのね、どこかに置いて来ていそうだから、視界に入るようにしてほしいんだ。初詣って、人がいっぱいいるでしょ」
「了解です、睦さん」
「よろしくねー」
えーっと、何の話をしていたっけ。あ、そうそう。皐さんは、なんと、とてもショックなことに……
「さっさと歩け、変態」
「皐さん。人ごみでそのワードはタブーですよ。まだ何もしていませんから」
「は? 事実を言って何が悪いの。それに、あんたの言い方もかなり誤解を招くよ」
「あ……気付かなかった。そういうことはしませんから」
「…………」
「あのう、聞いていました?」
「何が?」
「もういいです」
えっと、だから、ショックなことに、皐さんは今まで一度も……
「痛っ」
「わ、すみません。申し訳ないです。お怪我はありませんか?」
「いっ……。だ、大丈夫です……」
「顔が赤いですけど、風邪でも召されているので?」
「い、いえっ。大、丈夫ですからっ」
……それならいいのだが。
「どんくさー」
「のろまー」
「皐、睦、はっきり言いすぎ」
『だって、事実じゃん』
「そうだけどっ」
『あ、ほら。今、洸もかなり失礼なことを言ったよ』
「え、あ、うそ」
「坂下さん、お気になさらず。慣れていますから」
『あー、日々鍛えられているもんねー』
「誰のおかげですか」
『さあ、誰でしょう』
「いや、皐でしょ?」
「そうかもしれないけどさ、洸。もしかしたら違うかもしれないよ」
「じゃあ、誰だろう」
「皐さん、その可能性は皆無です。ご安心ください」
ああ、もう。話が進まない。皐さんはまだ一度もですね……
「ねえ、日向君。お賽銭、いくら入れる?」
「はい? いくらでもいいんじゃないですか? 僕は、まあ、五十五円入れます」
『微妙だねー』
「いっ、いいでしょう、別に」
「うん。とってもどーでもいいことだけど」
「こら、睦。最近、皐に便乗して人のことをからかうのが増えているよ。やめなさい」
「何言ってんの、洸。睦はもともとこうだよ」
「あー、言われてみるとそうだったかもしれない」
「うん、そうだよー」
「正直者だね、睦」
「うん。僕がまだ一度も嘘をついたことないの、洸なら知っているでしょ」
「知るわけがないでしょー」
この人たちといると、楽しくて。現実を忘れられる。すごく楽だなあ。
……っと。忘れていました。皐さんは、まだ一度も僕の名前を呼んだことがないんです。そういえば、という感じですが、僕がいないところでも聞いたことがないと、しかも「日向」と呼び捨てすらされていないと睦さんが言っていたので、本当でしょう。
ああ、いつになったら呼んでもらえるかなあ。驚くような徹底ぶりだから、難しい。九ヶ月も前に出会って、一度もですよ? しかし、諦めは悪いので、頑張ります。
「……おい、変態。聞こえてる? 人様に迷惑かけて、なにガッツポーズしてんの。さっさと歩けっての」
「皐、一応言っておくと、迷惑がかかっている人様って、僕たちだけだから。特に問題にはならない範囲だから」
「いや、私の邪魔をしている時点で大問題でしょ」
あー、なんか本当にものすごく遠い道のような気がしてきたので、やっぱりいつか呼んでくれるのを気長に待とうと思います。はい。




