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御館様は

ヒデツグは西へ軍を進めていた。城は包囲してある。相手には打つ手はないはずだ。御館様の望みはあと少しで達成する。カツイエとトシイエは北方に進軍しまもなく列島の端まで御館様の威光が届く。西がはやいか北が早いか、もう寄せの構図を描いていい頃合いだ。

「撃て!!」

空へ向けて発砲させる。相手の兵士に狙いは付けない。死ねば兵糧が持つし怪我をすれば見捨てる覚悟ができる。だから待つ、とことんまで待つ……あとは相手の棟梁が和睦の条件を出してくるだけだ。

相手に向けて飯を頬張る姿を見せつける。どうだ、羨ましいか?

そんなことを考えている夕刻のとき相手のラッパが関所にかかった。わしは用心深い。情報の伝達さえさせない。相手の士気に余分なものを与えない。

衛兵が連れてきたそのラッパは顔が原型もないくらい腫れ上がっていた。かなり殴られたのだろう。

「してそのものは?」

「はっ。書状を携えております」

 わしはその衛兵を睨んだ。

「もちろん中は見ておりません」

 目を伏せる。嘘はついていないだろう。

「そうか。見せてもらおう」

 わしは結んである紙を解き自分だけが見えるように少しずつ開いた。

……魔王、帰る……

と、ひらがなで書いてあった。

「……ん?」

「んんん!!」

 わしは刹那にその意味を理解した。「魔王」とは御館様のこと「帰る」とは死を意味している。

御館様が死んだ……。病か?暗殺か?

わからない。

しかし、このことは絶対に敵に知られてはいけない。相手の士気が最も上げることである。

覚悟を決めて城を打って出るかもしれない。わしは兵を失いたくはない。この兵たちがわしの生命線となるのかもしれない。

「このものは他には何も持っておらんか」

「はい」

「肛門も調べたのだろうな?」

「もちろんでございます」

「警戒態勢を甲種とせよ」

わしは命令を下し、それからサネユキを寝屋呼んで二人きりとなった。

ここからは筆談である。

一片の紙を見せるとサネユキはすぐにその意味を悟った。わしはそれがこいつの嫌なところである。全くの動揺も見せず。淡々と筆を進めていった。

「殿の流れに向いたのではないでしょうか?」

 わしは少し眉をひそめじっとサネユキの目を見た。いつもの通りどこか覚めたところのある眼だ。わしの心を見透かされている気がしてならなかった。

 いや、見透かしていたのだろう。

「しかし、詳細がわからぬ」

「敵方には知られてはいないでしょう」

「その理由は?」

「空気でござる」

 こいつは別の理由を知っている。だけどあえて言わないのだろう。わしもあえてそれ以上は聞かない。

「主が言うのならそうなのであろう。で、他にはラッパは狩れていないか?」

「私の知る限りは……」

こいつは聞かないことは話さないが嘘はつかない。

「これからどうすれば良い」

「まずは講話を結ぶことでしょうな。それから兵を引く」

「相手に何かを感づかれたらどうする」

「講和を結んだことを朝廷に申し上げましょう。そうすれば弓は引かれますまい」

前年に御館様は朝廷に屋敷を献上していた。そして、自分が戦をする理由は無益な戦をなくすためにこの国を統一するためである。全ての領地は朝廷の裁量に任せると一筆献上している。

「しかし、それは御館様のしごとであって、わしには及ばぬことであろう」

「ならば御館様のご意思を継げばよろしい」

 こいつは何を知っているのか?どこまで知っているのかしらないのか?

「そなたが講話を結べるのなら結ぶのも悪くはない」

「して条件は?」

「ムネハルの首と銀山」

 わしはわざと難しい条件を出した。サネユキがどういうのか興味があったからだ。

「御意」

 サネユキは無人の道を歩いているかのごとくやすやすと了承した。


2日……長い戦はたった2日の交渉で終わった。

わしはますますサネユキを信用し、ますます心にイチモツを抱えた。

こいつは戦を終わらせることができるのを知っていて、わしに献策をしなかった。わしの兵をむやみに疲弊させた。兵は借り物ではない。わしが養っている雑兵だ。わしの財産だ。

「ご苦労であった」

 わしはねぎらいの言葉をかけた。

「全ては殿のためでござる」

「欲しいものはあるか?遠慮なく申せ」

これはわしの本音だった。こいつはまだ飼い慣らしておく必要がある。

「金か?領地か?」

「そうでございますな。茶会を開かせていただきたいものです」

「主は本当によくのない男じゃな」

「家臣を食べさせるには充分な物をもらっておりますので」

(嫌味か?こいつは領土が少ない。わしはケチだと言われているのを知っているはずだ)

「落ち着いた頃に開くが良い」

「ありがたきお言葉」

この2日でわしは情報を得た。御館様を討ったのはハゲネズミ「マスゾエ」だ。奴はわしへの援軍をそのまま御館様を討つために使った。もともとわしはやつを信じてはいなかった。

京に縁があるからといってわれらを見下しているところがあった。しかし、御館様は全幅の信頼を寄せていた。

 マスゾエはそのまま京へ上るらしい。彼の血筋は公家である。朝廷も権力を与えやすい。それが田舎侍が父親のわしとは違うところだ。奴がわしを見下しているように思うのはそれも原因の一つである。

 マスゾエに京の地を踏ませてはならない。わしはナガモリに兵站を任せ京へ向かっているというマスゾエを討つ覚悟を決めた。心配は講話を破られて挟み撃ちにされることだ。


「それにしても慌ただしいですな」

 沈黙のなか口を開いたのは武闘派のモトハルだった。

「妙ではござらんか」

 誰彼となくつぶやく。

「銀山は辛いがムネハルの首にはそれほどの価値はござらんではないか」

 その文句が向かっているのはモトハルの弟で講話にあたったタカカゲであることは言わずもがなであった。

「急いで講話をする理由があったとは思わなんだか」

「……」

 タカカゲは涼し気な顔で何も言わない。

「講話をしたとはいえ敵に背を向けるとは尋常ではない。打って出てはいかがか?」

「……」

「お前は臆病者だからな」

 一戦も交えず譲歩したことにモトハルは納得していない。そしてそれは彼だけではない。

イサ家は武門の誉れ高き一族で、その由来は皇家に由来し誇りと意地があった。弟とはいえ面罵していいわけではない。それでもタカカゲは黙っていた。

「兄者はどうじゃ」

棟梁であるタカモトは

「タカカゲに任せたことじゃ」

と責任を放棄した。

「ほう、ほうじゃな。タカカゲが進軍をしろといえば打って出るんかの?」

「い、いや。そうとは……」

 タカモトはタカカゲに目を向ける。自然に皆の視線がタカカゲに向かう。

パチン、パチン

 センスを鳴らし開いてやれやれというように仰ぐ。

「武門の誉れ高きからには偽りをしてはならない」

 小さいがよく通る声である。

「何もせず屈することが武門の誉れかのう」

「いたずらに戦はすべきではない」

「やはり臆病じゃな」

「それでは聞かせていただこう。ヒデツグを討ったあとはいかにいたす」

「なっ……」

「目先の一戦に勝ったとて戦略がなければそれはただの無駄である」

「そ、それは……京へ上り天下へ号令をする」

「だから兄上は馬鹿だと言われる」

 声の大きさは変わらないが刺がある。

「貴様!!」

「京へ上ったとて誰が付き従うというのか」

「天下は欲しくないのかっ」

「ほしいと取れるは違うことである。イサ家は確かに名門であるが現状において魔王ことシバ・ノブナガに後れを取っている。待つことも必要である」

「領土を切り取られ、銀山を失っても機会が巡ってくると申すのか」

「わかりません」

「分からないで済む話か」

「しかし今はその時ではないことはたしかでしょう」

「やってみなければわからん」

「わかります」

「タカカゲ……わしはシバの軍門に下るべきかの」

「兄者、棟梁が弱気でどうする。わしらはまだ戦える」

「まだ軍門に下る必要はないでしょう。しかしシバに恩を売っておけばそのうち見返りがあると存じます」

「…………」

 釈然としないが反論もできない。

「とにかくここは情勢をしばらく見ましょう」

「うむ、そうするとする」

 頼りないとはいえ棟梁の意向は無視できない。モトハルは顔を真赤にして帰っていった。

「それでは宴会を開きましょう」

タカカゲが手を叩くと次々と酒が運ばれてきた。



「きりがん」は更新した方がいいんだろうか。

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