不法侵入系乙女2.5
「不法侵入系乙女」の過去編です。
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ありがとうございました。
いつからだったのだろう?
あなたを好きになっていたのは。
気がついたら愛おしくて堪らなかった、愛されたくて堪らなかった。
きっとあなたは知らないけれど――――――
あれはわたしが7歳くらいの頃のことだった。
わたしはいわゆる可哀想な子だったんだと思う。親に虐待されて、愛されることも物心つく前にはなかった。
それでも幼少の頃に死なないでいられたのは親がその頃は可愛がってくれていたからなのか、ただ体裁を気にしてのことだったのかは今となっては分からない。
とにかく、そうやって生きてきたわたしは本当に捻くれた子どもだった。
他人なんか信じられない。友情とか信用とかありえないなんて、狭い世界を生きて全てを知ったように振舞おうとしていたんだ。
そうしていたある日に、学校にも家にだって居たくなくなったわたしは歩いてきた通学路を回れ右して引き返していった。
なんでそうしたのかは今はもう思い出すことはできない。
でも、いいのだ。
動機なんてどうだっていい。
ただ、あの日にあなたと出会えたこと。
それだけを覚えてさえいられればそれでいいのだ。
「あれ?こっちは学校じゃないよ?」
のんびりと歩いていたらそんな言葉を掛けられた。
咄嗟に帽子を深く被り直して顔が見えないようにする。なんでそうしたのかは分からない。
同じ学校の人だから連れ戻されるかもしれないなんて子どもながらに考えたのかもしれない。
無視して何処かに行ってしまおう、と考えてそのまま通り過ぎようとしたのに。
「待って。体調でも悪いの?それなら着いて行こうか?」
ガシッと腕を掴まれて、途轍もなく面倒なことを言われた。
何でそうなるの?と言ってやりたかったが、相手が上級生のように見えることからやめた。
「別に平気ですから……」
素っ気無く答えてやれば大抵の人は気を悪くして関わろうとしなくなるか、一人がいいのかと思って身を引く。最近、学んだことだ。
きっとこの人だって気遣いのつもりで言ったのにこんな返答なら他の人と同じように遠慮するはずだ。
「そうなの?やっぱり、学校に行きたくないだけ?」
顔色とかは見えないはずなのに、この人はわたしの体調が悪いとは考えてないんだ。
それに、遠慮するどころか結構失礼なこと言ってる気がする。やっぱりってなんなの。
「なんでそう思うんですか?」
「だって、君の雰囲気が昔の僕に似てたから」
そんなことで何でわたしが行きたくないって分かるんだろう。
そんなわたしの気も知らないで話を続ける。
「僕も昔は学校大嫌いだったんだよ。クラスのみんなと居るのがなんかしんどくてね」
だからじゃないかな、そう言って微笑む彼の顔はなぜか印象的だった。
「サボっちゃうなら僕も付き合ってあげる」
「何でですか?」
「もう遅刻決定だからね、皆勤賞だって一回休んじゃっててもらえないから」
なんでそこまでしてわたしに構うんだろう。ほっとけばいいのに。
「そうだ、学校に連絡入れなきゃ。十円かテレカ持ってる?無いなら貸してあげる」
そっか、家にも居ないし学校にも居なかったら騒ぎになる可能性があるんだ。
そんなこと全然考えてなかった。流石は上級生なのかな。
首を横に振りながら、そんな事を考えてると手を握られた。
「まずは公衆電話に行こう。そしたら後は遊べるよ」
されるがままに連れられていくのはなんだか心地がいい。
こんな風に手を優しく握られることはお母さんともお父さんともなかったな。
チクリと胸を何かが刺した。
遊ぶといっても何をしたらいいんだろう。
連絡も済ませてからわたしは戸惑っていた。
誰かとろくに遊んだことも無ければ、一人遊びでさえそんなにやったこともない。こんなに寂しい子だったのかな、わたし。
「ねぇ、街に居てももしかしたらお節介さんに学校休んで何してるの?とか言われそうだからさ。僕達の秘密基地に来ない?」
お節介さんはあなただよ、なんて突っ込んで欲しいのだろうか。
「秘密基地……ですか?」
「うん、ほらあっちの方にある公園に森みたいなところがあるでしょ。そこに友達と作ったんだよ」
確かにあるけど、あそこは危ないから入っちゃダメだった気がする。
でも、やることが無いのもつまんないし、いいかな?
「……………………行きます」
俯いてて小さな声だったけど、彼には確かに届いたんだ。
何も言わずにわたしの手を引いてくれた。
その温もりが優しくて、いつの間にかわたしからも手を握り締めてたことをわたしは知らなかった。
公園の隅に空いていたフェンスの穴をくぐって辿り着いた先にはいかにも子どもが作りましたという感じの秘密基地があった。
「ここだよ、あんまり立派じゃないけどいいと思わない?」
首肯しながらわたしはこの秘密基地をジーッと観察していた。
凄く精巧な造りをしているわけでもない。
特別な仕掛けがあるようにも見えない。
それなのにこの秘密基地はなんだかいいなと思わされる何かがあった。
「気に入ってくれた?遊びはどうする?君がしたいことでいいよ」
「じゃあ、もう少しここから秘密基地を見ててもいいですか?」
そんなわたしの発言が不思議だったのか、彼は首を傾げた。
「いいけど……楽しいの?それ」
「はい、とっても」
本当に見てるだけで楽しい。
なんだか作ってるところが目に浮かぶの。
楽しかったんだろうなぁ、羨ましいな。
誰かを信じられないわたしだけど、別に遊びたくないということではない。
なんだか矛盾してる。
そんな思考の迷路に囚われていたわたしは彼の存在を忘れていた。
「ねぇ、いつになったらその帽子は取るの?」
唐突に掛けられた言葉にビクッとしてしまった。
「取りません」
平静を装って答えるわたしに彼は不思議そうな顔をした。
「なんで?」
「なんとなくです」
そっかー、と言って彼は秘密基地の中に置いてあった漫画を読み始めた。
帽子を取らない理由なんて決まってる。
一緒に学校を休んでも、優しい言葉を掛けてくれても、手を引いて歩いてくれても彼は他人なのだ。
結局、わたしという人間は他人をそう簡単には信じられないらしい。
木々が風で揺れている。
差し込む光の暖かさはなんだか心地がいい。
敷かれているシートの上で横になると起き上がろうという気力が失われていく。
何も考えないのって本当に楽。
あの人も漫画を読み飽きたのか別のシートの上で横になっていた。最初の内は話し掛けてくるんじゃないかよ思っていたけど、彼は何もしないでボーっと虚空を眺めていた。
個人的には話し掛けてこないのはありがたい、でも一体どうして彼は興味も無い人をこんなところまで連れてきたのだろう。
優しいだけの人だったら、気を遣っていっぱい話し掛けてくると思う。そうじゃないのはわたしに興味が無いからなんじゃないか?なんて話し掛けられたくなかったはずのわたしが声を掛けられないだけで疑問を膨らませるなんて、自分勝手な自分の頭に少しだけ苛立つ。
それでも気になってしまうのは自分と出会ったことが無いタイプの人だからだろうか。
分からない。
分からないから気になるんだと分かってても特別な理由にしたがってる自分のことも分からなかった。
「お腹が空きました……」
風に溶けてしまうんじゃないかと思う位のか細い声も彼は聞いてくれる。
できれば、聞かれたくはなかったのに。
「そうだね。ちょっと待ってて」
そう言って、ガバッと立ち上がった彼は財布を取り出した。
「どうするんですか?」
「とりあえず、近くのコンビニでいろいろ買ってきてあげる。お金、持ってきてないんだったね」
お兄さんがなんとかしてあげよう、と偉そうに胸を張っている彼に申し訳なかった。
「ごめんなさい……」
一度謝ってしまったら、自分がすごく悪いことをしてる気持ちになってきた。そんな思いは自覚してしまったら次から次へと溢れてくる。
「アハハ、別に気にしなくてもいいのに」
「だって、こんなところまで連れてきて貰って、ご飯まで……」
俯くわたしに彼は近づいてきて、頭を撫でてきた。
「そうだね。そうやって、思うのは間違いじゃないんじゃないかな。よく知らない年上の人に面倒かけたら申し訳ない気持ちになるよね」
彼の言葉が負の感情でいっぱいになりそうなわたしの胸にスッと入り込んでくる。
「でもね、差し伸べられてる手は無理に振り払わなくてもいいんだ。だって、僕達はまだ子どもなんだよ?できないことの方が遥かに多いんだ」
親の受け売りなんだけどね、そうやって笑いながら付け加えてる彼の表情は俯いてるわたしには見えない。
でも、十分過ぎるほどに彼の言葉は伝わってくる。
どうして?
今まではどんな言葉を掛けられてもこんな気持ちにはなれなかった。
どうして?
この人はわたしの心にたった半日程度で入ってくるの。
どうして?
帽子越しに撫でられるこの感触も暖かさも手放したくないなんて思ってしまうの。
まだ、信じることもできないくせに。
夕暮れ。
夜も更ける前に帰ろうということになったのでわたしたちは片付けをしていた。
「楽しかった?」
「楽しいというよりは居心地がよかったです」
まぁ、人目が無いってのも楽だよねなんて言う彼は自分が思うことじゃないけど、子どもっぽくない。
「また、来たくなったら教えてよ。一緒にサボっちゃおう」
「確かに無断で利用はできませんね」
「そういうことじゃないんだけどなー」
苦笑する彼を無視して片付けを続けると彼も片付けを再開し始めた。
彼は深入りはしてこない。
たった一日の出会いで深入りする方がおかしいかもしれないが、声を掛けてきた人が無関心というのは余計妙な気がしてならない。
「さて、帰ろうか」
「はい」
帰り道もそんなに会話をしたわけではない。
わたしは自分から話しかけるタイプでもないし、彼も積極的に話しかけてはこなかった。
「ここでいいです」
「そう?送ってく必要は無い?」
「はい、近いので大丈夫です」
「そっか」
ありがとうございました、そう言ってわたしは彼に背を向けた。
彼はわたしを見ているようだったが、引き止めようとはしなかった。
これが出会い。
わたしはあなたを知って、広い世界の一端を覗いた。
わたしはあなたのことをもっと知りたいと思ったの。
名前さえ知らずに別れたあなたのことを。
二人の登場人物は藍彩十和と主人公です。
7歳と11歳です。
主人公はこの頃はまだ気弱です。
周りの様子を窺ってばかりの子です。
藍彩十和は人間不信。
一日では治りません。
この話終了してやっと他人に興味が出たレベルです。
この時、主人公に顔はそこまで見せてません。帽子を深く被り続けました。
ありがとうございました。
惚れたなんだの話はもう少し後のことです。
少し改稿しました
藍彩十和の口調が敬語だったり違ったりしていたので敬語で統一しました