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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トリスティアの怪しい魔法使い【短編版】

作者: 安籐 巧

好きな要素を詰め込んだ作品です。

※長編版とは設定を若干変更してあります。

 自由交易都市トリスティア。

 王国と帝国の国境に存在するどちらの国のものでもない都市。

 そこには身分や種族による差別がなく、実力があるものならば平等に成功するチャンスがある場所として大陸のなかでも有名であった。

 常に新しい人や物が集まるその場所はあくまで一都市でしかないものの、ほとんど一国といっていいほどの影響力を他国に及ぼしている。


 この話はその自由交易都市に住む二人の師弟の物語だ。



  * * * * *



 交易都市にある宿屋の一つ、その庭で木剣で素振りを行う。


 ブン、ブン、ブン、ブン、ブン…………


 師匠に言われて始めた日課だがもう慣れたもので、最初のころは一時間と持たなかったのが今では日が出ている時間中ひたすら振り続けていても大丈夫になった。剣の型もいくつも修め、もうその辺のごろつきたちに負けることはない。

 それでも師匠に対してはかすらせることもできないのだが…………。

 俺の師匠はすごい。師匠は魔法使いであるというのに接近戦でも並みの戦士には負けない。昔、からんできた冒険者を杖で放り投げたときは俺には師匠がなにをやったのかさっぱりわからなかった。師匠はそれ以降冒険者の連中に絡まれなくなって助かるといっていた。


 「あ、やべ!」


 そろそろ昼飯時である。

宿屋は朝と夜は用意してくれるが昼は自分たちで調達しなければならない。そして師匠の昼飯の用意は弟子である俺の役目だ。師匠を待たせることになってしまう。

素振りを切り上げ部屋に戻ることにした。




 宿の裏手の井戸で水をかぶり汗を流した後、汗を吸った服をもう一度着るのは嫌なので上半身裸のままとっている部屋に向かう。年間契約で一部屋借りてしばらくたつためこの宿屋にもだいぶ慣れた。


 「あー!アレス、また体濡らしたまま歩いてるわね!」


 怒鳴られてしまった。

 いきなり怒鳴ってきたのはこの宿屋の娘にして食堂の看板娘である猫獣人のリシアである。尻尾の毛を逆立たせながら俺に近づいてくる。リシアはとある理由により俺にそれなりの頻度でつっかかてくる。


 「あー、悪いな。忘れてた。すまん」

 「忘れてた、じゃないわよ!何度も言ってるでしょ!」

 「だから悪かったって」

 「そもそもあんたはそれ以外にも言いたいことがたくさんあんのよ!いい、いつもあんたが……」


 くどくどとお説教をされる。こうなると長いので逃げた方がいいだろうがそうすると次に会ったときの説教が長くなる。さて、どう切り抜けるか、と考えていると彼女の後ろに見覚えのある人影が。


 「だからあんたがそうだらしないと師匠のヴィヴィアンさんにも……」

 「私がどうした?」

 「ヴィ、ヴィヴィアンさん!い、いまお戻りですか!」


 リシアは俺に対しての態度が嘘のようにしおらしくなった。

 リシアの後ろに立っている人はヴィヴィアン師匠、俺に様々なことを教えてくれている先生である。師匠は常に体をすっぽり覆い隠すようなローブとフードをかぶりさらにマフラーを巻いて口元を隠している。見えるのはきれいな金色の瞳のみと徹底的に自分の姿を隠している。初めて見る人には驚かれるが、この宿屋の人たち含め町の人はもうすでに慣れている。


 「べ、別になんでもありません!あっ、そういえば食堂の準備の手伝いしなきゃいけないので失礼しますね!」

 「あ」


 師匠が何か答える前にリシアは走り去ってしまった。宿屋の中を走り回るなと俺には言ってくるのに、恋する乙女は理不尽だ。

 そうリシアは師匠に惚れている。俺と師匠がこの町に来てすぐ、彼女は師匠に命を助けてもらっている。今こうして商人向けの高級宿に長期宿泊ができるのはその恩が理由だ。さらにそれをきっかけに彼女は師匠に惚れた。それゆえ師匠の弟子である俺に対して説教をするのだ。彼女は弟子である俺がだらしなくするのを許せないらしい。

 ちなみに師匠はしっかり彼女の恋心には気づいている。気づいているが、それに応えるつもりはないそうだ。師匠が言うには吊り橋がなんとからしい。いずれ彼女もそれが恋ではないことに気づくだろう、と言っていた。

しかしそれ以上に師匠には彼女の愛に応えられない明確な理由が一つある。


 「ところで師匠、今日はいつもより帰りが早いですね。何かあったんですか?」

 「ここ」


 師匠が一枚の地図を差し出す。俺はそれを受け取り師匠が指した場所を見る。


 「リネッサ山脈ですか?たしか最近話題になっているところですよね、火竜の成体があらわれたとか噂で……」

 「今から倒しに行く」


 簡潔に言う師匠。

ちなみに火竜とはその名の通り火の竜だ。竜はこの世界における強者である。仮に人がいるところに現れれば国中がそれの対策で大わらわになるだろう。しかもそれは幼体での話だ。竜の成体は幼体のそれよりはるかに強く賢い。成体の竜なんてものはもはや天災である。倒すとかそういうレベルではなく人間にとってはどうか自分たちを襲わないでと祈ることしかできない化け物。ゆえに近くの山脈でそれを見たという男が現れ、今都市内ではその噂でもちきりである。とはいえその男以外には竜を見たという話を聞かないのだが……。


 「いやちょっと待ってください、いろいろ準備が……」

 「馬車は用意した。食料も買った。後は出発のみ」

 「ですよねー!」


 うちの師匠は本当にすごい人だ。師匠の魔法の腕はそこらへんの魔法使いなんて足元にも及ばないレベルだし、杖をふるえば剣士にも引けを取らない。

 しかし俺が思う師匠のもっともすごいところはこの行動力だ。自由交易都市は大陸中から商人やそれを護衛する傭兵、冒険者が集まる。師匠はそんな人たちから今回の火竜のような情報をもらってはそれを倒しに行く。その時の行動力というか決断力は異常で、なんの前振れもなく大陸を端から端まで横断させられた時もあった。師匠がなにを思ってそんなことをするかはわからないがすごい執念を感じる。


 「あー、師匠。自分リシアの手伝い申し出てたので今回は……」

 「アレスも行く」

 「あ、ちょ、待っ!」


 腕を掴まれずりずり引きずられていく。毎度のことながらこの力はどこからきているのだろう。師匠は魔法使いなのに、純粋な剣士を目指す俺より力が強いってどういうことだ!


 「自分で歩け」

 「待って師匠!せめて着替えさせてください!」




  * * * * *




 リネッサ山脈。

 岩肌が露出し、切り立った崖がいくつも存在する不毛の山。木々が生えぬ理由は精霊が近寄れぬからだとか近くの火山とつながっているため木々を殺すガスが流れてくるからともいわれる。鉱物系の高位モンスターが出没するが、ここでとれる鉱物は強力な装備を作る際に必須となるものもありここに来る冒険者はあとを絶えない。しかし今は火竜の噂を聞いてか全然人気がない。そんなところを俺と師匠が二人だけで歩いている。


 「ししょ~。火竜なんていったいどこにいるっていうんですかぁ~。あれはあくまで噂だったんじゃないですか~?」

 「常よりも暑い。ボスが現れた証拠。近い」


 俺としては火竜の成体なんてのは眉唾だと思うのだが師匠には何らかの確証があるらしい。こういった噂や伝説の類を倒しに行くとき、師匠はどこから情報を得ているのか普通の人なら知るはずのない情報を持っている。

 師匠はいったいそれだけの知識や技術をどこで学んだのか、時折聞きたくなってしまう。というよりも俺は師匠の過去をまったく知らない。俺が知る師匠は村を賊に襲われ、一人になった俺を拾ってくれた後の師匠だけだ。何を思い力を手に入れ、今はなぜこのようなことをしているのか、師匠はまったく語らない。現在衣食住で頼りになり、修行すらつけてもらっている身ではあるが少しさびしい。そんなことをつらつら考えながら歩く。


 「たしかに前来た時より暑い気がしないでもないですけど、でも歩きっぱなしで体が熱くなってるだけじゃ……」

 「水」


 師匠が何もない場所から水筒を取り出し差し出してくる。俺はそれを受け取り歩きながら水を飲んだ。

師匠は〈アイテムボックス〉の魔法が使える。そのため旅をするときには用意するのは移動手段だけでいい。〈アイテムボックス〉は異空間に荷物をしまうそれだけの魔法だが、重量や体積を無視できるため非常に有用な魔法だ。これだけ聞くと欠点などないようだがこの魔法は非常に会得するのが難しいことで有名だ。世の魔法使いでもこれが使えるのは極わずかだ。

 師匠は『アイテムボックス』を認識さえできれば魔法使いでなくてもできる、と言っていたが異空間を認識するってどうすればいいんだよ……

 昔言われたことを思い出しながら水筒を返そうとすると、いつの間にか師匠が立ち止っていた。


 「師匠?」

 「いる……」

 「へ?」


 どうやら考え込んでいる間に目的地に着いたらしい。

 師匠が立ち止ったのはとても大きな洞窟の入り口だ。大きいといっても人が通るには大きいというだけで噂に聞く火竜が通れるものとは思えない。


 「師匠、ほんとにこの中なんですか?」

 「………………」


 師匠は無言で洞窟を歩いていく。俺も慌ててそれを追っていった。




  * * * * *




 洞窟内は不気味なほどに静まり返っていた。洞窟内は外と違いとても暑い。さらに獣はおろか虫一匹でてこない。ここまでくれば俺にもここが異常だとわかる。いる(・・)。ここに、ここの奥に何かとてつもない、それ以外のものすべてが逃げ出すほどの何かがいる。

 洞窟が途切れる。日がさしているのか洞窟の出口は明るい。


 「お前は、そのままここにいろ」

 「え」


 師匠が命令する。師匠が命令をするときはそれが本当に必要な場合だ。おそらく、この先に火竜がいるのだろう。そして俺はまだその戦いに混ぜてもらうどころか見ているだけでも危険と判断されたということ。


 「わかりました。お気をつけて……」

 「ん」


 師匠はすぐそこに火竜がいるだろうと認識したうえでなお、いつも通りに歩いていった。その様子はまるで火竜なぞ敵ではないと全身で表しているようだった。この超然とした様子にはいつもあこがれる。自分もいつかあのように、このような機会を得るたびにいつも思う。しかしその領域はまだまだ遠そうだ。

 数秒後、火竜らしきものの咆哮が響き渡る。戦闘が始まったようだ。




  * * * * *




 それからしばらくの間、師匠と火竜の戦いは続いていた。時折響く火竜の咆哮や竜特有のブレス音、巨体をたたきつける轟音などが離れたここまで響き渡っていた。見てはいなくてもすさまじい戦いだとわかる。竜が体をたたきつけるたび地面が揺れ、ブレスを吹けばここまで熱風が届くようだった。

 しかしそれも終わったようだ。竜の咆哮も体が生み出す轟音も聞こえなくなった。たぶんいつも通りに師匠が勝ったのだ。ここで待っているよう言われたが、終わったのならもう行ってもいいだろう。そう思い洞窟を出る。


 「師匠!」

 「馬鹿野郎!なんで出てきた!」


 洞窟を出た先はすり鉢状の空間だった。もとは火口だったのか、周囲は切り立っており上るのも下るのも難しい。竜はここに巣を作っていたのだろう、ここはこの場所を見下ろさない限り発見できない。それゆえ火竜の発見が遅れたのだろう。

 そんな場所はひどい惨状だった。火竜が暴れに暴れたのだろう、あちこちで岩が溶け、砕けさながら地獄のようだ。そしてそんな地獄のような場所の中心で、傷だらけで血をまき散らしながら、されどその目を憤怒にたぎらせた火竜がブレスをはこうとしていた。


 「!!!」


 火竜がこちらに気づいた。俺を師匠の援軍だと思いとりあえず殺そうと思ったのか、それとも師匠に対する牽制のつもりなのか俺に対して照準を合わせている。

 今更逃げようと間に合わない。洞窟に戻ろうと多少の壁はそのまま溶かされるだろう、横に逃げようにもそれでよけられるほどブレスの範囲は狭くない。


 (あ、やべ、死んだ)


 場違いに軽い感じの感想とともに俺の視界はひたすらに赤いブレスに塗りつぶされた。




 * * * * *




 「待っていろと言っただろう、アレス」

 

 どうやら死なずにすんだらしい。

 前方には氷の壁がはられている。師匠の得意な防御魔法だ。今までもなんどか見たことがある。氷で炎を防げるのかと思うかもしれないが、魔法使いが生み出すものは通常の物と性質が異なるため、氷が炎を防げば雷で土壁がさっくり切られたりする。


 「間に合ったからいいものを……。もう少し遠ければ黒焦げだったぞ」


 そして師匠は俺と氷の壁の間に立ち見下ろしていた。

 今の師匠の装備はいつもの全身覆った怪しい魔法使い装備ではない。おそらく今の師匠を見ても十人が十人師匠だとわからないだろう。普段ぜったいに顔を見せようとしない魔法使いの素顔がこんなだとはだれも信じまい。


 まず目に付くのは腰まで流れる白銀の髪だ。プラチナにも劣らぬ輝きを放つそれを無造作に流している。顔はまさに絶世の美女という表現がふさわしい。そのなかでも金色の瞳はまるで宝石のごとく輝いている。背丈は170センチほどか、女性にしては高めだが出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想形だ。普段はそれらを覆い隠しているローブはどこにもなく、いま彼女が身にまとっているのは一枚のドレスだ。青みがかった白で作られたそれは命の奪い合いをする戦場に限りなく縁遠いはずのものでありながら、なぜだか場違いに感じさせない風格を漂わせる。


 「言いつけを破った罰は後でしっかり受けてもらうとして、こんどこそ動くなよ」


 そういって火竜の方へ向き直る。火竜は俺たちが生きているのを確認し再びブレスを吐こうとしていた。


 「たわけが。次はこちらの番だ」


――〈ピラー・オブ・ジ・アイス〉


 師匠の無詠唱魔法が発動する。ブレスを吐こうとする竜の顎の真下に巨大な氷の柱が発生する。まるでハンマーをたたきつけるかのように柱が顎を打つ。火竜はブレスを吐こうとしていた。そのタイミングで無理やり口を閉じさせればどうなるか、


――――ギャアアアアアァァァァァアアァァァ……


 「まだ終わりではないぞ馬鹿め」


――〈アイシクルロック〉

――〈フリーズド・コフィン〉


 口の中で爆発したブレスにのたうちまわる火竜相手にも師匠は容赦なく魔法を唱える。火竜の足は氷柱で貫かれたうえに氷で覆われ、さらに体を拘束するように氷が発生する。徹底的に動きを止めようとしている。次が最後だろう。


 「我が望むは青の力。契約に従いわがもとに」


 氷から逃れようと火竜は暴れる。おそらく彼も察しているのだろう。師匠が次に放つ一撃は自分の命を確実に刈り取るものだと。


 「無慈悲なる冷気よ、全てを覆い砕く無情の零度よ、汝への供物はわが前に」


 火竜がもだえるたび体を覆う氷が散る。しかし氷がはがれてもはがれた以上の氷が生まれ火竜を逃がさない。火竜は師匠の詠唱が終わるのを待つことしかできないのだ。


 「いでよ氷界の王、〈サモン・フロストドラゴン〉」


 詠唱が終わる。急激にあたりに冷気が立ち込め、先ほどまでは溶けていた岩がすでに凍り付いている。師匠から発せられた魔力は眼前に収束し形を成す。生み出されたのは蒼い鱗の龍である。その体は氷で作られているが儚さなどは全く感じない。むしろなにもかもを無慈悲に砕かんとする静かな殺意をにじませている。


――グルルルルルルルアアアアアアアアアアァァァァァァ


 眼前の火竜を睨み咆哮を上げる氷龍。その殺意を一身に浴びる火竜は身をすくめるものの、生き残るためには倒すしかないとわかっているのか再びブレスの準備をする。


 「やれ」


 師匠が氷龍に命令を下す。召喚者の命に従い眼前の敵を砕くべく氷龍が飛ぶ。火竜もまたその体に氷をはらせたままにブレスを吐く。

 岩をも溶かすブレスと氷龍が激突、しかし両者は一瞬も拮抗しなかった。ブレスは瞬時に凍てつき砕け、氷の龍はそのまま火龍の喉元に喰らいつき氷でできた体で火竜の体を締め上げる。冷気は火竜の体を即座に蝕む。

 火竜は断末魔の声をあげることすらできずに息の根を止められた。標的をしとめた氷龍はその場で砕け還った。後には完全に凍り付いた火竜の骸が死んだときのまま立っているだけだ。


 「あ、あの、師匠?」

 「………………………………、ない」


 恐る恐る声をかけるが師匠はそのまま火竜の骸のもとまで行き、そこでしばらく何かを探していた。しかしお目当ての物は見つからなかったらしくこころなししょんぼりした様子で戻ってきた。


 「帰る…………」

 「え、ちょ、待っ、師匠!火竜から素材剥がなくていいんですか!」


 竜種の体はそのすべてが貴重である。竜種の討伐事態が稀であるうえに爪や牙は武器に、骨や皮は防具に、血や肉も研究素材として引く手あまただ。ましてや今回倒したのは成体、その価値はたとえ欠片しか持って帰らなくても遊んで暮らしていけるかもしれないほどだろう。


 「おいてくぞ」

 「え、え、ほ、ほんとに全部おいてくんですかこれ!せめて爪の一欠片ぐらい……、って俺までおいてく気ですか師匠!こんなところにおいてかれたら死にますって、待ってーーー!」




  * * * * *




 「し、師匠……。これっていったい……」

 「罰」


 リネッサ山脈の麓にあるリネッサ宿場町。リネッサ山脈に向かう冒険者向けに作られた宿場町で、いつもは冒険者たちで賑わっているのだが今は人が少ない。よって俺たちは閑古鳥が鳴いている宿屋の一つで休息を取っているわけだが……


 「確かに、確かに待ってろっていいつけを破ったのは悪いと思います。だけど、だけど……、これはひどいんじゃないですか――――!!」

 「うるさい、迷惑」


 今は夕飯時、さらにここは宿場町のなかでも特に高級な宿である。よって宿が用意した高級な料理に舌鼓を打つべきなのだが……。


 「人なんてほかにいないんだから迷惑もなにもないっしょーー!!悪かったです、自分調子のってました、もうしません!だから俺にかけた魔法を解いてーーーー!!!」

 「だが断る」


 なんと師匠は部屋にご飯が運び込まれた直後に俺に身体の自由を奪う魔法をかけてきやがったのだ!そして目の前のおいしそうなご飯があっても体が動かない俺の前でさもうまそうにご飯を食べている。こんな非道、許せない!畜生!なぜおれはこんなにも無力なんだ!こんな逆境にも負けないように、強くなろうと思ったんじゃないか!と心の内で叫ぶ。目覚めろ俺の力、そして俺にご飯を……!と念じる俺の前でそのまま食事を続ける師匠。そのかっこうは戦闘時のドレスではなくいつものフード付きローブである。さすがに食事中はマフラーを外している。いつものことながら師匠はなぜここまでして顔を隠し、自身が女であることを誤魔化すのだろうか。正直もったいないと思う。


「アレスごときじゃ、まだ私の魔法は抜けられない……」

「なにおおおぉぉぉぉぉ!諦めなければ、奇跡は起こるんだぁぁぁぁ!」

「たかが夕飯でここまで熱くなれるとは……」


俺は負けない、屈しない!こんな苦境、華麗に切り抜けて俺は栄光(夕飯)にたどり着いて見せる!!




 * * * * *




 私の名はヴィヴィアン。この世界、アーネスで生きる一人の魔法使いだ。

 しかし私はこの世界に生まれ落ちた者ではない。地球という名の惑星(せかい)で生まれ育ったただの男子(・・)大学生だった。

 私がなぜ生まれ育った世界(ちきゅう)からこの世界(アーネス)に来たかといえば、実のところわからない。

 私はその時ただ単にゲームをしていただけだった。国内有数のMMORPG『アポカリプス・オンライン』。王道的な剣と魔法でモンスターと戦うそのゲームで私はヴィヴィアンという名の女魔法使いとして上位プレイヤーに名を連ねていた。

……女キャラを使っているのは単純に男の尻を追いかけるよりも女キャラを着飾らせるほうがいいからである、ここ大事、すごく大事。

 その日、私は普通にプレイをしていた訳だが、友人から一つのボスドロップアイテムを貰った。そのアイテムの名は『異界へのチケット』。ゲーム内におけるチケットはレアフィールドへの転移アイテムなのだがこのチケットはプレイヤー一人だけしか転移させられない仕様だった。そのため友人はソロプレイヤーである私にこのチケットを渡した。私も喜んで受け取った。喜び勇んでチケットを使い、気が付いたら


――――私は『ヴィヴィアン』になっていた。


 その後はいろいろあった。自身の体の美人っぷりに度肝を抜かれたり、リアルになった魔法の反則っぷりにあきれたり、モンスターとの初戦闘でも落ち着いて対処できる自分に違和感を覚えたりした。

 その違和感が明確に形になったのは初めて人と戦った後だ。人に対して魔法を使った後、あまりにも自然に人に対して使えたことに違和感を覚えた。そして同時に、自分の名前を思い出せないことに気づいてしまった。

 魔力という今まで持っていなかった物を自然に使え、今までの体よりはるかに高い身体能力を持つ体を自在に扱えることに疑問を持つべきだった。なぜならそれは、私の肉体と精神が『ヴィヴィアン』という魔法使いに変貌しているという明確な証拠だったのだから。


 自分が知らないうちに変わっている恐怖。たしかに恐ろしいがしかし『ヴィヴィアン』の能力しか、この世界において頼りになるものはない。幸いというか、この世界で使われる魔法は『ヴィヴィアン』のそれと同じだった。いささかレベルが低すぎたが……

 この時点で私は目標を立てた。それはもとの世界(ちきゅう)に帰るということ、そのためにこの世界に来るきっかけになったであろう『異界へのチケット』の捜索である。この世界にアポカリプス・オンラインの魔法が存在するならアイテムも存在するに違いない、と少し暴論だが明確な目標をもつことで精神の安定をはかれた。

 その後、私はアレスを拾ったり、賊に襲われたり、賊に襲われたり、賊に襲われたりした。

『ヴィヴィアン』の能力は確かに頼りになるのだが、はっきりいってこの容姿だけはいただけなかった。私が精魂こめて作り上げただけあって『ヴィヴィアン』は非常に美人だ。その上装備はゲーム内で使っていた『ドレス・オブ・ヘル』。ゲームらしく、それって防具なの、と突っ込みたくなるような外見だが能力は最上級。実際、肌が出ている部分にナイフを突き立ててもよくわからない力ではじき返してた。しかしただの賊にそんなことはわからない。道を歩く超美人+高そうなドレスにいろいろな意味で大興奮しながら襲い掛かってきた。正直このときは自分が『ヴィヴィアン』として戦いに忌避感を持たないことに感謝した。

 そうして『ヴィヴィアン』がどうみられるのかを理解した後はそれをどうにかできないかと考えた。このドレスは捨てることはできない。これだけの性能を持った装備はこの世界で手に入れられるかわからない。しかしこの世界の一般的な装備では心もとない。ゲーム内装備はこの世界の防具より性能が格段によく、それに慣れた自分はその程度では満足できない。ならばどうするべきか。


   結論:アイテムボックス内のはずれ装備を着ることにした。


 名前は『隠者のローブ』。体を覆うローブとフード、おまけにマフラーを合わせ体全体を隠しちゃうシャイな人向けな装備。

 性能はわるくないもののその外見により非常に人気がなかった。とはいえ今の自分にとってはちょうどよかったといえる。問題の美貌がすべて隠され、ついでに完全に顔を見えなくするため、自分が『ヴィヴィアン』に代わっていることを意識せずにいられる。さらにもう男に脂ぎった視線で見られるのが嫌な私は男を装うことにした。『ヴィヴィアン』は女にしては背が高いので全身を隠し、声を低く出すよう努力すればなんとか男に見えないこともなかった。

 

  そうして謎の怪しい男魔法使い、ヴィヴィアンが誕生したのだ。


 その後は大陸中から情報が集まる自由交易都市にて冒険者として働き、アポカリプス・オンライン内のボスがでると噂を聞けば飛んでいく生活だ。チケットは完全ランダムという設定であったため一定以上の強さのボスならば『異界へのチケット』を落とす可能性はある。とはいえもうすでにそれなりの数のボスを倒したが一度もチケットを落とした敵はいない。しかしいずれは……、と意気込んでいると、


 『そういえば聞きました?アルテッサ大湿原に信じられない大きさのトカゲが出没したそうですよ』

 『ああ、私も聞きました。なんでも高名な冒険者が何人も返り討ちにあっているとか……』


 窓の外からそんな会話が聞こえてきた。

 どうやら今日の私は運がいいらしい。火竜に続いて次のフィールドボスの情報が手に入るとは……


 「あ、師匠。やっと魔法解いてくれる気になって……。って何してるんです?え、次の目的地ができた?ちょ、待っ、俺まだ夕飯食べてないんですけど!あ、担がないでください!そのまま部屋を出ようとしないで……」


 目指すはアルテッサ大湿原。次こそは『異界へのチケット』を手に入れる!



 「俺の夕飯がーーーーーーーー!!!」




作者の好きな要素:TS トリップ 半端ない美形 最強 


 今作が処女作ゆえ、ストーリー構成や文章作成に関してのアドバイスや指摘は大歓迎です。感想よろしくお願いします。いただいたアドバイスは長編版に反映させていただきます。

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[一言] 誤字報告 魔法使いなんて足にも 足元にもでは
[良い点] なりきりや演技ではなく変化というのがおもしろい。 [一言] 「アレンごときじゃ」アレスでは 長編期待してます。
[良い点] 師匠に振り回されるアレスくんが不憫で面白かったです [一言] 長編版を書かれる様ですので、楽しみにしています
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