はじまりは、あなたを殺した夜だった
女の園はご遠慮したいに繋がる物語です。
はじまりの夜、私はあなたを突き落とした
静かな夜だった。
王宮の奥、灯りの届かない回廊。
足音だけが、やけに大きく響く。
「こんなところに呼び出して、どうしたの」
振り返ると、彼がいた。
まだ今ほど整っていない立ち姿。
けれど、目だけは最初から変わらない。
まっすぐで、逃げ場がない。
「話がある」
短く言う。
「ここじゃなくてもいいんじゃない?」
「ここがいい」
少しだけ間があって、
「誰も来ない」
その言い方に、わずかな引っかかりを覚える。
最初に会ったときから、この人はどこかおかしかった。
距離が近い。
踏み込み方を間違えている。
優しいのに、逃げ場を残さない。
「……で、どうしたの?」
軽く言ったつもりだった。
でも、声は少しだけ固い。
彼は一歩近づく。
——まただ、と思う。
「一緒に来てほしい」
「……どこに?」
「ここじゃない場所」
曖昧な言い方。
でも、視線は逸らさない。
「外ってこと?」
「違う」
即答だった。
「もっと遠く」
「意味がわからないわ」
「全部捨てて行く」
その言葉に、ぞくりとする。
恐怖と——
それ以上に、理解してしまった感覚。
「……は?」
「君がいればいい」
それだけでいい、と言うように。
「他はいらない」
その瞬間、理解した。
——この人、危ない。
ただ好きとか、そういう話じゃない。
もっと、重い。
「それって」
一歩、下がる。
「私の人生、全部捨てろってこと?」
「違う」
すぐに否定する。
「いらないものを捨てるだけだ」
「それを決めるの、わたしでしょう」
少しだけ強く言う。
彼は黙る。
「……君は、ここにいたいのか」
答えに詰まる。
ここは好きじゃない。
でも。
「だからって」
言いかけた言葉を、遮るように。
「君は、俺と来るべきだ」
断言だった。
「なんでそんなこと言えるの」
「分かるから」
「何が」
「君はここで壊れる」
息が止まる。
「……何それ」
「見ていられない」
一歩、近づく。
「だから連れていく」
優しいはずの言葉なのに、逃げ場がない。
「……やめて」
気づけば、さらに後ろへ下がっていた。
「やめてよ」
足元が、石の縁に触れる。
——外廊。
下は、暗い。
「怖い?」
「怖いわよ」
正直に言う。
「だから一緒に来ればいい」
ダメだ。
この人は、止まらない。
「君がいれば、全部うまくいく」
その言葉に、決定的な違和感があった。
——私がいれば、じゃない。
“私さえいれば”。
「……無理よ」
小さく言う。
「何が」
「それ」
彼の手が伸びる。
逃げ場が、ない。
——この人と行ったら。
私はきっと、
全部、なくなる。
自分でいられなくなる。
だから。
「——無理よ」
その手を、払った。
ぐらり、と体が揺れる。
一瞬だけ、目が合った。
その目は——
驚きでも、怒りでもなくて。
どこか、納得したような顔だった。
——まるで、最初からこうなると分かっていたみたいに。
「……ああ」
小さく笑う。
「そうか」
落ちていく。
手は、伸びない。
ただ、見ている。
——ねえ。
その顔、やめてよ。
なんで、
そんなに、満足そうなの。
音が消える。
静寂。
ひとりになる。
胸が、苦しい。
「……何、これ」
ほんの少しだけ口元が緩んでいることに、後から気づいた。
手が震えている。
突き落としてしまった。
分かってる。
なのに。
——これでよかった、って思ってる。
最低だ。
それでも。
「……これで」
やっと、終わる。
——そう、思ったのに。
「やっと会えた」
ここまで読んでいただきありがとうございました。




