第32話―夜に消え行く漆黒
「陽天剣極致、焉裏其の壱――“烈天轟刃”ッッ!!!」
「ほう。“裏”に目醒めているのか。それなりに楽しめそうだ」
姉さんの跳躍からの渾身の斬り下ろしを、黒い細剣を軽く上に掲げて受ける。それだけで、姉さんの一撃が止められる。
「何っ……!?」
「ふむ。威力は申し分無し。だが――」
「うおっ……!」
真上からの斬り下ろしからの鍔迫り合いだった為か、簡単にいなされ、そのまま転ぶまいとたたらを踏む姉さん。そこに、ヴァルヘイトからの追撃が迫る。
「――まだまだ青いな」
「かっ……!?」
体勢を崩し、脇腹がガラ空きになっている姉さんに、左脚の後ろ回し蹴りを入れる。受け切れず、姉さんは吹っ飛ばされるが、受け身を取って改めて体勢を立て直す。
「ふぅっ……。効くなぁ。まさか“裏”を止められるとは思ってなかったよ」
「言ったであろう。まだまだ青いと。その戦闘センスは中々のもの。だが、まだまだ経験値が圧倒的に足らぬ。〝魔女の一族〟も……いや、魔族もついに平和ボケしたか。海千山千の強者共ばかりだったというに、所詮はこの程度よ」
言いながら、奴は右手を姉さんに向ける。
「〚黒蝕縛鎖〛」
「ッ!?」
黒い鎖が恐ろしい速さで手から伸び、姉さんを拘束する。
「姉さん!〚劫炎獄熱波〛ッ!!」
動けない姉さんを庇い、僕は間に入る。一度に生み出した数十の獄陽は、しかし簡単に止められる。
「ふむ。先ほどの発言は謝罪しよう。まだまだ骨のありそうな者がいる」
「セアッ!!」
奴の言葉には耳を傾けず、左からの中段斬りを放つ。が、やはり簡単に止められる。
「力、速さ、重心。どこを取っても文句無し。なるほど面白い。なれば、余ももう少し真剣に相手をしてやろう」
「クッ……!ハァッ!!」
鍔迫り合いの状態から弾き返され、距離が開く。気にせず突っ込み、右下からの逆袈裟。完璧にタイミングを合わされ叩き落とされる。諦めず、僕は次々と攻撃を仕掛け続ける。中段。斬り下ろし。左袈裟。回転からの突き。その悉くを弾かれる。だが、奴にはまだ余裕があるようだ。
「やはり面白い。だが、汝もまだ若い」
「クッ……!?」
言いながら、今度は奴が攻撃に出る。重い。細剣での一撃だとは思えない。連続の刺突や斬り払いといった、細剣にしか出来ない動きが次々と繰り出される。慣れない武器との対峙に、僕は防戦一方になる。
「どうした?まだまだこれからだろう?」
「ッ……!影淵剣、極致其の陸、“黒渦冥葬”ッ!!」
「……ほう?」
漆黒の渦を纏った剣を、ヴァルヘイト――の剣を目がけて振るう。すると、その渦が奴の剣にも纏わりつき、固定する。
「夜は深まり、月は昇りて、火影集いし蜃気楼……!影淵剣、極致奥義ッ!!」
氷の世界に、夜が訪れる。
「“深更・月詠ノ不知火”ッ!!!」
そして漂い始めたのは、無数の火影。それらは姉さんを縛る鎖やヴァルヘイトに纏わりつく。
ヴァルヘイトの剣を拘束していた僕の魔剣を引き抜き、振り払うと、それらの一切はまるで蜃気楼のように、揺らめき、煌めいて消える。纏わりついたモノと共に。
だが――
「惜しいな。“奥義”を会得しているとは上々だ。なればこそ――」
「ッ!?」
「――惜しいものよ」
「……かっ……は………っ」
極細の剣身が、僕の胸から生えていた。
――いつ、後ろに?たしかに消えたはず……。なのに、なぜ生きている?
剣を引き抜かれ、倒れながら考える。解らない。何も、解らなかった。
「「「ヴァイ!」」」
「ヴァイ殿!」
「チッ、テメェ!!このクソブラッキーが!!来い、エクスキャリヴァルド!!」
シュタリウス王が黄金の神剣を召喚し、ヴァルヘイトへ突っ込む。
「神剣は流石にマズいな。一先ず退散させてもらおう。なに、いずれまた、相見えることもあろう。その時を楽しみにしている。では、さらばだ」
そう言って、奴は夜闇に紛れて消えていった……。