第30話―迫る、黒き足音
――数時間前。魔界ロゼルナ王国、王城、地下。
煌々と輝きながら、ナニカを覆っている結界。その中には、魔族が一人、封印されていた。
着ている服は全て漆黒。その背には同じく漆黒のマントを羽織っている。〝漆黒の魔女〟。名は、ヴァルヘイトという。
封印の中で閉じられた瞳が、突如開かれる。口は動かない。身体も動いていない。だが、眼だけが見開かれている。
――誰ぞ、我が魔法を使うは。
その眼は全てを覆い隠すほどに黒く、まるで深い水底の如く淀んでいる。
――そうか。貴様も同じか。面白い。実に面白い。
黒く淀み切ったその眼に、僅かに愉悦が混じる。
――憎い。憎い。汝も、憎いのだな。
ピシッ。封印に、亀裂が走る。
――ならば、汝は、同じだ。余と、同じだ。
ピシッ。パリンッ。少しずつ亀裂は大きくなり、封印の結界が少し欠ける。
――いいだろう。利害の一致だ。憎き〝魔女〟共を、消す。
バリイイイィィィィン!!!というけたたましい音と共に、結界が完全に砕け散る。そのままゆるりと着地し、長い髪を解くように首を振る。
「……ふう。さて――」
憎悪に染まり切った眼が、ギラリと刃のような光を帯びる。
「――復讐の刻だ」
呟くと、ヴァルヘイトは出口へ向けてゆっくりと歩き出す。何もない暗闇の中で、ただコツ、コツ、と地を踏む音が響くだけだった。
――――――――――――――――――――――
――時を同じくして、王城、エントランス。
警備の為“魔界”に残っていたヴァン、メロウ、イズ、ルークは見回りをしていた。
すると突如、何処からともなく、何かが割れて砕け散るような音が響く。
「――これは」「――マズい」
「えっ、何今の音!?」「一体何だ、この音は?」
イズとルークが同時に呟き、虚空から剣を生み出し構える。
「どうしたの?二人して急に剣を抜いて」
メロウとヴァンは状況を飲み込めていないのか、困惑の表情を浮かべている。
対して、剣を構えるイズ達は、警戒を解かないまま言う。
「解らないか」
「この全てを蝕むようなドス黒い魔力……君達は感じないかい?」
瞬間、まさに隠す気などさらさら無い、ドス黒い魔力がこの場を支配する。
「「ッッ!?」」
沈黙が走る。聞こえるのは、コツ、コツ――と、ゆっくりと、だが着実に近づく靴音のみ。近づくに連れ、徐々に魔力が濃くなっていく。
「………さて、お出ましだよ」
やがてついに、魔力の放出主と相対する。性別は男。全て漆黒の衣服で身を固め、同じく漆黒のブーツを履いている。眼すらも恐ろしいほどの黒。
相変わらずの沈黙。イズ達は皆〝彼〟を警戒して動かない。
その中で、遂に〝彼〟が口を開く。
「――誰ぞ、我が復讐を妨げるは」
詠うように響く声。柔らかいはずなのに、それよりも有無を言わせない声に、跪きそうになる。
「問おう。汝らは、憎いか?」
「……何がかな?」
剣を構えたまま、ルークが代表して答える。〝彼〟は間髪いれずに答える。
「自らに仇なす存在が。〝魔女〟共が。――世界が」
〝彼〟の立ち姿は変わっていない。だが、その場の空気の温度が下がったように感じる。
「……生憎、僕達の主は〝魔女〟なんだ。敬愛こそすれ、憎みはしないよ」
「そうか。汝らは敵か。ならば――」
瞬間、ドロリとした重い空気が、完全に殺気へと変化する。
「――去ね」
言葉と同時に、〝彼〟は系統属性魔法【火】、最高等魔法〚劫炎獄熱波〛を無詠唱で連射する。
「ッ……!陽天剣、極致其の肆――」「影淵剣、極致其の伍――」
二人は獄陽の嵐を抜け、〝彼〟へと肉薄し、同時に極致を放つ。
「――“炎華轟天”ッ!」「――“淵葬閻舞”」
二人はそれぞれ左右から交差するように斬る。赤き炎と漆黒の闇が交錯する。しかし。
「甘いな」
「………何?」
確かに斬ったはずの身体は、〝彼〟が纏う漆黒によって埋められていく。
「これは……厄介な敵だね……!」
二人はバックステップで距離を取り、構える。
「待たせたね、二人とも!『冷血ノ王』、〚血界〛ッ!」
ヴァンをはじめとして、その場にいた者を巻き込み、赤氷の世界が構築される。
「行きたまえ!」
瞬時に生み出した無数の赤氷刃を、〝彼〟に向けて飛ばす。
「笑止」
それらも全て、ドロリとしたものに阻まれてしまう。
「メロちゃん! ヴァイ君達に連絡したまえ!緊急事態だと!」
「わ、解った!」
誰がメロちゃんだ――と反論することは無かった。この状況で気にしてはいられないのは、本人も解っているのだろう。胸元から小さなヴァイを取り出し、伝える。
「ヴァイ君!緊急事態よ!!何か、城の地下から爆発音みたいなのが聞こえたと思ったら、真っ黒な服の男が出てきた!!今ヴァンやイズ達が何とか抑えてるけど……かなり押されてる!!」