第26話―王の務め
――500年前。リコリスジルレディア帝国、帝城。
様々な調度品が飾られている、見るからに豪華な自室のベッドで寝転び、足を組んで寛ぐのは、ヴィルティス・ルティ・イス・ラ・ジルレディア皇太子。
突如、その部屋に見合わない、隠されてはいるものの、判る者が見ると一目で判る強大な魔力を持つ者が現れる。その名は――
「……相変わらず戦は好まんのじゃな、ヴィルティス皇子よ」
――魔界ロゼルナ王国が魔王、グリエド・リュ・ロゼルナ。
ヴィルティスの部屋に急に転移魔法で現れたグリエドに驚きはせず、彼を見ることなく言う。
「おいおい、来る時は言ってくれって何度も言ってるだろ?……って、転移なんだから無理か」
「くははっ、よく解っておるではないか」
グリエドは笑いながら部屋にある窓に近づき、カーテンから辺りを見下ろす。そこは、戦火の渦中だった。そこかしこから叫び声が聞こえ、断末魔が聞こえ、悲鳴が聞こえる。
「……ほんっと、こんなことして何が楽しいんだろうね、父さんは」
「仕方あるまい。これが王としての務めなのだ」
「戦だの、戦争だの。そんなに戦うことばっかり考えるのが王なら、皇帝なんかなりたくないね」
誰から見ても解るような心底嫌そうな顔をするヴィルティス。その様子にグリエドは苦笑する。
「第一、もう人間の国は統一されてるんだろ?今更争うことなんてないだろ」
「ふむ。現状に不満があるならば、お主が変えれば良い」
「は?俺が?」
「うむ。サザンクロス二世がしたように、王となり、国名を変え、国訓を変え、全てを変えるといい。お主の望む国へと、な」
「俺の、望む国……」
「民を導き、自らが、そして皆がより良いと思う国へとしていくのが、王の務めよ。現状に不満を持ち理想を語るのは結構。じゃが、語るばかり、愚痴るばかりで何もしないのは、それ即ち怠慢であろう?」
グリエドは彼に振り向き、微笑みながら言う。
「国の名を変え、国そのものの在り方を変え、そこに住まう無辜なる民を変える。お主にはその力がある。余が保証しよう」
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「――それで、妾の……あーもういいや、めんどくさい。あたしのパパと親友だったっていうその初代国王はどんな人だったの?」
「ちょっ、カレン様……」
「何よ、ずっと堅苦しくするの苦手なの!別にいいじゃない、正式な場とかじゃないんだから」
ぷくーっと音が出そうなほどに頬を膨らませるカレン様。アレから、失伝している過去をあの場で公にするのはあまり好ましくないということで、皆を呼び、またシュタリウス王の執務室に来ていた。ご立腹な様子のカレン様の隣で、ジャックが口を挟む。
「まーまー、細かいことはいーじゃん!本人がそうしたいって言うんだしさー。ねー、カレンちゃん!」
「ねー!」
「……………」
思わず言葉を失う。この二人が混ざると止められる人はまずいないだろう。僕はこれ以上はキリが無いと思い直し、ムーアに改めて問う。
「それで、そのヴィルティスという方はどんな方だったのですか?」
「そうじゃな。つい先刻も言った気がするが、彼奴は戦が嫌いじゃった。昔から、それこそ子供の頃から、の。戦争が始まれば自室に篭り、その間は部屋を出ることはほぼ無かった、らしい」
「何でらしい、なんだ?近くで見てたはずだろう?」
姉さんが至極最もな質問をする。それに対しムーアは、首を振りながら答える。
「当時は彼奴とは過ごしたことは無かったからの。彼奴が王になって少し話したぐらいよ。故にこの話はあくまで周りからの、当時の皇帝からの話なのじゃ」
「なるほどな?じゃあ、あの方が王位に着いてからはどうだったんだ?」
今度はシュタリウス王が問いかける。ムーアは関心か、あるいは苦笑か、どちらとも取れるような表情をしながら言う。
「それは凄いものじゃったよ。国名を変え、国としての在り方を変え、それまでの法なども全て一から改めた。そして旧帝城から今の王城へと居を移し、十五代目皇帝の名を捨て、初代国王と成ったのじゃ」
「ホントに凄えな……。一代でそこまでできるモンなのかよ……」
シュタリウス王は関心というよりも、もはや畏敬の念すら抱いているようだった。さらにムーアの話は続く。
「何かを成す彼奴のその隣には、いつもグリエドがおったよ。この人の言葉で、俺は王になったんだ、といつも自慢げに言っておった。ああ、そうじゃった」
ここでまた、ムーアが爆弾を落とす。
「我を封印したのも、そういえばグリエドじゃったな」
「「「…………は?」」」