第23話―龍を蝕むは妖の花
僕達は王城を出ることをシュタリウス王に言った後、目的地を目指して歩いていた。あの場にいたアリオスも一緒に来ている。
シュタリウス王からは「は?あの妖刀と共鳴したのか?………アレ、ホントにあったんだなあ」と困惑しているのか驚いているのかよく判らないお言葉を頂いた。
「それで、その刀の居場所はどこなんですか?」
「光の伸びた先には、大きな廃墟があるらしい。地図や歴史を少し読み漁ったんだが、以前、ここが連合王国となる前の話だな、とある国の帝城だったみたいだぞ。名前はたしか………」
「リコリスジルレディア帝国」
アリオスが間髪入れずに答える。
「知っているのか、アリオス殿?」
「まあね。俺も気になって、少し調べたことはあるから。なんでも、彼岸刀の持ち主となってから、その妖刀のモチーフになった彼岸花っていうのを国名に入れたらしいよ。その前身は全く別で、たしかフィルシスターヴァ帝国、だったかな?」
「ああ、そのように書いていた」
アリオスの説明に、ラグナ殿は同意するように頷く。
「そして彼岸刀が眠っているのはその最上階、謁見の間にて、かつて玉座のあった場所に、封印と共に突き立てられているみたいだ。大方、かの刀、或いは、かの王の望まぬ者が握り、望まぬ血が流れるのを防ぐためなのだろう」
「選ばれてない者が握ると何かあるのですか?」
「「…………」」
僕の質問に、二人が黙る。
「……どうしたんですか?」
「………あるのだ。その帝国があった時代、皇帝のその力を求めた輩が、その刀を握ったことがあった」
思い出したくもないと言った表情で、重々しく言うラグナ殿。僕の頭の中には更に疑問符が浮かぶ。
「その者は、どうなったのですか?」
「………文献にある限り、酷いものだったよ。一度握った者はその力に溺れ操られ、自らの手足を斬り刻み、その腕が斬り離されても勝手に動く。握られたままの妖刀はひとりでに動き、その首を掻き切り、その心臓を、“魂”を貫き、完全に死んでもなお、もはや誰だか分からなくなるほどに刻んだらしい」
「………なんと……惨たらしいですね……」
二人が苦しそうな表情をしていたのにも納得がいった。まさに『妖刀』。その身を蝕むに止まらず、斬殺――いや、惨殺するとは。そんなじゃじゃ馬、果たして使いこなせられるのだろうか――と考えているうちに、前を歩いていたラグナ殿が立ち止まる。
「ここだ」
「……でっ……」
「……っかいな……」
かなり大きい。廃墟となり、一部は崩れており、その体裁は保てていない。だが、それでも残っている部分だけでも城と判るレベルだ。
「入る場所がないな……。仕方ない。〚召喚魔法:絶龍刀〛」
「おぉ……。本当に光っていますね」
「ああ。しかも近いからか、光が強くなっているな。まあ、今はそこじゃない。少し、下がっていてくれ」
「解りました」「解った」
僕達はラグナ殿の指示通り、少し後ろに下がる。ラグナ殿は眼前の扉だったらしきモノに触れ、その感触を確かめる。
「……ふむ。中々硬いな。ならば――“神醒・鮮雷”」
ラグナ殿が色鮮やかな雷と化す。そして左足を引き、刀は鞘に、右手は柄にかけて構える。神速の抜刀、居合の構え。
「絶龍刀、極致其の弐、“双龍一閃・裂白”ッ!!」
ラグナ殿の腰から白雷が閃く。ギャリイィィンッッ!!という音と共に、眼前の障害物とぶつかるが、一瞬にして彼女の刀が競り勝ち、そのまま振り抜かれる。
重い音を響かせながら崩れていく扉。完全に崩れたのを見るなり、チン、と音を立てて刀を鞘に仕舞い、こちらを振り向く。
「よし。では、中に入ろうか」
「……ええ」
相変わらずの太刀捌きだ。僕達は顔を見合わせ、驚きを隠すことなく頷き、彼女の後に続いて中に入る。
中は外観の通り、途轍もなく広かった。ところどころ崩れた後の岩などが道を塞ぐように鎮座しており、それを魔法や魔剣で壊し、道を作りながら進んでいく。一時間ほど経っただろうか。十数回ほど階段を上り、ずっと歩いていくと、やがて荘厳な扉を僕達の視界が捉える。
「……ここだな。今までで一番、絶龍刀《この子》が激しく共鳴している」
彼女の握る刀を見ると、たしかにここに来た中で一番輝いている。
彼女はその場で数回深呼吸をすると、眼前の大扉に手をかける。
「では――開けるぞ」
扉を押すと、ゴゴゴゴゴ………、と久しく鳴っていなかったであろう重い音色を響かせて、徐々に、それでも確実に開いていく。
完全に開き切ると、その中は案の定、玉座の間――もとい、謁見の間だった。
ラグナ殿は入るなり、真っ直ぐに視線を向ける。その目線の先には――
「……あれが、彼岸刀、舞儚一文字」
――かつて玉座のあった台座の上に、静かに、そして微かに光りながら突き立てられる、美しい一振りの刀があった。全体が緋く染まっており、まさしく彼岸花のようだ。刀身に緩やかに入る反り。しっかりと見える刃文。ラグナ殿やディーレ殿の刀も美しいが、それ以上に美しいと感じさせられる。
ラグナ殿はその刀に近づき、絶龍刀を左手に持ち替え、一呼吸置いて、柄を持つ。
「……ッ!」
無声の気合いと共に、刀はあっさりと抜けた。だが、その、瞬間。
僕達以外に誰もいないはずの謁見の間に、声が響く。
『――龍の力を持つ者よ。果たして其方に、我が使えるか?』
「グ……ッ!?」
直後、ラグナ殿が妖しい赤黒い靄に包まれる。呻くラグナ殿。それでも、その右手に握った妖刀は、一切離さない。
「このっ……!暴……ッれる、なッ!!」
『……ふむ。合格だ。これからは、其方と共に行こうぞ』
ラグナ殿が苦し紛れに刀を振るうと、またも声が聞こえる。すると、彼女を蝕んでいた赤黒い靄が消える。
「ッはあ……、はあ……、グッ……。これは、とんだじゃじゃ馬だな……」
息を切らし、膝をつくラグナ殿に、僕達は心配してかけ寄る。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとか、な。目的は達成したよ。これからは、私がこの刀の相棒だ」
言いながら、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべた。