第10話―超速の体術
「………さっきから、ずっと後を着けてきていますが……僕達に何の用です?」
「アッハ、バレてたッスか〜」
気の抜けた声で僕に答えた人物は、あっさりと僕の前に姿を現す。
切れ長の目、少し短目でツンツンした金髪。身長は高めで、スラッとしている。
「どーもッス、〝紫の末裔〟さん。アンタ達、じゃなくてアンタに用があるだけッスから、この状況は好都合なんッスよねえ」
「……なるほど、貴方も〝魔女狩りの一族〟ですか」
「アッハ、コレだけでそこまで解るッスか普通?お察しの通り、〝魔女狩りの一族〟、イールッス。じゃ早速――死ねッ!!」
――速い!!
言葉と同時に、視認するのがやっとというスピードで接近してきたイールは、左脚で回し蹴りを放つ。僕はその蹴りを両腕を交差させて受ける。その瞬間、ゴキッ……と鈍い音が響き、激痛が走る。僕は吹き飛ばされ、窓を突き破り、城外へ落下していく。
「グッ……!?」
――蹴りの一撃で両腕が持っていかれた!?
「〚幻想創造〛……!」
地面スレスレで僕は二対四枚の翅を創り、空中でホバリングする。無詠唱で【光魔法】:〚治癒〛を使用して先程の蹴りによる骨折を治し、影淵剣を召喚する。翅を羽ばたかせ、割れた窓から入るように突進し、無声の気合と共に真っ向から斬り下ろしを放つと、奴は腕で受ける。
「ッ!!」
「アッハァ、無理ッスよ、そんなんじゃアタシは斬れないッス」
「……やはりですか」
奴の言う通り、僕の放った斬り下ろしは奴の腕を斬り落とすことなく、見事に止められていた。ここで攻撃を続けるのも意味は無いと思い、一度距離を取る。この止められた剣撃で、僕の中の一つの予想だったものが確信へと変わる。
「先ほどの膂力、スピード。その頑丈な身体、そして極めつけの不自然な魔力。貴方――〝半人半魔〟ですね?」
〝半人半魔〟。人間と魔族のハーフ。その昔、“聖界”と“魔界”が繋がっていた頃はいないわけでは無かった。だが二国の交流が絶たれ、その数はほぼいないに等しくなった。特徴としては、魔法を使えないのを代償に、その身体は魔剣や聖剣でも簡単には斬れないほどに頑丈で、基礎的な身体能力が両族を遥かに凌駕している、といったものがある。
イールの切れ長で開いているかも判らない細目が見開かれ、表情からヘラヘラとした笑みが消える。しかしそれは一瞬で元に戻り、また先ほどのようにヘラヘラした表情に戻る。
「……アッハ、正解ッス。さっきお見せした通り、異常に身体が頑丈なんッスよね。ただ、魔法が使えないのが難点なんッスけど、ね!!」
「クッ……!!」
言いながらまたも超速で接近し、今度は右脚で回し蹴りを放ってくる。間一髪でそれを剣で受けるが、イールはそれを軸として回転し、続けざまに左脚で後ろ回し蹴りを繰り出す。僕は身体を反らして避け、そのままバク転の要領で再び距離を取ると、止まることなく、今度は僕から攻撃を仕掛ける。
「影淵剣、極致其の――」
「――静まれィッ!!」
「「ッッ!?」」
僕が反撃とばかりに極致を放とうとした瞬間、ドスの効いた声が響き渡る。
後ろを振り向くと、そこにはシュタリウス王がいた。
「全く……中々派手にやってくれたな……。この窓高かったんだぞ……」
来るなり、その彫りの深い顔の眉を落として嘆くシュタリウス王。その隣にはイールがいつの間にか跪いている。
「イール」
「はっ」
覇気を纏っているのかと錯覚するような、圧のある声が低く響く。
「何をしてんだ、てめぇは?」
「……見ての通り、〝魔女の末裔〟を殺そうとしたまでッ――」
しかし、その言葉が続くことは無かった。
シュタリウス王が、跪くイールの頭を蹴り飛ばしたからだ。
身体は頑丈ながら、完全に油断していたようで、蹴り飛ばされたイールはその顔を壁にめり込ませ、気を失って落ちる。
「客人に何してくれてんだ、テメェはよ?言うに事欠いて殺そうとしただ?〝魔女狩り〟だか何だか知らねえが、俺の城で粗相をするなら俺が許さん」
気を失ったイールを睨みつけながら言い捨てるシュタリウス王。その後奴を肩に抱え、こちらに向き直る。
「俺の配下が申し訳無い。下の者の不始末は上の責任。ここはどうか、貸し一つで許してくれんか?」
「……なるほど。まだ貴方を信用しているわけではありませんが……こちらもあまり大事にはしたくないので。それで手を打ちましょう」
「助かる。……そろそろ飯だな。その前に、とりあえずこの窓をどうするか……」
「……仕方ないですね。〚幻想創造〛」
僕は魔法にて、元の窓を創り出す。それを見るなり、シュタリウス王は目を見開く。
「その魔法すげえな。【紫魔法】か?」
「ええ。まあこれで一先ずは大丈夫でしょう。では、僕は皆を呼びますので、これにて」
「ああ」
そう言って僕は踵を返し、部屋へ戻っていく。
――新たな敵。今回は〝半人半魔〟、ですか……。それに、あの様子……。まだ、何か隠している気がしますね。そう、アリオスの〝大罪使い〟のような。