第9話―忍び寄る足跡
「この世界を構成してんのは何も俺たちの二国だけじゃあない。隠された三つ目の世界の次元。それが、“精霊界エニスィテューレ”だ」
「三つ目の、次元……!?」
初耳な情報に、僕達は絶句する。三つ目の世界。そんな場所、見たことも聞いたこともない。どこに存在するのか?“境界”から行ける場所があるのか?精霊とはそもそもどんな種族なのか?疑問は尽きない。
「ま、俺も詳しくは知らねえがな。なんやかんやあって祝福されて、いつの間にかこの“霊眼”ってのが使えるようになっててよ。どこに“精霊界”があんのかとか、“聖界”にも一切文献が残ってねえモンだから、俺も解んねえんだよな」
シュタリウス王は肩をすくめながら言う。
「っつーわけで、その辺はお前さんらで探してみな。もしかしたら、案外近いとこに手がかりがあったりするモンかも、な」
「………?」
少し意味深げにシュタリウス王は言った後、今度はアリオスに向き直る。
「……さて。久しぶりだな、アリオス」
「……もう会いたくなかったけどね」
少し睨むアリオス。だが、その瞳には明確な殺意、あるいは憎しみといった感情は感じられない。あの時とは違う、か。
「僕を殺したあの矢。君達王族のモノでしょ?紋章が付いてた。何であのタイミングで僕を殺した?そもそもヴァン君の“血界”にどうやって入ってきた?いや。それ以前に――」
アリオスが、自身の魔力を抑えることなく放出する。
カーテンが大きく揺れる。窓が軋む。彼の立つ場所が、魔力の圧で凹む。
「――“魔界”に、何故人間が入ることができた?」
「……ほう。生まれ変わったことで〝無魔力〟体質が無くなったか。中々の魔力だな」
「……答えろ」
だがそれでも、シュタリウス王はその余裕そうな態度を崩さない。いや、実際余裕なのだろう。その額には一切汗が浮かんでおらず、涼しい表情のままだ。
「答えろッ!!」
「ッ!?」
――本当にアリオスの魔力なのか!?
ゴウッ!!っと空気が唸り、魔力圧が数段上がる。並みの者ならばとっくに気絶していることだろう。生まれ変わったとはいえ、魔力を持ったばかりでここまで使いこなすとは。さすがのシュタリウス王も、少し後ずさっている。
「……落ち着けって。色々あって今は、全部は説明できないんだ。だが……ヴァンと言ったか。アイツの氷の世界に入れたのは、俺とアイツのスキルの“格”が違うからだと思うぜ?基本的に“覚醒”前の王系スキルってのは、“覚醒”した神系には通じねえ。そこには絶対的な差がある。その下には天使系があり、これもまた王系と絶対的な差がある。スキルにおける“格”の違いってのは、単純な戦闘センスをもひっくり返すほどにでけえんだ」
「……………それだけか」
「ああ。今言えるのは、な」
アリオスは納得がいってない様子ながらも、魔力放出を止める。潰されるような圧力が消える。
「悪いな。時が来たら、ちゃんと説明するさ。とりあえず、今日は休め。部屋は取ってある。好きに出歩いてもらっても構わねえ。……ウルも伸びちまってるしよ」
シュタリウス王がチラリと流し見る。釣られて僕達もそちらを見ると、そこには気を失っているウルの姿があった。初めて食らう魔力圧に耐えられなかったのだろう。
「……それはすまない」
「ま、こればっかりはしゃーねえ。説明の義理も果たせねえ俺にも非がある。すまねえ、こっちはこっちで何とかしとくからよ」
シュタリウス王がパチンッと指を鳴らす。すると、外で控えていたのか、直ぐに給仕が入ってくる。
「失礼致します」
「おう、説明してた客人だ。部屋に案内してやれ。日が暮れたら食事だ」
「承知致しました。ではお客様、ご案内致します。どうぞこちらへ」
僕達は先導する給仕に続き、玉座の間を後にする。そしてしばらく歩き、男性と女性とで一度別れ、男性用の部屋へと案内される。
「こちらがお三方のお部屋となります。何かご要望がございましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「ありがとうございます」
僕の言葉に給仕はお辞儀をし、部屋を出て行った。
「つっかれたー!ボクもうヘトヘトだよぉ……」
「同感だな。………魔力放出って、思ったよりも疲れるんだね」
「当たり前でしょう。アレほどの密度を思い切り放出したのですから。急に解放するから何事かと思いましたよ」
「全くだね!」
僕とジャックは同時にアリオスを横目で見る。
「ごめんって。ちょっと凄むつもりだったんだけど、力入りすぎちゃって」
「入り過ぎです!」「入り過ぎだよー!」
僕達は口を揃えて言うと、アリオスは縮こまる。
「魔力ロクに使ったことないんだからしょうがないだろ?俺も初めてだから制御に苦労してるんだよ」
「………たしかに、それもそうですね」
アリオスの至極最もな言葉に、僕は少し抵抗があるものの納得する。誰でも最初は魔力制御は苦労するものだ。
「今度暇があったら教えてくれよ。せっかく手に入れた魔力だ、魔法も色々使ってみたくてさ!」
アリオスの眼がキラキラと輝く。その様子に少し苦笑しながら僕は答える。
「ええ。それくらいならばいつでも」
そう言って、僕はベッドから立ち、部屋を出ようとする。
「どこか行くのかい?」
「……少し気分転換に、城の中を見て回ろうかと」
僕はチラリと扉を見る。それだけでアリオスは理解したのか、頷く。
「なるほどね。了解、行ってらっしゃい」
頷き返し、僕は部屋を出て、当てもなく歩く。
やがてしばらく歩いた後、僕は立ち止まり、後ろを振り返ることなく言う。
「………さっきから、ずっと後を着けてきていますが……僕達に何の用です?」