第6話―邂逅
“聖界”へと続く門へ入り、十数分ほど光の道を歩いた頃、ついに光の出口が見えてきた。
「さあ、そろそろ出口だよ。準備はいいかな?」
「愚問じゃ」「愚問です」「「愚問だな」」
「……仲良いねぇ」
声を揃えて返答する僕達に苦笑するアリオス。口に右手の甲を近づけて笑う仕草がどこか様になっていて、少しイラッとする。
「……いてっ。何だよ?」
僕がその肩を少し小突くと、アリオスから不満の声があがる。
「いえ。何でも」
「あ、おいっ、道判るのかー?」
言って僕はまた歩き始めたが、彼の言葉に戻ってくる。
その様子に姉さんとジャック殿が笑い、カレン様とラグナ殿は笑いを堪えている。
「全く……。ほら、そろそろ出るよ」
アリオスの言葉と共に、光の道を抜け出す。
僕達の眼に映ったのは――
「――草原?」
そこに広がるのは、ただひたすらに青々と生い茂る草原。アリオスはその中を、迷いのない足取りで進む。
「……おい、どこに向かっているんだ、これは?」
步けども歩けども眼前に広がるのは草原のみで、姉さんは少し苛立ってきたのだろう、その語気が少々強くなっている。
「まあまあ、もうすぐだから、ね?」
アリオスは飄々とした様子で姉さんを宥めながら歩く。
さらにもう暫く歩くと、アリオスが急に立ち止まる。
「……さて、ここを超えたら〝防衛門〟がすぐに見えるんだけど。君たちの姿だと、多分城に着く前にお縄になっちゃうだろうね。ってことでヴァイ君、認識阻害系の魔法とかあったりする?」
僕は急に話を振ってくるアリオスに困惑しながらも答える。
「え、ええ。魔法では無いですが、僕のスキルの権能でありますよ」
僕の回答に彼は頷く。
「よし、じゃあ人間に見えるようにしてもらっていいかな?」
「それは構いませんが……あまり特徴を覚えてないので、貴方の記憶を少し覗かせて頂きますが、いいですか?」
「あー……、まあ、いいよ」
「……?」
彼は少し渋るような表情を見せる。僕はそれに少し疑問を感じながら、彼の額に手を翳す。
「では、いきますよ。――『夢幻想神』、〚追憶の軌跡〛」
彼の記憶から、人間の姿を視る。僕らとは違うのは、耳の形。彼らのソレは丸みを帯びており、我々魔族のように尖っていない。それくらいだろうか。あとは……魔力の波長?かなり弱々しく、感知がしづらそうだ。特徴としては、それくらいだろうか。人間の特徴を読み取った僕は、権能を解除しようとする。だが、その瞬間、妙な記憶のカケラが漂う。
「………?」
僕は気になり、その記憶を少し覗いてみる。その瞬間――
「――ッ!!」
何かに弾かれたように、僕は吹き飛ばされる。
「「ヴァイ!?」」
「すみません、大丈夫です。………今のは、一体………」
「?何かあったのかい?」
当人の彼は何も無かったのようにキョトンとしている。
――となると、あれは、封印された記憶……?でも、なぜ?何の為に?それに、一瞬だけ見えた、儀式のようなもの。今回の件に関係している?
僕は思考の沼に沈みそうになったが、かぶりを振りながら立ち上がる。
「いえ、何も。すみません、読取はできたので、皆さんにかけますね。――『夢幻想神』、〚幻視〛」
僕は新たに権能を行使する。すると、アリオスを除く皆の耳が丸くなり、さらに他人から視える魔力がすこし弱々しくなる。……魔力に関しては、皆普段から抑えているため、大して変わってはいないが。
僕らの姿を確認したアリオスは微笑みながら頷く。
「うん、いい感じ。それじゃあ、準備も整ったし、いよいよ国へ入るよ」
アリオスの言葉に、僕達は頷いて答える。
アリオスを先頭に、幻惑の結界らしきものから出る。
そして、僕らの眼に映ったのは――
「おお……」
「これは………」
「でっ……か〜……」
「壮大、の一言に尽きるな……」
「幾久しく来たが、変わったの」
高々と建ち並ぶ建物の数々。
その下を行き交う、大勢の人だかり。
市場のような場所なのだろうか、道端に様々な出店が並ぶ。
「せっかくだし、少し楽しんで行こうか。おいで、美味しい店、教えるよ。人が多いから、俺から離れないようにね?」
そう言ってアリオスは人混みを掻き分けながら進んで行く。僕達も見失うまいと後を追う。
そして彼が立ち止まった場所は、出店の一つだった。
「おっちゃん、ティアルテーム人数分」
「あいよっ……ってアリオスじゃねえか!久しぶりだなあ!元気してたか!」
「ちょっ、声でかいって!お忍びなんだから!」
アリオスは屋台の店主に、人差し指を口元にやりながら注意する。
「おっとこりゃあすまねえ。お詫びにまけとくからよ、それで勘弁してくれ」
「助かるよ、ありがとう。また暇があったら来るよ」
「おう。毎度あり!」
彼は店主から肉の串焼きのようなものを5つもらうと、僕達に渡す。
「これが以前食べてた、ティアルテームってやつ。色んなスパイスを効かせた肉串だね」
「ふむ!これは美味そうだな!」
「ありがとうございます」
皆かなりお腹が空いていたのか、一斉にかぶりつく。
「……美味しい」
「これは絶品だな!ヴァイよ、“魔界《向こう》”に戻ったら再現できないか!?」
「多分、できますよ。帰ったら試してみましょうか」
「ホントに!?ボクも食べるー!」
「私にも分けてよね!」
「よければ私にも貰えないだろうか」
皆好きなのか、口々に求めてくる。
「解った、解りましたから!とりあえず食べましょ、ね!」
そう言って、僕も食べていると。
「――きゃああああああぁぁぁあああ!!!!」
「「「!?」」」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「アリオス!」
「多分路地裏だ!でもどこか――」
「そんなもの片っ端から探せばいいでしょう!行きますよ!」
僕はアリオスを置いて走り出す。
「あっおい!……お人よしなんだからさ……!」
「彼らに任せてるといいよ、そのうち帰ってくるしさ」
「ええ……。まあ、貴女がそう言うなら……」
彼も僕の後を追おうとするが、カレン様が引き留めたようだ。
僕は人混みを縫いつつ、ラグナ殿に走りながら振り向く。
「ラグナ殿!」
「ああ、見つけたぞ、左だ!敵は五人!」
「ナイスです!」
僕達が曲がると、ちょうど若い女性が両腕を大男に掴まれ、身動きが取れない状況だった。
「クズ共がっ……!ヴァイ!」
「ええ!」
「「〚精神拘束〛ッ!」」
僕と姉さんは同時に魔法を行使する。
「――極致其の壱、“雷龍閃斬”ッ!!」
ラグナ殿の極致で、五人は瞬時に倒れる。
「本来ならば刀の錆にする所だが……。ここは“魔界”ではないのでな。これで勘弁してやろう」
言いながら、ラグナ殿は刀を仕舞う。
「……さて、と。大丈夫ですか、お嬢様?」
僕が訊くと、彼女は頷く。
「間に合ってよかった。気をつけるんですよ?では、僕達はこれにて」
「あっ……!待って……!」
僕達が去ろうとすると彼女は引き留める。
「?どうかしましたか?」
「えっと……、その……」
「――ウチの娘が世話になったなぁ、魔界の者よ」
「「「ッッ!!」」」
悠々と歩いてきた男の言葉に、僕達は身構える。
「そう固くなるな。これでも一国の王なのだ。見抜けぬようでは務まるまい?」
「一国の王……?ってことはっ……!?」
僕の言葉に、男がニカっと笑いながら頷く。
「如何にも。俺が、この国の王――シュタリウス・リル・ウル・サザンクロスだ」