第53話―今日の敵はいつかの友
「――さて、オレもやるかあ。オレの相手は誰かなあ………っと」
「皆手が空いてないようだからな。私が相手になってやろう。『魂冥ノ王』――〚星魂掌滅〛ッ!」
レイティアは邂逅一番、黒紫に染まった手刀を眼前の悪魔に向けて突き出す。
それを両腕を下で交差させて受け、距離を取る悪魔。
「おっと、こりゃ面白え。〝紫の末裔〟さんじゃねえか。オレは〝色欲の悪魔〟。まあ呼び方は任せるさ」
そう言って自らを〝色欲の悪魔〟と言った悪魔は親指で自分を指差し、自己紹介する。
「こりゃ私もしなきゃか。ご存知の通り、〝紫の末裔〟レイティアだ。よろしくする気は無いな。この戦いが最初で最後だから、よッ!」
言いながら、その黒紫に染まったままの右手を再度突き出す。
「まあまあ、そう言わずによ。魔法使い同士、仲良くしようぜ?――〚魔導ノ書・炎ノ巻〛ッ!」
アスモデウスが唱えると、その手に赤く輝く本が現れる。その本が開いたかと思うと、奴の前に炎の壁が出現する。系統属性魔法【火】、中等魔法、〚炎壁〛。
レイティアの突き出した手刀はその火の壁に阻まれる。が、レイティアはニヤリと嗤い、
「〚劫炎獄熱波〛ッ!」
右手を焼かんとする炎の壁を巻き込み、その手に地獄の炎の魔法を重ねがけする。
獄炎を纏った黒紫の手刀をアスモデウスに突き出すと、奴は受けられず、その土手っ腹に突き刺さる。
「かはッ…………。くははッ、面白いじゃねえか………!〚魔導ノ書・流ノ巻〛……!」
今度は蒼く光る本が握られる。本が開くと、奴の周りに幾つもの水弾が現れる。その数、数百。
「――行けッ!!」
系統属性魔法【水】、最高等魔法、〚激流轟穿弾〛。
生み出した数百の激流の水弾が、レイティアを穿たんと襲いかかる。
バックステップで距離を取り、そのまま走りながら避ける。が、さすがにキリが無いと思ったのか、レイティアも魔法を行使する。
「〚狂飆雷霆嵐〛ッ!!」
系統属性魔法【風】、その最高等魔法。雷の荒れ狂う黒き嵐が、まだ百以上は残っていた水弾を相殺し、その嵐も消える。
「ははっ………、くははッ、くはははははッ!!楽しいな!心が躍る!〚魔導ノ書・光ノ巻〛、〚治癒〛!」
アスモデウスは高揚しながら、翡翠に輝く本を手に取り、系統外属性魔法【光】を行使する。それによって、奴の土手っ腹に空いた傷が癒える。
「ああ……!楽しいな……!こんな気分の高揚する戦いは久しぶりだ!!さあ、もっと楽しもう!!!」
「くははッ、お前もオレと同じか!いいぞ!!――出てこい、オレの僕共ッ!!」
奴が言い放つと、その周りを数百もの死霊が囲む。
「さあ!どうする!この数のオレの僕を相手にできるか!?」
「ふむ……。さすがに一対多数は分が悪いな。ここは、私の腕の見せどころ、か?」
レイティアはそう言うと、ゆっくりと、それでも着実に迫ってくる死霊に両手を向ける。
「朽ち果て永眠れ――極位【滅紫】・〚魂蝕湫〛ッ!!」
レイティアは自身の得意魔法、古代系統外属性魔法【紫】、その頂たる魔法を行使する。
レイティアの放ったその魔法は、全ての死霊を濃紫の靄で囲む。
その靄は徐々に死霊を蝕み、やがてその全てを消し去った。
「――初めて使ったが、中々面白い魔法だな。これは改良のしがいがありそうだ……!」
「なん、だ………、その魔法は………!?」
驚愕に顔を染めるアスモデウスを置き去りにして、レイティアは先刻使った魔法に目を輝かせている。
やがて満足したのか、アスモデウスに向き直ると、先ほどの魔法の説明を始める。
「魔法を極めたその先にある頂、それが“極位”。私はこの【紫魔法】しか使えないが、私の弟は他にも扱うぞ?あまり見たことはないがな。見た感じ、お前のその〚魔導ノ書〛とやらは様々な属性の最高等魔法を使えるようだが……、それだけでは勝てないんだよ」
それを聞いて、愕然とするアスモデウス。
そして、苦笑しながら奴は言う。
「………極めたと思った魔導が、まだ続いていたとはな……。オレの負けだ。殺し合いは、敗者が死ぬのが定め。……生まれ変わったら………今度はお前と、魔法について色々語り合いたいものだ。――〚魔導ノ書、最終章〛」
アスモデウスが魔法の詠唱を始めると、眼の前に黄金色に輝く本と魔法陣が出現する。
彼のその潔い言葉に、レイティアはニカッと屈託の無い笑みを浮かべ、話す。
「そうだな!私はお前のそういう潔い所、気に入ったぞ!次会った時は、一緒に極めよう、この魔導を!『魂冥ノ王』――〚星魂掌滅〛ッ!」
レイティアが黒紫に染まった手刀を、アスモデウスの腹に突き刺す。
その瞬間、奴は最期の魔法を行使する。
「かっ………………、は………………。……………〚輪廻、転生〛…………」
そうして、魔導を極めんとした悪魔は、光の粒子となって消えていった。
「………お前との戦い、楽しかったぞ。……またな」
しばらくはそのまま、光の粒子となって消えた敵友を眺めていた。
そして――
「………あとは、お前だけだ――アリオスッ!!」
ヴァイと対峙しているアリオスは、その言葉が聞こえたかのように、ニヤリと嗤った。