第51話―月が狂わすは瑠璃の狼
「――ハアァッ!」
メロウの渾身の爪での攻撃は、しかし奴は難なく躱してみせる。
彼女――〝怠惰の悪魔〟は、メロウの攻撃という攻撃を瞬間移動のように躱し続ける。
「こんのっ……!ちょこまかと…!」
「マトモにやり合うのは面倒なのですわ。わたくし、〝怠惰〟なのでしてよ?」
彼女は余裕を一切隠そうとせずに、扇子で口元を隠しながら笑う。
その様子に尚更苛立ちが募るメロウ。
だが、その間も攻撃の手を休めることはない。
メロウはこのままだと消耗していくだけだと判断し、魔法を行使する。
「【ヨルノトバリ】――〚影縫〛ッ!」
「あら?」
メロウが奴の影を踏むと、その動きが急に停止する。そのまま、彼女は眼前の悪魔の腕を掴む。
「やっと捕まえたわ。覚悟しなさいっ!」
「お生憎さま。覚悟するのは―貴女の方でしてよ?」
「きゃっ……!?」
そう言うなり、メロウは力が抜けたように倒れる。
先刻ルークとイズが喰らった力なのだろう、身体が完全に麻痺したように動かない。
「あら?さっきの〝憤怒〟との戦いで大分消耗していたようですわね。思ったよりも奪えませんでしたわ、残念」
「くっ………」
力を奪われ何もできないメロウは、ただ歯を噛みしめることしかできなかった。
だが実際、〝憤怒の悪魔〟との戦いで消耗しすぎたのは確かだった。〚極限解放〛にラグナ殿の〚雷纏〛による全力以上の攻撃、さすがに消耗しないはずはない。
故に、この〝怠惰の悪魔〟との戦いは、全力には程遠い攻撃だった。
だが――
「一体、それが何だってんのよ………!」
「……何ですの?」
――消耗してるから何だ。全力じゃないなら、全力で戦えばいい。倒すんだ、何が何でも。目の前の悪魔を。今まで苦しんで、ようやく前に進もうとしている、ヴァイのためにも!
「くっ……!『冥界ノ女神』、〚極限開放〛ッ……!」
メロウは限界以上の魔力を使って、瑠璃色の光をその身に纏い、全身に鞭を打って立ち上がる。
「この期に及んで無意味なあがきを……。消えなさいッ!」
そうして扇を使って、メロウにとどめを刺そうとする。
その時、氷の世界の空が暗くなった。
「………夜?」
そう言って二人は空を見上げる。
そこには、紅い月が昇っていた。
――ナイスよ、ヴァン!
「――〚輝紅狂月〛ッ!!」
「何なのですの、本当にっ……!?」
その瞬間、月の光に照らされ、メロウの身体が変化する。
爪は伸び、手足の筋肉がたくましくなり、その手を地面につけ、四足歩行となる。その顔からは鋭く伸びた牙がのぞいており、その眼はさながら獲物を狙う狼のよう、いや、その姿を見ると、文字通り狼となっていた。
「アアオオォォォーーンッッ!!!」
メロウが一つ遠吠えをすると、その周りを瑠璃色の稲妻が降り荒ぶ。
「くっ……。所詮死に際の悪あがきですわ!いい加減、死になさい!!〚堕天する隕石〛ッ!」
彼女が発すると、どこからともなく、上空に隕石が出現する。それはメロウの元に向かっていくが――
「グルラゥッ!!」
一鳴きし、跳躍して、瞬時に隕石の元へ行くと、その獲物を切り裂くための鋭利な爪で巨大な隕石を切り刻む。
「なっ…………」
絶句する悪魔。だが、そんな暇はなく――
「ガルルァウッッ!!」
粉々になった隕石の残骸を踏み台にして突撃する。まるでそれは、滅紫の弾丸のように。
そして、刹那の内に悪魔の眼前まで迫り――
「グルルルラァァウッッッ!!!!」
――その首を、何者をもかみ砕くようなその鋭い牙で、文字通り頭ごと嚙み千切った。
悪魔の手は力なく垂れ下がり、その後すぐにその身体が地面に伏した。
「……はっ、………はあ、はぁ……」
変身が解除されたメロウは、片膝を付き、空気を欲して喘ぐ。
「さす、がに……、〚極限解放〛、連続二回は………きついわね………。……ごめん、みんな………。後は、任せるね………」
そう言って、メロウは気を失った。