第48話―原罪の悪魔
「使い勝手が悪くて使えなかったけど、今なら使える!原罪の悪魔よ、俺に従え!!〚色欲〛ッッ!!!」
そこに召喚されたのは、7体の魔人。
だが、僕たちのように人間と近しい外見ではなく、異形の身体をしている者も数体いる。
突如、父さんと母さんが握っていた魔剣が魔人体に変化して現れる。
「なぜ………奴らがここに」
「これは………さすがにまずいな……。僕らが束になっても勝てるか判らない」
「「「なっ………」」」
ルークのその言葉を聞いて、僕達は絶句する。
そして、奴の言葉で、魔人が1人動き出す。
「〝傲慢の悪魔〟」
その一言で、漆黒と純白の翼を対に持つ、無口な少女が僕らに向けて手を翳す。
「ッ!?」
「これ、はッ……!?」
「立て、ない………!?」
「クッ………」
「やっぱり………ッ、彼女は、〝傲慢の悪魔〟か………!」
身体が重い。とてつもなく重いのだ。まるでこの場だけ重力が何万倍にもなっているようで、立とうとすることが無駄に思えてくる。
だが、そんな中で、陛下が黒白の聖魔剣を構える。
「“聖魔反転・【聖極】”………!!“断空・虚喰ミ”ッ!!」
陛下は自身の剣を逆手に持ち替え、それを虚空に向けて振るう。
すると、少し重力のようなものが減衰し、立ち上がれるようにはなった。
だがそれでも、気を抜けばすぐにでも倒れそうだ。
しかし、動けるようになった瞬間、イズとルークが動く。
「陽天剣、極致其の参――」
「影淵剣、極致其の陸――」
それに少し驚いた表情をするアリオス。
だが、狙われている少女は相変わらず無表情のままだ。
「――“天威無烽”ッッ!!」
「――“黒渦冥葬”………ッ!!」
陽光のような鋭い光が純白の剣身を包み、漆黒よりもなお黒い螺旋が同じように剣身を包む。
氷の世界が震撼する。氷でできている空が、漆黒の雲で覆われる。
ルークは赤白に染まった魔剣を少女目掛けて振るう。しかし、彼女が先刻と同じように手を翳すと、見えない障壁に阻まれる。
「…………」
「……やっぱり、そう簡単には通らないよね………!でも………!」
「私のこと、忘れたわけではないだろうな?」
「………!」
「―――」
アリオスが何か言っていた気がするが、うまく聞き取れなかった。
イズが螺旋を描きながら剣身に黒き渦を纏った漆黒の魔剣を左袈裟に振り下ろす瞬間、赤氷の空を覆っていた漆黒の雲がその魔剣に集まる。それが少女に触れた、その瞬間。
滅紫色の煙がイズたちを含め、奴ら全員を包む。
やがて煙が晴れると。
そこには、無傷なままの悪魔の少女と、力なく倒れるイズとルークの姿が見えた。
「イズ!ルーク!!」
「来るな、我が主」
イズ達の場所に、苦し紛れに向かおうとする僕達を静止する。なぜ――という間もなく、絶世の美女が口を開く。
「さすがですわ。今の判断は正解ですわね。近づいてたら、わたくし――〝怠惰の悪魔〟の餌食でしたでしょうから、ね?」
自らを〝怠惰の悪魔〟と名乗ったその美女は、妖艶に笑っている。
先程のあの煙の中で、何が起きていたのか。僕達は何も解っていない。
「何が起きたのか解らない、といった表情をしていますわね。いいでしょう、説明して差し上げますわ」
そう言いながら彼女はどこからともなく扇子を出し、口元を隠しながら答え合わせをする。
「わたくしの能力は、“麻痺”、みたいなものと思ってくれたらよろしくてよ。厳密には、少し違いますけれど。早い話、この子達の行動能力を奪った。そういうことですわ」
「……まだあと5体も、こいつらと同等、あるいはそれ以上の力を持つ者が……?」
「ご明察。よく解ったね。君達もそろそろ、もう僕らには勝てない事、理解したんじゃないかな?」
僕だけでなく、ラグナ殿やカレン様までも言葉を失っていた。
「これほどとは……聞いたことなかったな………」
というのは、父さんの呟きか。
「――諦めないでください!」
そう言ってこの氷の世界に転移して現れた乱入者は。
「……ルオ!」
「すみません、乗り遅れました!!――〚天聖結界〛ッ!!」
彼が手を上に掲げると、そこから透明かつ、金色に輝く結界が展開される。
彼の結界範囲に入った途端、動くのがやっとだった身体が一気に軽くなった。
「これが……〈魔術消失〉」
「あんなに手も足も出なかったものが、こうも簡単に取り除かれるとはな……」
全員が驚愕の表情を浮かべる。
「天敵だとは思っていたが……。先に殺すのは君だったか、〝【聖】魔法使い〟!〝憤怒の悪魔〟ッ!!」
「くははッ、貴様ら全員、余手ずから皆殺しにしてやろうぞ!!〚赫灼滅尽砲〛ッ!!」
そう言ってサタンと呼ばれた、額に捻れた角を二本生やした巨躯赤眼の悪魔は、魔法陣から生み出した巨大な砲台から、赤黒い破壊のエネルギーを撒き散らす。
それに対し、イズ、ルーク、ディーレ、カレン様が前に出る。
「“聖魔反転・【聖極】”――」
「陽天剣、極致其の捌――」
「影淵剣、極致其の拾――」
「朱雀刀、極致其の玖――」
目の前に迫る暴力的なまでの破壊エネルギーに対抗するべく、各々の技を繰り出す。
「――“天花明断・虚穿”ッ!!」
「――“空牙刼照”ッッ!!!」
「――“刃鏖滅天”……ッ!!」
「――“蓮鳳暁星”ッ!」
カレン様が白光を帯びた聖魔剣を振り下ろし、
ルークは空を照らすほどの極光を宿した魔剣を袈裟懸けに斬り、
イズは万物を滅ぼす漆黒の刃を横薙ぎに斬り払い、
ディーレが夕暮れ時の星のような優しい光を纏った刀を抜刀する。
「くっ……」
「重、い……ッ」
「ッ………」
「くぅ……ッ…」
だが、その均衡は、一瞬にして崩れた。
〝憤怒の悪魔〟の放った眩いほどの破壊エネルギーは、誰を殺すこともなく、赫冰の世界のはるか彼方へ弾かれ。
カレン様たちの攻撃は、その威力を減衰させることなく奴の身体を斬り刻み、倒せるか判らないと思われていた悪魔を一柱、殺すことができた。
奴は何かを言うことすらできずに、塵となって消えたのだった。
それを見て、絶句するアリオス一同。
「サタンが……殺された………?」
さすがに予想外なようで、皆困惑しているようだ。
「今だ!姉さん、父さん、母さん、ルオ!――行きますよ!」
「ああ!」「おう!」「ええ!」「はい!」
僕達はその隙を見逃さず、それぞれの戦いに持ち込む。
「頼みます、ラグナ殿」
僕がそう言うと、彼女は無言で、しかし確固たる決意を持って頷いた。
決着は、もう、近い。