第36話―想い消し行くは小さな瑕疵
――憎いか。
憎い……?一体、何がですか?
――親を殺されただろう?
過去の話です。確かに以前は憎んでいましたが、過去の憎しみに囚われてもいい事など何も無い。
――憎しみは残り続ける。如何に抜け出したと思うても、小さな瑕疵として在り続ける。
………何を、言っているのですか。
――思い出させてやろう。汝の深奥に残りし瑕疵を。
………やめろ。僕はもう、彼を許したんだ。彼は、何も悪くない。やめろ。
――今一度、思い出すのだ。過去に抱きし憎悪を!
「――やめろッ!!」
その瞬間、僕は目が覚める。荒くなっている呼吸を整えながら、状況を整理していく。
ここは…………僕の家。僕の部屋。そして僕のベッド。そこまで考え、気づく。
「………夢、か」
「ヴァイ!どうした!なんかあったか!」
僕の大声を聞いてか、姉さんが僕の部屋に走って入ってくる。
「いえ、すみません。少し、悪夢を見ていたようです」
「そうか……。大丈夫か?」
「ええ、心配掛けましたね。すみません」
心配そうな姉さんに、僕は少し苦し紛れに微笑む。
「っ………!?」
そして、以前無視した違和感が、確実なモノとなっていることに、重ねて気づく。
「………姉さん」
「どうした?やっぱり何かあったか?」
僕は身体を強張らせ、声を震わせながら、辿々しく何とか言葉を紡ぐ。
「神剣が…………アストクラウスが、喚べない」
「…………え?」
「「「…………」」」
その様子を見ている小さな影がある事を、僕が知ることは無かった。
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数十分後、僕達は王城の玉座の間に集まっていた。皆難しそうな顔をしながら、口を閉ざしている。
「……で、神剣が呼び出せないってのは本当なのか?」
「ええ。『夢幻想神』、〚想奏神剣〛」
僕は神剣を呼ぶも、何も変化は無く、ただ静寂のみが辺りを包む。僕は上に上げた手を下ろす。
「……この通りです」
「でも何でだ?ついこの間は召喚して俺と仕合ったじゃねえか?」
「………先ほどの夢。あの夢の中の人物は、『憎しみ』という言葉を強調するように言っていました。それと先日、ヴァルヘイトに不覚を取って刺された後。あの時、僕の中に違和感のようなものが残ってたんです。『憎しみは、小さな瑕疵として残り続ける』と、奴はそう言っていました」
僕の言葉をヒントにしながら答えを探るように、シュタリウス王が言う。
「なるほどなぁ。……ってこたぁ、お前さんの中の『憎しみ』を刺激された。特にお前さんの神剣は想いを司る剣だ。憎しみなんてシロモノを持ってちゃあ、そりゃ使えなくはなる。道理っちゃ道理だ」
「ええ……。恐らく、その考えで合っているでしょう」
僕の言葉に、シュタリウス王は“深奥の霊眼”を発動させながら話す。
「……そう言われてみりゃあ、たしかに権能が封印されてるなあ。……ん?」
「……どうしたのですか?」
突如、シュタリウスが眉間にシワを寄せ、僕を凝視する。……いや、その焦点は僕には合っていない。僕の肩辺り、といったところか。
「おいおい……気づかないのか?お前さんの肩、精霊様が乗ってるぜ?」
「………え?精霊?」
僕が言うと、急に肩に気配がする。
「あーあ」
「バレちゃった」
「精霊王様に頼まれたニンムが」
「失敗」
「失敗しちゃった」
「「「まあいっか!」」」
僕の周りを飛びながら話すのは、三つの小さな輝き。
「えと……君達は?」
三人?は僕の前に整列すると、交互に話す。
「ボク達はね」
「精霊だよっ!」
「精霊王様のおつかいっ」
「悪戯と祝福の精霊クァルクスっ」
「「「よろしくねっ!」」」
………いつの間に僕に付いていたのだろうか。