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赤の喪失  作者: Ri0via.
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寝覚め

   xxxx年 6月6日

アルケット王国、南部に位置する美術館、王立ペナンシオ美術館。

その美術館に、新たにクラシカルな部屋がリニューアルされた。

どうやら、この部屋は去年の6月にも工事を行ったらしい。

前回の改装では、「白ウサギとガーデンの番犬」をモチーフにしたデザインで全体的に可愛らしい雰囲気だったとか。

仲の良い受付嬢が客受けも非常に良かったと話していたのを思い出す。

そんなことを考えながら、館内を巡回する衛兵。

彼は周囲を見渡し不審なものがないか確認した後、完成したばかりの部屋に足を踏み入れた。

そして——目の前に、透明なショーケースが静かに佇んでいた。

衛兵が目を凝らすと、その中には一冊の本が収められている。

それは、黒く艶やかな装丁の本。

まるで混沌を閉じ込めたかのような深い色彩に、視線を奪われる。

気づけば、彼の足は無意識にショーケースへと向かっていた。

一歩、また一歩と距離が縮まっていく。

「!?、おっとっとぅー…。」

ーガシャーーン………。

「ぁいたたたた…。」

床に倒れ込んだ衝撃で意識がはっきりした衛兵は、痛む身体をさすりながら慌ててショーケースの方へ目を向けた。

「よ、よかった…本、倒れてない……。危うくシュフェン様にお叱りを受けることになりそうだった。」

ショーケースが倒れていないことに安堵のため息をつく衛兵。

彼は倒れた身体を起こそうと「よいしょ。」と呟いて立ち上がる。

どうやら、何もないところで躓いてしまったようだ。

ふと、視界の端に何かが灯る。

ーアジサイ色の小さな光の粒子が宙を舞っていた。

だが、瞬きをした瞬間。

それは跡形もなくどこかに消えてしまった。

「‼?‼?。 ……今、何か光った……?」

一瞬の出来事に、衛兵の鼓動が高鳴る。

「……いや、きっと幻覚だ。うん、そうに違いない。そうであってくれ……マジで……。」

不可解な感覚を振り払うように首を振ると、彼はそそくさと部屋を後にした。

——誰もいなくなったその空間。

硝子の中の本は、微かに禍々しい光を帯びていた。

ガシャーーン………

轟音が空間を引き裂き、静寂が無惨に砕け散る。

大きな音が響き渡り、我は長き眠りから目を覚ます。

静寂に包まれていたはずの空間は、今や微かな震えを帯びている。まるで世界そのものが、我の目覚めを恐れているかのように。

(誰だ——我の眠りを妨げたのは。)

意識はまだ朦朧としており、古びた記憶を呼び起こそうとするたびに鋭い痛みが脳を突き刺す。

まるで、何者かが思い出すことを拒んでいるかのように。

不意に、金属と金属が擦れ合う音がした。

(誰か…おるのか?)

確かめねばならぬ…

ぼやけた視界を徐々に光に慣らし、周囲を見渡す。

しかし——そこには誰の姿もなかった。

クラシカルな置物が並び、重厚な壁紙が貼られた空間。

薄闇の中、カーテンが静かに揺れている。

目の前には、磨き上げられた半透明の硝子。

そして、その硝子に映る——黒い本。

「本…もしや、この姿が我なのか?」

まさか、ありえぬ。だが、試さずにはいられぬな。

我は少し跳ねてみる。

——硝子の中の黒い本も、まったく同じ動作をした。

驚愕のあまり後ずさろうとするが、すぐに固い壁に突き返される。

重い衝撃が背を打ち、反射的に息をのんだ。

(……壁ではない、これは——硝子か。)

我は、完全に閉じ込められておるな。

不快な違和感が背筋を這い上がる。

外の世界から隔絶されたこの場所。

なぜ我はここにいる?

誰が、何の目的で?

思考を巡らせるうちに、再び金属音が響いた。

今度は先ほどよりも近い。

(やはり…誰かおるな。)

注意深く周囲を見渡す。

視界の端で、何かが微かに動いた。

カーテンの奥。

冷たい沈黙が空間を支配する。

息を殺し、じっと待つ。

クラシカルな部屋からそそくさと出た衛兵は、金属の音を響かせながら広い廊下を進んでいた。

そのとき——。

どこからともなく怪しい光が彼を包み込む。

視界が歪み、足元がふらついた。

「……な、ん……だ……?」

そう呟いたのを最後に、彼の意識は闇へと沈んだ。

「さて……こいつの身ぐるみを剝がすとしようか。」

低く囁く声とともに、黒紫の靄がゆらりと揺らめく。

まるで意思を持つかのように広がり、倒れ伏した衛兵の鎧を包み込む。

すると——。

鎧がふわりと浮かび上がり、まるで魔法のように一枚ずつ剥がされていく。

カシャン……。カシャン……。

静寂の中に、金属が床に落ちる冷たい音が響く。

やがて、衛兵の身体からすべての装備が取り除かれた。

黒紫の靄は、ゆっくりとその動きを止める。

そして——。

「……フフ、これで準備は整った。」

闇の中で、嗤う気配がした。

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