ヴィートスヴェー→ディー・リエ
…………。
緊張で話しかけれずに歩く音だけが響く。
俺はあたりをきょろきょろとみる。
なんか話さないとどうにも落ち着かないな。
そうだ!俺はお兄さんの肩を叩いてから手を動かした。
(かれこれ10分以上口を閉じたまま歩いているよ。)
(それがどうしたの?)
(えらいでしょ??)
(いや、ふつうだろ。)
(え、褒めてくれないの!?ケチーー!!)
(ケチで悪かったな。)
こういうやり取りを俺とお兄さんはジェスチャーで会話をした。
なにげにこういうことすんのたのしいな。
そんなこと思っているとシュフェン様が急に立ち止まる。
「ついたぞ。」
男の人が低い声ではっきりと言う。
どうやら、ようやく目的地に着いたようだ。
「白ウサギとガーデンの番犬」。
どうやら、ここの展示室を改装するみたいだ。
(思ったより大変そう‥‥。)
そのとき、執事のような身なりをした老人にこの部屋に使う家具の図案用紙をもらった。
あれ、いつからいたんだこの人?
「君たちにはまず初めにこの図案に沿って家具を組み立てる作業を手伝ってもらう。」
「承知しました。今はアンティークな部屋ですがここをクラシックスタイルに変えるのですね。」
「そうだ。そうでもしなければ展示品が映えないからな。また、客が見飽きない展示室を作るのも我々の仕事の一つだ。」
「それもその通り…か。そういえば、この絵のデザイン、どこかの王国の貴族様が気に入りそうだな。ここに展示するのは――」
(あれ??何を展示するんだっけ???)
俺はお兄さんから聞かされた話を言おうと思考を走らせるが出てこなくて思わず、途中で口ごもった。
実はあの話、興味がなくて適当に聞き流していたんだよね。
この話が深入りせずに済むよう祈ったが、その期待はあっさり裏切られることになる。
「一夜にして王国を滅ぼしたとされる未だ多き謎に包まれている本を展示する。そうですよね?」
「君の言うとおり、この本はおよそ■■■■年前に滅んだとされるビュフェン・シュランク王国から発掘
したものだ」
「あれ、その王国にそんな名前あったけ?」
俺は聞き覚えのない王国に首を傾げながらお兄さんに聞く。
「おととしまでに文献が一つも見つからないなら、当初の発掘者が名前をつけていいって王様のお許し
が出たらしいよ」
――さすがお兄さん!! 物知りで頼りになるなー。
俺が感心して目を輝かせていると、お兄さんはふと独り言をつぶやいた。
「……たしか、これ前に話したはずなのになんで知らないんだ?」
ぎくっ。
俺が悪かったです。
これからはちゃんと話を聞くようにするから、お願いだからそんな目でこっちを見ないでくれ!!!
「じゃあ、この王国は発掘者がつけたの?」
「どうやら今月の新聞によるとそうらしい」
「ふーん、すごいなぁ。俺も発掘者だったら・・・」
俺が発掘者にあこがれを抱いてあれこれと妄想を膨らませていたら――
「頭じゃなくて手を動かせ。」
「そうですよ。」
お兄さんとシュフェン様に同時に注意されてしまった。
俺は仕方なく、すぐに考えるのをやめて作業に専念した。
――どれくらい時間が経っただろうか。
「シュフェン様、そろそろ会議の時間が…」
「わかった。」
シュフェン様は俺たちに向き直ると、静かに言った。
「君たちも聞こえていたと思うが、私はこれから会議に出る。展示室の内装工事が終わり次第、この執事に報告してくれ。」
「わかりました。」
「承知しました。」
………。
ロングケース・クロックがチクタク、チクタクと規則正しい音を刻みながら、
静かに時間の経過を知らせてくれる。
出来上がった家具たちは飾り気のない部屋に丁寧にしまわれていく。
なんも飾り気のなかった真っ白い空間が俺たちの頑張りで少しずつ色を取り戻しつつあった。
まるでモノクロの写真が色をあたたかさを取り戻したかのように——俺にはそう感じられた。
「あー、今日のノルマ、おわったおわったーーー。」
俺は痛めた腰をさすりながら、大きく息をつく。
「おつかれさま!!!」
「なんか腰、いたくね?」
「ん、全然平気だよ?もしかして、無理な姿勢で重いものを持っていたでしょ?」
「それかもしれん」
「もう、気を付けてね!一度、腰を悪くしちゃうと癖になるっておじいちゃんが言ってた」
「まじか、老後にも向けて気を付けないとな」
「まだ早いと思うけどいい心がけだね」
「だろ?」
俺たちは執事に作業完了の報告を済ませ、二人仲良く帰路につく。
ちょうどそのとき太陽が傾きだし一日の終わりを告げようとしていた。
シュフェンのノート
「この内装工事は5月の下旬に完了済み。」
xxxx年 6月6日
今日、新しい展示品が公開される日。
王立ペナンシオ美術館の新たな展示室が開放され、来館者たちは美しく装飾された空間を巡っていた。
その中央には——
ガラスケースに収められた、一冊の黒い本が鎮座していた。
黒く艶やかな表紙は、スポットライトに照らされ、まるで夜闇のような深い輝きを放っている。
「これが、例の"呪われた本"か?」
「へぇ……でもただの本にしか見えないな。」
来館者たちは興味津々にガラスケースを覗き込む。
——本は、何事もなく、ただ静かに佇んでいた。