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便利屋〈CAT〉始めました  作者: ただの屍
第一章 あの日の約束
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8話 折れた刃の一撃



「どうして……。どうして、クレイが此処に……」


 背後、メアリーの声が聞こえて来て、クレイは恐る恐る振り返る。


「……メアリー」


 久しぶりの再開だった。

 メアリーの事を裏切ったあの日を最後にした、ざっと二年ぶりの再会。

 あの日から、片時も後悔が途絶えた日ない。

 今日という日まで、ずっと、クレイは拭い去れない後悔と共に生きて来た。


 ずっと謝りたい事があった。ずっと伝えたい事があった。


 だから、メアリーを見た時、最初に何を言うかは考えていて——。


「俺は、君にずっと——」


 言おうとして、言葉が出て来なかった。

 ぽかんと口は開いて、震えるばかりで、何も。


 『それ』を、クレイは見てしまったから。


「…………っ」


 火翼竜の爪に引き裂かれ、ズタズタになった服。その隙間から、爪に抉られた痛々しい裂傷が覗いている。

 顔にも、幾つか傷があった。


 そして——。

 

 ——メアリの左腕は、もうそこにはなかった。


「くそが……っ」


 ドス黒い怒りが、クレイの胸の内を焦がした。

 今にも爆発しそうな、今にも狂いそうな、強い激情。

 もう、制御が効きそうにない。


 だから、クレイは前を向いた。

 腰のポーチに手を突っ込んで、その怒りの矛先たる相手を——火翼竜を睨んだ。


「お前らの相手は俺だ! その目ひん剥いて、こっち見とけごらあっ!」


 叫んで、クレイは手の中の『連鎖爆薬』を上空にいる火翼竜の群れに向かって投げた。


 宙に錯乱する、爆薬の欠片。

 《焔の塔》特有のマグマフィールド。その熱に晒された爆薬の欠片が、今、火翼竜の手前で起爆温度に達する。

 そして、一欠片の爆発は散らばった無数の欠片さえも一斉に巻き込んで。


 ——大爆発を引き起こす。


 上空を飛んでいた火翼竜、その半数が黒焦げとなって地面に落ちた。


「っし! 散々やられた相手! 何の準備もなしに戻って来たと思うなよトカゲ共!」

 

 思わず、クレイはガッツポーズを決める。


 残すは、上空に六体、地上に八体だ。

 今のと同じ容量で残りの火翼竜も、なんて、そう上手く事が運ぶ筈がない。


「グギャアア!!」


 剣を折られ、腕を折られ、足を折られ、散々なまでに痛めつけられた相手。

 クレイにとって、因縁の相手とも言える宿敵。


 だからこそ、こいつらの強みをクレイは痛いほど良く知っている。


「水の魔法!? まさか……っ!」


 上空にいる六体の火翼竜の正面、水の魔力が渦を巻く。

 形成するのは五級魔法、『水弾』の陣。

 直ぐに、陣から水弾が生み出されて、『それが』ある場所へと射出される。


 着弾位置は、マグマ。

 その狙いは——。


「くっそ……っ。温度が……っ」


 クレイの周囲の温度をあげる為。

 そして、その目的は——。


「ぐ……っ。くそがぁあ! くれてやらぁあっ!」


 『連鎖爆薬』が入ったポーチ。その耐久度。


 急上昇した周囲の温度にポーチが溶け始めているのが見えて、クレイはすかさずポーチをベルトの留め具から外し、上空の火翼竜に向かってぶん投げた。


 その直後——。


「クレイっ!!」


 メアリーの声が聞こえた。

 必死にクレイの名前を呼ぶ、悲痛な叫び声。


 気づいて、気づいても、もう手遅れで。


 眼前、光が見えた。

 火翼竜よりも手前。予想よりもずっと強烈な光。


 ——ポーチが大爆発する。


「ぐぁぁぁぁあああああああ!」


 爆風に飲まれて、クレイは吹き飛ばされた。

 二度三度所じゃない。四度五度転がって、クレイは階層の端、メアリーのいる場所まで吹き飛ばされていた。


「クレイっ! クレイっ! うそ……。顔が……っ」


 体を引き摺り、なんとかクレイの元へと辿り着いたメアリー。

 しかし、そこでメアリーが見たのは無傷のクレイの姿なんかじゃなかった。


 顔の肉を爛れさせた、最愛の人の姿。


「くれい……っ! くれい……っ! めを……。目を覚ましてっ!」


 残った右腕でクレイの体を揺らしながら、必死にメアリーは死の淵を彷徨うクレイを呼び掛ける。


 こんな最後、望んだ訳じゃないのだ。

 こんな最期、見たかった訳じゃないのだ。

 こんな結末、望んだ訳じゃないのだ。


 ——こんな形で会いたかった訳じゃない。


 だから。だから。だから。だから。


「お願い、クレイ……っ。目を覚ましてぇえッ!!」


 叫んだ言葉が、四階層に木霊する。

 零れた涙が、地面の上で蒸発する。

 零れた涙が、クレイの頬に落ちる。


 そして——。


 ぴくりと、目元が動いた。


「……う、ぐ……っ」

「クレイ! よかった……。よかったぁ……っ」


 クレイの右目が開く。

 それを見て、安心した。また涙が溢れて来る。


「なぐ、な……。めあ、り……」

「……誰の、せいで……っ。馬鹿、馬鹿、馬鹿っ」


 クレイの指が、メアリーの目尻に浮かぶ涙を拭う。

 その優しさが嬉しくて、愛おしくて、クレイの胸にメアリーは顔を埋める。


「ずっと、会いたかった……っ」

「あぁ……。おでも、だ……」


 クレイがメアリーの元を去っていたあの日から、ずっと、ずっと、ずっと、会いたかった。

 ずっと、空白だった。空白に押し潰されそうだった。


「何で追いかけて来るのよ、この馬鹿」

「ぎみが、あぶないどおもっだがら……。ぎみに、あやまりだがったがら……」

「なによ、それ……。全部、台無しじゃない」


 そう、台無しだ。

 考えて、考えて、考えて立てた作戦が。

 悩んで、悩んで、悩んで書いた台本が。

 全部、台無しだ。


「貴方が挑んだダンジョンを攻略して、私はこれだけ強くなったんだよ! もうBランクにも上がったんだから! って、自慢がてら貴方をスカウトしにいくつもりだったのに」


 無理矢理過ぎると分かってはいた。けれど、それでも仲直りがしたかった。

 楽しい事も、悲しい事も、二人で何もかもを共有していたあの頃の二人にもう一度戻りたかった。


 だから——。


「……びぃらんぐに、あがっだのが……?」

「もう、そこじゃないでしょ?」


 こうして、二人で笑える事が幸せで仕方がない。


「ざっぎ、おで、あやまりだいっでいっだ」

「うん。聞いたよ」

「そのあど、おでも、ぎみにいおうどおもっでだごどがあるんだ」

「うん。聞きたい」

「……おでは、ぎみのごとが——」


 君が、胸の内を打ち明けてくれた。

 君の、笑顔を見る事が出来た。

 だから、クレイもこの胸の丈を伝えなければ行けなくて——途中で、止めた。

 止めて、クレイはメアリーを突き飛ばした。


「きゃ!」


 地面に、メアリーが倒れた。


 それを、急激に遠くなる視界の中、クレイは確認して。


「やらぜるがよぉッ! おでのだいぜつなひどにッ、てだぞうどしてんじゃねぇぞどかげッ!」


 腰の鞘から抜いた剣を、火翼竜の腹に突き刺した。


「グギャァアッ!!」


 空の上、鋭い爪でクレイを鷲掴みにする火翼竜が、痛みに絶叫を上げる。

 効いている。だから、掴んだ獲物を離さない様に、しっかりとクレイは目の前の足を抱え込んだ。


 鋭い爪が、体にめり込む。

 が、気にせず、もう一撃を叩き込む。


 更に、もう一撃、火翼竜の腹を剣で抉って——クレイと火翼竜はもみくちゃになりながら地面を転がった。


「……ぐ、ぅ……ッ!」

「グギャアアアア!」


 しかし、それでも尚、クレイの劣勢が覆る事はない。


 火翼竜がクレイを馬乗りにする、完全なマウント体制。

 図体から、力から、何もかもが負けている。

 鋭い爪がクレイの腹部を抉り、地面に縫い付ける。


「ぐぁああ……ッ!!」


 今のクレイに出来る事は、大口を開けて迫って来る火翼竜の口を剣の鞘で防ぐ事。

 それが関の山。それが最大限の抵抗だ。


「グギャアアアアア!」

「ぐっ! ぅ、っぐ……ッ!」


 後は、時間の問題。

 クレイの力が尽きるまでの、微々たる命の時間稼ぎ。


 ——既に、敗北は決した。


「そうおもっだじでんで! おまえのまげだぁあああッ!」


 鞘から手を離して、クレイは手の中の『それ』を——『折れた剣の刃』を、火翼竜の脳天へと突き刺した。


「グギャャャアアアアアアアアッ!!」


 悲鳴を上げ、否、断末魔を上げて、火翼竜が後ろに倒れた。


 火翼竜は、もう、動かない。


「おでの、がちだ」


 そう血塗れの体で勝利宣言して、クレイはよたよたとその場に立ち上がる。

 全身から血を垂れ流しながら。

 折れた剣の刃を握り締めながら。


 立ち上がって、クレイは虚ろな目で正面を睨んだ。


「グギャア!」「グギャルル!」「グギギギギッ!」


 空を飛ぶ火翼竜を。

 足の片方を失った火翼竜を。

 顔の焼け爛れた火翼竜を。


 ポーチの大爆発から逃れた、三体の火翼竜を。


「おら……。ががっで、ぎやがれ……。どかげ、ども……」


 見据えて、クレイは折れた剣の刃を振り回す。

 ふらふらとした足取りで。ひらひらとした剣捌きで。


 誰がどう見ても、限界な状態。

 誰がどう見ても、命に関わる危険な状態。


 それでも、クレイ・ライトは大切な人を、守りたくて。


「……あ……れ……?」


 そんなクレイの肩に、ぽんと、何かがぶつかった。

 振り返る。

 ふらふらと、ゆらゆらと。


 振り返って——。


「遅れてごめん、クレイさん」


 身に覚えのある猫耳が見えた。

 少し視線を落とせば、そこには猫耳を生やした少年の姿があった。


「後は、僕に任せて」


 その人の声を聞いた途端、何とか気力だけで耐えていた意識が、その限界が急に訪れて——。


「——来い、メイビス」


 赤い世界に突き抜けた一筋の光を見たのを最後に、クレイの意識は闇の中へと落ちて行った。





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