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便利屋〈CAT〉始めました  作者: ただの屍
第一章 あの日の約束
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7話 英雄降臨



「それじゃあお願い、メイビス」

「分かったわ」

「え、ちょ、ま……。本当に……?」


 後ろから送られる合図に、狼狽える特攻隊長クレイ。そんなクレイを後ろからがっちりホールドする切込隊長レイ。

 そして、そんな二人を今から吹っ飛ばすのが——『魔法士』メイビス。


「本当、まじ、心の準備が……っ」

「クレイさん、大丈夫」


 震えるクレイの肩をレイが叩く。


「だい、じょうぶ……?」

「うん! 慣れるから!」

「そんなの慣れたくねぇ!」


 勇気づけるのとは程遠いレイの励ましに、駄々を捏ねる子供の様に叫ぶクレイ。

 だけど、狼狽えている暇なんてものは何処にもない。

 クレイとレイの体を包み込む光、『風切りの結界』と『衝撃吸収の結界』は既に施された。

 準備は万端。後は、開始の合図のみ。


「メイビス! 発射!」

「よし、行ってこい! ——エリアルナーヴァ!」


 拳に集束する光。

 その拳を、今、メイビスが振り被って。


 ——レイの背中に、強烈な衝撃が突き抜けた。


「ぐ……っ」

「い……っ!?」


 天高く、空に向かってクレイとレイが射出される。


「いぃいいいいやぁああああああああああああああ!!」


 凄まじい速さで景色が移り変わる。

 クレイの叫び声すら一瞬で置き去りにして、雲さえ突き抜けて、クレイとレイの二人は空を翔ける。


 既に、王都リザインの街は見えない。


「は、速ぇ……。た、高ぇ……」

「クレイさん。怖いのは分かりますが、分かってますね?」


 怯えるクレイに、後ろからレイが囁く。

 その声の鋭さに、クレイの心臓が鷲掴みにされる。


「あ、あぁ。分かってる……っ」

「それなら大丈夫です。六十二秒後、《焔の塔》に到着します。直ぐに戦闘に入る恐れがあるので、心の準備を」

「あぁ、分かった」


 促された緊張感に、クレイは恐怖心を捨てる。

 今から向かう場所、A級ダンジョン《焔の塔》はそれだけの危険が付き纏う。

 クレイ自身が、それを一番良く理解している。

 つい三日前、クレイは《焔の塔》の脅威を身をもって痛感したばかりだ。


「キャットさん、ありがとう。力を貸してくれて」


 改めて、クレイはレイにお礼を告げる。

 きっと、クレイが一人で行けば最愛の人を救い出す事は愚か、犬死だっただろうから。


 だから、これだけは言って置きたくて、しかし——。


「……お礼は言わないでください」

「え?」

「僕は君に責められこそしろ、お礼を言われる筋合いなんてない。僕は、最後まで君に伝える事を躊躇った……っ」


 クレイが予想していた元気な声とは裏腹に、レイの震えた声が後ろから返って来た。


 橋の下、確かに彼はずっと何かを悩んでいる様子だった。

 クレイに、メアリーが《焔の塔》へと向かった事を伝えようとしてくれていた時も、彼は最後まで己の気持ちを押し殺している様だった。

 後悔と罪悪感。今、レイを蝕んでいるのはそれだ。

 早く伝えていれば、早く決断出来ていれば、なんて事をレイは考えているかもしれない。

 きっと、今、レイは責められたがっている。


 だけど——。


「責めねぇよ」

「え?」

「どうせ、メアリーが口止めでもしてたんだろぉ? 俺には言うな、言えば追いかけて来るだろうからってよ」

「…………」

「その約束を破ってまで、俺に伝えてくれたお前を俺が責めるのはお門違いだ。怒られるなら、その約束を破った相手、メアリーにでも怒られてくれや」


 そう、間違っている。

 依頼だったとは言え、レイはクレイを助けてくれた。それ所か、依頼主との約束を突っ撥ね、こうしてクレイに力を貸してくれた。

 こじつけの様に思えるかもしれないが、レイは紛れも無くクレイにとっての恩人だ。

 恩義を感じこそしろ、責めるなんてありえない。


「君は、優しいんだね」

「ハッ! 馬鹿言え。ただ、筋は通すって話なだけだ」

「そっか。——なら、その筋って物を君には通して貰うよ」

「へ?」


 目頭が熱くなる空気一変、不穏な空気が空の上に漂う。

 レイの言葉を聞いて、クレイも『それを』感知した。


「……もしかして、高度が下がってる……?」

「うん!」


 答え合わせ。二人の見解が一致して、クレイの顔が盛大に引き攣った。

 そして、クレイにとっての不運はそれだけに留まらない。


「だから、君は君の筋を通して来て欲しい。きっと、僕も後から追い付く」

「え、ちょっと、待って……。なんか、めちゃくちゃ嫌な予感するんですけど!?」


 早くも、嫌な予感が的中する。

 クレイの体にしがみつく様にホールドされていた手と足、その内の三つが離れ、服の襟がレイに握られる。

 

 子供の膂力とは思えない力にクレイは宙ずりにされて、まるで、それは投擲の様なフォームに思えて。


「だから、それまでどうか頑張って」

「いやいやいやいやいや! だから、心の準備がぁあ!」


 にっこりと、微笑むレイが見えた。

 抵抗の叫びを上げるが、聞き入れてくれる様子はない。


 そして、次の瞬間——。


「——部位『獣化』! 腕!」


 レイの右腕が、獣の腕と化して——。


「おま、その猫耳ほんもどぁぁああああああああああ!!」


 確かめる暇も無く、クレイはぶん投げられた。

 空の上から空の上へ。


 目前にまで見えていた、《焔の塔》へと。


「腹括れよぉお! 俺——ッ!」


 叫ぶ。

 自分の弱い心を奮い立たせる為に。この先で待つ、大切な人を助け出す為に。

 あの日の約束を、果たす為に。


「めありぃぃぃぃいいいいいいいいッ!!」


 だから、今、男は目の前の壁を打ち砕いて——。


「俺はもう! お前を一人にしないっ!」


 目の前の火翼竜を蹴り飛ばして、クレイ・ライトは想い人、メアリー・テイラーの元へと降り立った。





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