7話 英雄降臨
「それじゃあお願い、メイビス」
「分かったわ」
「え、ちょ、ま……。本当に……?」
後ろから送られる合図に、狼狽える特攻隊長クレイ。そんなクレイを後ろからがっちりホールドする切込隊長レイ。
そして、そんな二人を今から吹っ飛ばすのが——『魔法士』メイビス。
「本当、まじ、心の準備が……っ」
「クレイさん、大丈夫」
震えるクレイの肩をレイが叩く。
「だい、じょうぶ……?」
「うん! 慣れるから!」
「そんなの慣れたくねぇ!」
勇気づけるのとは程遠いレイの励ましに、駄々を捏ねる子供の様に叫ぶクレイ。
だけど、狼狽えている暇なんてものは何処にもない。
クレイとレイの体を包み込む光、『風切りの結界』と『衝撃吸収の結界』は既に施された。
準備は万端。後は、開始の合図のみ。
「メイビス! 発射!」
「よし、行ってこい! ——エリアルナーヴァ!」
拳に集束する光。
その拳を、今、メイビスが振り被って。
——レイの背中に、強烈な衝撃が突き抜けた。
「ぐ……っ」
「い……っ!?」
天高く、空に向かってクレイとレイが射出される。
「いぃいいいいやぁああああああああああああああ!!」
凄まじい速さで景色が移り変わる。
クレイの叫び声すら一瞬で置き去りにして、雲さえ突き抜けて、クレイとレイの二人は空を翔ける。
既に、王都リザインの街は見えない。
「は、速ぇ……。た、高ぇ……」
「クレイさん。怖いのは分かりますが、分かってますね?」
怯えるクレイに、後ろからレイが囁く。
その声の鋭さに、クレイの心臓が鷲掴みにされる。
「あ、あぁ。分かってる……っ」
「それなら大丈夫です。六十二秒後、《焔の塔》に到着します。直ぐに戦闘に入る恐れがあるので、心の準備を」
「あぁ、分かった」
促された緊張感に、クレイは恐怖心を捨てる。
今から向かう場所、A級ダンジョン《焔の塔》はそれだけの危険が付き纏う。
クレイ自身が、それを一番良く理解している。
つい三日前、クレイは《焔の塔》の脅威を身をもって痛感したばかりだ。
「キャットさん、ありがとう。力を貸してくれて」
改めて、クレイはレイにお礼を告げる。
きっと、クレイが一人で行けば最愛の人を救い出す事は愚か、犬死だっただろうから。
だから、これだけは言って置きたくて、しかし——。
「……お礼は言わないでください」
「え?」
「僕は君に責められこそしろ、お礼を言われる筋合いなんてない。僕は、最後まで君に伝える事を躊躇った……っ」
クレイが予想していた元気な声とは裏腹に、レイの震えた声が後ろから返って来た。
橋の下、確かに彼はずっと何かを悩んでいる様子だった。
クレイに、メアリーが《焔の塔》へと向かった事を伝えようとしてくれていた時も、彼は最後まで己の気持ちを押し殺している様だった。
後悔と罪悪感。今、レイを蝕んでいるのはそれだ。
早く伝えていれば、早く決断出来ていれば、なんて事をレイは考えているかもしれない。
きっと、今、レイは責められたがっている。
だけど——。
「責めねぇよ」
「え?」
「どうせ、メアリーが口止めでもしてたんだろぉ? 俺には言うな、言えば追いかけて来るだろうからってよ」
「…………」
「その約束を破ってまで、俺に伝えてくれたお前を俺が責めるのはお門違いだ。怒られるなら、その約束を破った相手、メアリーにでも怒られてくれや」
そう、間違っている。
依頼だったとは言え、レイはクレイを助けてくれた。それ所か、依頼主との約束を突っ撥ね、こうしてクレイに力を貸してくれた。
こじつけの様に思えるかもしれないが、レイは紛れも無くクレイにとっての恩人だ。
恩義を感じこそしろ、責めるなんてありえない。
「君は、優しいんだね」
「ハッ! 馬鹿言え。ただ、筋は通すって話なだけだ」
「そっか。——なら、その筋って物を君には通して貰うよ」
「へ?」
目頭が熱くなる空気一変、不穏な空気が空の上に漂う。
レイの言葉を聞いて、クレイも『それを』感知した。
「……もしかして、高度が下がってる……?」
「うん!」
答え合わせ。二人の見解が一致して、クレイの顔が盛大に引き攣った。
そして、クレイにとっての不運はそれだけに留まらない。
「だから、君は君の筋を通して来て欲しい。きっと、僕も後から追い付く」
「え、ちょっと、待って……。なんか、めちゃくちゃ嫌な予感するんですけど!?」
早くも、嫌な予感が的中する。
クレイの体にしがみつく様にホールドされていた手と足、その内の三つが離れ、服の襟がレイに握られる。
子供の膂力とは思えない力にクレイは宙ずりにされて、まるで、それは投擲の様なフォームに思えて。
「だから、それまでどうか頑張って」
「いやいやいやいやいや! だから、心の準備がぁあ!」
にっこりと、微笑むレイが見えた。
抵抗の叫びを上げるが、聞き入れてくれる様子はない。
そして、次の瞬間——。
「——部位『獣化』! 腕!」
レイの右腕が、獣の腕と化して——。
「おま、その猫耳ほんもどぁぁああああああああああ!!」
確かめる暇も無く、クレイはぶん投げられた。
空の上から空の上へ。
目前にまで見えていた、《焔の塔》へと。
「腹括れよぉお! 俺——ッ!」
叫ぶ。
自分の弱い心を奮い立たせる為に。この先で待つ、大切な人を助け出す為に。
あの日の約束を、果たす為に。
「めありぃぃぃぃいいいいいいいいッ!!」
だから、今、男は目の前の壁を打ち砕いて——。
「俺はもう! お前を一人にしないっ!」
目の前の火翼竜を蹴り飛ばして、クレイ・ライトは想い人、メアリー・テイラーの元へと降り立った。