6話 メアリー・テイラーの過ち
私、メアリー・テイラーには夢があった。
幼い頃、幼馴染の男の子と交わした約束が切っ掛けだ。
——英雄。
それが、私と貴方の夢だった。
この世界ではありふれた話だと思う。本の中、物語の主人公に子供が憧れて英雄を目指すなんてものは。
私も貴方もその例に埋もれず、『王の剣』なんていう英雄譚に憧れて冒険者を目指した。
最初は順調だった。田舎から二人で上京して来て、王都の街で冒険者登録をして、念願の冒険者になる事が出来た。
薬草採取から始まり、徐々に狩りもしだして、二人で初めて魔物を倒した時にはもう、夜の街で盛大に祝杯を上げて喜んだ。
だけど、そんな楽しい日々は私のせいで直ぐに崩れる事になった。
私の冒険者ランクが、Dランクに上がった。
貴方は、自分の事の様に喜んでくれた。「俺も、直ぐに追いつくから!」って見栄を張って、私の事を喜ばそうとしてくれている貴方の笑顔にときめいた日の事を今でも鮮明に覚えてる。
嬉しかった。貴方が私の事を考えてくれている事が。
だけど、そんな幸せな日々は次のダンジョン攻略の日から徐々に崩れ去って行った。
原因は分かり切ってた。目に見えて、私と貴方との実力の差が開いて行ったから。
だけど、私は貴方が言った言葉を信じた。
きっと、貴方なら直ぐに私に追いついて来るって。
だから、貴方が夜な夜な隠れて泣いているのを目撃した時、胸が痛くて、悲しくて、情けない気持ちで胸の中が溢れ返った。
貴方を追い詰めている私が、どうしようもなく嫌になった。
次第に、偽りの笑顔だけが増えて行った。
実力の差が開いて行く実感と共に、貴方と私を仕切る壁が二重にも三重にもなって、一番近くにいた筈の貴方が遠くに感じる様になった。
だから、限界は唐突な必然によって簡単に訪れた。
——私の冒険者ランクが、Cランクに上がった。
私は絶望した。
心の底から喜べない自分に。貴方に抱いた罪悪感に。貴方が私に向けた、引き攣った笑顔に。
何より、貴方にそんな顔をさせてしまった自分自身に。
もう、限界だった。
限界だったから、貴方が私から離れて行った時、その背中に手を伸ばす事が出来なかった。
「それが、私の後悔……。あぁ、もう、未練タラタラだなぁ、私……」
手を伸ばして、その奥に見える大切な記憶の断片を少女は見据える。
幼馴染の男の子を。大切な人を。初恋の相手を。
今も尚、ずっと大好きな人の顔を。
「あいたいなぁ……」
心臓が締め付けられる様に痛い。
胸の奥が切ない。寂しい。会いたい。
「クレイに、あいたい……っ」
だけど、そんな恋心が実を結ぶ事はもうない。
「しなたく、ないよぉ……っ」
少女を取り囲む《焔の塔》の番人——火翼竜がそれを許さない。
無数の火翼竜が、少女を笑っている。
空の上から、地面の上から。
滾るマグマの傍、焼けた地面に倒れている『左腕のない少女』を。
状況が、許してくれない。
少女の恋心を。少女が生き延びる事を。
「やくそく、まもれなくて、ごめんね……」
無数の火翼竜が、少女に飛び掛る。
《焔の塔》を守護する番人として。塔に入り込んで来た敵を排除する為に。左腕と同様、少女を喰らう為に。
空の上から、地面の上から、迫って。
火翼竜の爪と牙が、今、少女の命に届こうとして——《焔の塔》が揺れた。
揺れて、直ぐに。
——《焔の塔》の壁が、飛び込んでくる人影と共に打ち砕かれて行った。
「めありぃぃぃぃいいいいいいいいッ!!」
塔の壁を突き破り、姿を見せたのは一人の男の子だ。
見栄っ張りで、強情で、私の事を何より大切にしてくれる幼馴染。私の大好きな人。
——私の、英雄。
「俺はもう! お前を一人にしないっ!」
先行していた火翼竜を蹴り飛ばして、メアリ・テイラーの想い人、クレイ・ライトが《焔の塔》へと降り立った。