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便利屋〈CAT〉始めました  作者: ただの屍
第一章 あの日の約束
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3話 凝りに凝ったしこり



「いまざらだけど、こごはどごよ?」

「べんりやぎゃっどのおみぜ」

「二人とも、呑み込んでから喋ってくれない……?」


 という訳で、便利屋〈キャット〉のお店。

 恐らく、二階建て。二階に客人用の部屋が三つに、レイの部屋が一つとメイビスの部屋が一つ。

 予想はしていたが、どうやら同居しているらしい。妬ましい。

 そして、一階はどうやら酒場だ。カウンターの奥には年代物のワインやこの国ではお目にかかれない物珍しいお酒等が並び、五つある木質の丸机にはそれを囲む様にして同じ木質の椅子が並べられている。


 と、まぁ、その内のカウンター席で、クレイ、レイ、メイビスの三人は朝食を取っている訳で——。


「それにしても、このこめ? って言うの凄い美味いな! 今食べてる鳥唐とも合うが、魚とかも合う気がするぜ!」

「お? 分かっちゃう? 魚もめちゃくちゃ合うんだよ。でも、魚は隣の国まで行かないとねぇ……」

「海の国、シューリンか。まぁ、確かに。ここらで採れる魚は『魔の瘴気』に侵されてるからな……」


 かつて、この国に存在したとされる『魔女』レイラ。

 彼女が得意とした黒魔法を恐れた国王ザインは討伐隊を組み、『魔女狩り』を行ったと歴史書にある。

 結果から言えば成功。だけど、死の間際、魔女が行使した禁術によってこの国の至る所に『毒』がばら撒かれたらしい。


 命を蝕む、強烈な毒素。

 それが『魔の瘴気』。


「魔女レイラが討伐されてから一二○○年。それでも尚、その怨念は晴れる事を知らない、か……」


 呟いて、ふとクレイは気づく。

 二人の反応がない。空気がおかしい。

 何故か、二人の顔を見る事が出来ない。


「え、えっと……。なんて言うか……。本当に良かったのか? 助けて貰って、剣も直してもらって、飯まで食わせて貰ったって言うのに代金はいらねぇーだなんて」


 息苦しくなる様な、どんよりとした空気感。それを払拭する為にクレイは話の流れを変える。


「あ、うん。気にしない気にしない。僕と君との仲——」

「まぁ、前金で既に貰ってるしね」

「ぶぅっ! え、ちょ!? メイビスさん!?」

「……あ……。もしかして、マズった……?」


 さらっととんでも事実を吐き出して、そんなメイビスにレイが口の中の米を飛ばす。

 傍から見聞きしていた感想としては、メイビスが今言った言葉は言ってはいけない事だった、そう捉える事しか出来ない。


 メイビスでも、レイでもなく、クレイに。


「前金? 一体、何の話……」

「あー! あー! それよりこの後どうしよっか!」

「いや、待て」


 あからさまに話を逸らそうとするレイ。

 その肩を掴んで、クレイはレイの顔を自分に向けさせる。


「そう言えば、お前最初から俺の名前知ってたよな? 他にも、目的が俺だとか言って……」

「………………」


 張り詰める緊張感。掌から伝わって来る肩のひんやりとした湿りが、クレイの中の焦燥感をより引き立てて行く。

 震える、汗ばんだ手を握り締める。

 握り締めて、覚悟を決めて、クレイは震える口を開いた。


「もしかして、俺の救助は依頼された物なのか?」


 確信に触れた、そんな手応えがあった。

 メイビスの頭を抑える素振りが。レイの跳ねる肩の反応が。

 クレイの立てた推測を確信に変えていた。


「どうなんだ? 答えてくれよ、便利屋さん」

「………………」

「無言なのは、肯定と捉えてもいいんだな?」


 レイの肩を握る手に、無意識に力が入る。

 暴力に訴えた脅迫、そう捉えられてもおかしくないかもしれない。だけど、それでいい。今は、答えが欲しい。


 だから、クレイはより手に込める力を強くして、ふっとレイの肩から力が抜けた。

 逸らされていたレイの猫目が、クレイじゃない誰かに向けられた『申し訳無さそうな目』でクレイを見上げた。


「うん」

「……そうか」


 一言。その答えを聞けて、クレイはレイの肩から手を退ける。

 退けて、カウンターへと向き直って。


「——メアリー。また、俺は君に助けられたのか……」


 泣き出しそうな声で、抜ける様にクレイは吐き出した。

 

「君、分かって……」

「……幼馴染だからな。メアリーの事なら。全部分かる。嘘を付いている時の仕草も、照れてる時、耳が微かに赤くなるのも、好きな食べ物も、考えも、全部……っ」


 考えて、思い出して、涙が溢れて来る。

 後悔が、未練が、津波の様に押し寄せて来る。


「その人の事が好きなのね」

「あぁ……。あぁ……っ。今も、昔も、ずっと大好きだ。愛してる……っ」


 なのに、クレイ・ライトという愚かな男は、彼女の傍にいる資格を放棄してここまで逃げて来た。

 長い時間。二年間も、ずっと逃げ惑ってきた。


「だって言うのに、あいつは……っ。ずっと、ずっと、俺を見て……っ」


 彼女の笑顔が、彼女と過した記憶が、次々と溢れて来る。

 だから、涙も止まらなくて、ほとんど初対面の人の前で、みっともなくクレイは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにする。


 だけど、今だけは、このまま泣かせて置いて欲しい。凝りに凝り切った、この胸の中のしこりが解れるまで。


           ***


 暫くして、やっと治ってくれた涙を袖で拭ったクレイは今、机の上をただただ眺めている。

 考える時間が欲しい、そういった意思表示じゃない。

 考えも、答えも、既にクレイの中で纏まっている。

 ただ、今は、それを決める何かが欲しくて、机の上、メイビスが用意してくれた朝食に目を付けた。


 揚げた鶏肉の唐揚げとお米、そして、牛のミルクを煮込んだスープ。


 見つめて、クレイはお皿を持ち上げる。そのまま、一気に皿の中身を口の中に掻き込んだ。


「「………………」」


 レイも、メイビスも、呆けた顔でクレイを見つめている。

 気でも狂ったのか、そう言った心配の目がクレイの横顔にぐさぐさと突き刺さる。


 だけど、そんな視線には目もくれず、クレイはお皿の中身を完食した。


「……ふぅ。ご馳走様!」


 掌を合わせて、クレイはカウンターから立ち上がる。

 向かう先は、今の位置からほんの三歩離れた場所。レイとメイビス、二人の姿が見える場所。


 一歩、二歩、三歩。


 向かって、後ろを振り返って、そして——。


「便利屋〈キャット〉さん、依頼がしたい」



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