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便利屋〈CAT〉始めました  作者: ただの屍
第一章 あの日の約束
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2話 クレイの醜態



 俺、クレイ・ライトには夢があった。

 幼い頃、幼馴染の女の子と交わした約束が切っ掛けだ。


 ——英雄。


 それが、俺と彼女の夢だった。

 この世界ではありふれた話だ。本の中、物語の主人公に幼子が憧れて英雄を目指すなんてものは。

 俺と彼女もその例に埋もれず、『王の剣』なんていう英雄譚に憧れて冒険者を目指した。

 あの日の約束が、今も俺の胸の奥にこべりついている。


 今、君はどうしているだろう——「ぐぼぉっ!?」。


 夢の中、腹部を突き抜けた強烈な一撃。

 臓物という臓物が悲鳴を上げて、クレイは飛び起きる様にして上体を起こした。


「グッドモーニング! 良い朝だね!」

「……ごれの、どごがいいあざだって……っ?」


 痛みに堪えながら襲撃犯を睨めば、無邪気な笑顔でベットの上をゴロゴロと転がる猫耳男、レイの姿があった。


「すー、はぁ……。やっと落ち着いて来た……」


 深呼吸して、やっと息が整う。

 腹部の痛みはまだ取れないが。


「大丈夫?」

「あんたがやったんだろ……ッ」

「まぁ、そうなんだけどさ。そうじゃなくて、骨骨。痛い所とかない?」

「え、骨? て、あれ……?」


 言われて、初めて気がついた。

 痛みが全くない。いや、腹部の痛みは健在なのだが、そうじゃない。

 意識を失う前、《焔の塔》で火翼竜にやられた箇所。鋭い爪に引き裂かれた体、折れた腕と足、その痛みが全く感じられないのだ。


「何処にも傷がない……」


 貸してくれたらしい服を捲り、確認してみるが体中のどこを見ても傷が見当たらなかった。

 折れた腕を動かしてみるが問題なし。足も同様に普通に動く。


「一体、どんな手を……。治癒の魔法やポーションでも、ここまで綺麗に治る事はないって言うのに……」

「残念! それは企業秘密だよ?」


 ベットの上に座り直したレイが、自分の口に指を当てて片目を瞑る。

 シークレット。これ以上、聞くのは野暮というものだ。


「だけど、君に教えてあげられる事もある」


 勿体ぶって、「聞く?」と閉じた目を開けるレイ。

 勿論、聞く。教えられる事があると言われれば、聞かないという選択肢はクレイにはない。


 頷いて、YESの返答を返した。


「じゃあ、全部で二つ。一つ目は、意識を失ってもなお後生大事に君が握っていた剣の所在について」

「——っ! そうだ! 俺の剣! あれがないと俺は!」


 思い出す。火翼竜に折られた剣を。

 たとえ折れていたとしても、それはクレイに取って大切な物で。


「ぽんっ! じゃじゃーん!」


 取り乱して、レイの胸倉を危うく掴みかけた所で、レイが何もない空間から一本の剣を出現させた。

 まるで、今巷で流行りつつあるマジックの様に。

 その剣に、クレイは見覚えがあった。


 握りに刻まれた、『K』と『M』のスペル。

 上へ、剣身に目を滑らせれば、そこには無惨にも途中で折れた剣身が——あった。


「……え。は? どうなって! 折れてた筈だろ!?」


 見紛う筈も無く、それはクレイの剣だった。

 だけど、それはもう剣とは呼べない代物の筈で。


「あれ? 言わなかった?」

「なにを……」

「じゃあ、もう一度名乗ろうか」

「…………」


 剣を受け取って、幾ら見ても、その疑念は晴れなくて、「こほん」とレイがその解消に打って出てくれる。


「僕は、便利屋〈キャット〉の店主、レイ・C・キャット!  人捜し! 武器の修理! 代理ダンジョン攻略! 魔物退治! 何でもお任せあれ!」

「……………………はい?」

「あれれ……。ピンと来てない感じ? 良く考えて! 結構なヒントだよ!?」


 と、言われてもである。

 一体、何処に折れた剣が綺麗さっぱり直った事に関する事が……。


「——『武器の修理』、の所ね」

「あ、メイビス」


 開いていた扉から、黒い長髪の美女が入ってくる。

 雪の様に白い肌をより白く見せる、黒い皮のジャケットにそのセットの短パン。ジャケットには、レイと同じく便利屋『キャット』のログマークらしい猫の刺繍が入っている。


 確か、便利屋〈キャット〉の副店主と名乗っていた人物。


「武器の修理? でも、これはどうみても……」

「『復元』の域にある?」

「…………」


 メイビスの言葉にクレイは頷いた。

 そう、これはもう修理と呼べる域ではない。

 何せ、剣身に身に覚えのある傷があるのだ。

 折れていない方にじゃなく、今も《焔の塔》のどこかに落ちている筈の剣身と同じ傷が。


「はい! 詮索はなしなし! 深堀は良くないですぜ? お客さん」

「企業秘密ね……。はいはい、分かったよ」

「理解していただき助かります! それより、どうする? 朝食はパン派? 米派?」

「こめ? なんだそれ。まぁ、せっかくだからそのこめを貰うかな。……て、じゃないだろ! 二つ目! 俺に教えられる事の二つ目がまだ残ってる!」


 危うく流されそうになったが、クレイは忘れちゃいない。

 全部で二つ、クレイに教えられる事があるとレイは言っていた。

 一つ目が折れた剣の復元と来て、二つ目をスルーするなんて事は絶対に出来ない。


 きっと、重大な何かがある筈で——。


「あ、ごめん。忘れちった」

「………………ハッ?」


 舌を出して、悪びれのない謝罪。

 ピキリと、クレイの額で血管が切れた。


「おれはなぁ……っ。クレイ君に言わなきゃ行けない事があったんだよねぇ~。えっと~、ん~と~、何だけっけ? ごめん忘れちゃった、てへ。とか言う優順不断野郎が一番大っ嫌いなんだよお! だったら最初から言うんじゃねえ——!」


 ………………………………………………。

 ……………………………………。

 …………………………。


「う、うん。そうだね……」


 と、場の空気が凍り付く様な変なキレ方をしてしまったクレイだった。




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