2話 クレイの醜態
俺、クレイ・ライトには夢があった。
幼い頃、幼馴染の女の子と交わした約束が切っ掛けだ。
——英雄。
それが、俺と彼女の夢だった。
この世界ではありふれた話だ。本の中、物語の主人公に幼子が憧れて英雄を目指すなんてものは。
俺と彼女もその例に埋もれず、『王の剣』なんていう英雄譚に憧れて冒険者を目指した。
あの日の約束が、今も俺の胸の奥にこべりついている。
今、君はどうしているだろう——「ぐぼぉっ!?」。
夢の中、腹部を突き抜けた強烈な一撃。
臓物という臓物が悲鳴を上げて、クレイは飛び起きる様にして上体を起こした。
「グッドモーニング! 良い朝だね!」
「……ごれの、どごがいいあざだって……っ?」
痛みに堪えながら襲撃犯を睨めば、無邪気な笑顔でベットの上をゴロゴロと転がる猫耳男、レイの姿があった。
「すー、はぁ……。やっと落ち着いて来た……」
深呼吸して、やっと息が整う。
腹部の痛みはまだ取れないが。
「大丈夫?」
「あんたがやったんだろ……ッ」
「まぁ、そうなんだけどさ。そうじゃなくて、骨骨。痛い所とかない?」
「え、骨? て、あれ……?」
言われて、初めて気がついた。
痛みが全くない。いや、腹部の痛みは健在なのだが、そうじゃない。
意識を失う前、《焔の塔》で火翼竜にやられた箇所。鋭い爪に引き裂かれた体、折れた腕と足、その痛みが全く感じられないのだ。
「何処にも傷がない……」
貸してくれたらしい服を捲り、確認してみるが体中のどこを見ても傷が見当たらなかった。
折れた腕を動かしてみるが問題なし。足も同様に普通に動く。
「一体、どんな手を……。治癒の魔法やポーションでも、ここまで綺麗に治る事はないって言うのに……」
「残念! それは企業秘密だよ?」
ベットの上に座り直したレイが、自分の口に指を当てて片目を瞑る。
シークレット。これ以上、聞くのは野暮というものだ。
「だけど、君に教えてあげられる事もある」
勿体ぶって、「聞く?」と閉じた目を開けるレイ。
勿論、聞く。教えられる事があると言われれば、聞かないという選択肢はクレイにはない。
頷いて、YESの返答を返した。
「じゃあ、全部で二つ。一つ目は、意識を失ってもなお後生大事に君が握っていた剣の所在について」
「——っ! そうだ! 俺の剣! あれがないと俺は!」
思い出す。火翼竜に折られた剣を。
たとえ折れていたとしても、それはクレイに取って大切な物で。
「ぽんっ! じゃじゃーん!」
取り乱して、レイの胸倉を危うく掴みかけた所で、レイが何もない空間から一本の剣を出現させた。
まるで、今巷で流行りつつあるマジックの様に。
その剣に、クレイは見覚えがあった。
握りに刻まれた、『K』と『M』のスペル。
上へ、剣身に目を滑らせれば、そこには無惨にも途中で折れた剣身が——あった。
「……え。は? どうなって! 折れてた筈だろ!?」
見紛う筈も無く、それはクレイの剣だった。
だけど、それはもう剣とは呼べない代物の筈で。
「あれ? 言わなかった?」
「なにを……」
「じゃあ、もう一度名乗ろうか」
「…………」
剣を受け取って、幾ら見ても、その疑念は晴れなくて、「こほん」とレイがその解消に打って出てくれる。
「僕は、便利屋〈キャット〉の店主、レイ・C・キャット! 人捜し! 武器の修理! 代理ダンジョン攻略! 魔物退治! 何でもお任せあれ!」
「……………………はい?」
「あれれ……。ピンと来てない感じ? 良く考えて! 結構なヒントだよ!?」
と、言われてもである。
一体、何処に折れた剣が綺麗さっぱり直った事に関する事が……。
「——『武器の修理』、の所ね」
「あ、メイビス」
開いていた扉から、黒い長髪の美女が入ってくる。
雪の様に白い肌をより白く見せる、黒い皮のジャケットにそのセットの短パン。ジャケットには、レイと同じく便利屋『キャット』のログマークらしい猫の刺繍が入っている。
確か、便利屋〈キャット〉の副店主と名乗っていた人物。
「武器の修理? でも、これはどうみても……」
「『復元』の域にある?」
「…………」
メイビスの言葉にクレイは頷いた。
そう、これはもう修理と呼べる域ではない。
何せ、剣身に身に覚えのある傷があるのだ。
折れていない方にじゃなく、今も《焔の塔》のどこかに落ちている筈の剣身と同じ傷が。
「はい! 詮索はなしなし! 深堀は良くないですぜ? お客さん」
「企業秘密ね……。はいはい、分かったよ」
「理解していただき助かります! それより、どうする? 朝食はパン派? 米派?」
「こめ? なんだそれ。まぁ、せっかくだからそのこめを貰うかな。……て、じゃないだろ! 二つ目! 俺に教えられる事の二つ目がまだ残ってる!」
危うく流されそうになったが、クレイは忘れちゃいない。
全部で二つ、クレイに教えられる事があるとレイは言っていた。
一つ目が折れた剣の復元と来て、二つ目をスルーするなんて事は絶対に出来ない。
きっと、重大な何かがある筈で——。
「あ、ごめん。忘れちった」
「………………ハッ?」
舌を出して、悪びれのない謝罪。
ピキリと、クレイの額で血管が切れた。
「おれはなぁ……っ。クレイ君に言わなきゃ行けない事があったんだよねぇ~。えっと~、ん~と~、何だけっけ? ごめん忘れちゃった、てへ。とか言う優順不断野郎が一番大っ嫌いなんだよお! だったら最初から言うんじゃねえ——!」
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「う、うん。そうだね……」
と、場の空気が凍り付く様な変なキレ方をしてしまったクレイだった。