1話 救世主!猫耳を付けた変人
「くそ……っ。くそ、くそ、くそ……っ」
クレイ・ライト(二十三歳)。職業、冒険者。顔面は中の上、身長は成人男性の平均を下回る一五三センチ。追記、彼女なし。
雨の日、髪の毛先が真上にくりんと反り返ること以外、これと言って特徴のない男だ。
冒険者を初めて早五年、同じ世代にベテランと呼べる熟練者が多い中、未だEランクの最底辺。
だから、ついクレイ・ライトは夢を見てしまった。
最底辺のEランク冒険者が、高難易度ダンジョン《焔の塔》をクリアする、なんて分不相応な夢物語を。
「その結果が、これだ……っ。分不相応は、どれだけ頑張っても分不相応でしかなかったんだ……っ!」
岩壁を背に、眼前、迫り来るダンジョンからの刺客——大群の〈火翼竜〉に折れた剣を向けるクレイ。
これが、今出来る最大限の抵抗だ。何せ、この行き止まりに辿り着くまでに剣は折られ、右足と左腕の骨も折れた。
助からない事は、クレイ自身が一番良く分かっている。
「だけどよぉ……。せめて死に際ぐらい、カッコ良く生き足掻いていたんじゃんよお!」
「グギャヤヤ!」
叫んで、群れの中の一匹がクレイに飛び掛って来た。
大きな翼をはためかせ、トップスビードで加速して、その鋭い爪が、今、クレイの命に届いて——「よおっ!」。
——否、届かなかった。
「グギャ?」
「あ、ごめ……」
「グガァアアアア——ッ!?」
《焔の塔》四階層。今、そんな塔の壁を蹴り破り、猫耳を付けた男が火翼竜を蹴り飛ばして行ったから。
「あちゃー、やっちったぁ……。まさか、壁蹴り破った先に火翼竜がいるなんて……」
塔の中に差し込んだ光の中、無事に着地したらしい男が立ち上がる。
黒い髪の少年だった。猫の刺繍が入った牛皮のジャケットに、そのセットである皮のズボンを身につけた極々普通の少年。
ただ、彼の頭の猫耳だけが普通とは縁遠い。
「て、あれ、人……? て事は君! もしかしてクレイ・ライトって名前の冒険者じゃない!?」
クレイを見つけ、キラキラと目を輝かせながら一目散に駆け寄って来る少年。
未だ、状況を把握出来ていないクレイは、夢現といった感じで呆けた顔を貼り付ける。
「……えと、はい。くれい、らいとです……」
「やっぱり!? ふふん、やっぱ僕天才じゃん! 方角だけ決めて適当にぶっ飛んで来たけど、まさか着地位置に目的の人がいるなんてね!」
「もくてきの、ひと……? えっと、貴方は一体……」
聞いて、男は無邪気な笑みをその顔から消した。
そして、真っ直ぐクレイの瞳を猫目の黒瞳が捉えて、左手を腰の後ろに、腰を低く折り曲げ、右手で弧を描いた。
「僕は、便利屋〈キャット〉の店主、レイ・C・キャット! 人捜し! 武器の修理! 代理ダンジョン攻略! 魔物退治! 何でもお任せあれ!」
そう、これが物語の始まり。
クレイとレイが出会い、本の中の物語の様な冒険を繰り広げて行く二人の冒険譚。
俺と君が、英雄に至るまでのお話——「ぶべっ!」
火翼竜が、レイの頭を蹴りつけて行った。
地面の上をボールの様に跳ね、一○メルほど先の地面にレイが転がる。
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「キャットさぁああああああああん!!」
そうして、二人の始まる冒険は呆気なく幕を閉じた。
かに思えた。
「——本当、詰めが甘いわよね、レイって……」
何処からか呆れた様な声が聞こえて来て、次の瞬間、《焔の塔》四階層のフロアに煙幕が立ち昇った。
直ぐに視界が覆われて、何も見えなくなる。
「ごほっ、ごほ……っ。いったい、なにが……っ」
「ほら、咳き込んでないで行くわよ」
狼狽えていると、すっとクレイの腰に誰かの手が回る。
「だ、誰だ!?」
「え、誰って聞かれると、そうね……。便利屋〈キャット〉の副店主、メイビス。とでも名乗って置こうかな?」
「……べんりや、きゃっと……て、あれ……?」
支えられて、ダンジョンから脱出する。その矢先に、クレイの意識が霞む。
血を流し過ぎたせいか、ずっと気を張り詰めていたせいか、いや、どっちもかもしれない。
「ゆっくり休んで。貴方の命は、私達が保証するわ」
聞こえて、クレイの意識は闇の中へと落ちて行ってた。