11話 依頼人は骸骨
私は、レイブン・ハーベン。骸骨である。
生前の記憶はない。ついでに言えば、服もない、
亡者だから生き甲斐というのは変な話かもしれないが、そんな私の生き甲斐は此処、旧エインズ邸と呼ばれる屋敷へと度胸試しをしにやって来た者達を驚かす事だ。
その七割を若者が占めるが、しかし、それでいい。何なら、若ければ若いほど良い。
何せ、反応が新鮮なのだ。驚いた顔から叫び声、自分の顔を平手打ちする奇行から一目散に逃げ出す脚力、何を取っても私の中のイケナイ部分が刺激される。
一番の好みは、何と言っても若い男女のカップルだ。
此処、旧エインズ邸は、出入口のある歪んだ鉄柵、次に墓地、その次に屋敷という並びなのだが、こないだやって来たカップルなんかは飛びっきりの傑作だった。
無数の剣墓が並ぶ墓地の中、抱きつく様に腕を組んだ男女が幽霊が出ると噂の屋敷へと恐る恐ると向かう。
男性の方は、怯えながらもそのドキドキ感を楽んでいる様子。女性の方は、無理矢理連れて来られたのか今にも泣き出しそうな様子。
剣墓の前、そんな震える女性の姿を見て、何処か満足気な……いや、変態的な笑みを浮かべる男性……。
それを目撃した時の私の気持ちたるや。あまりの気持ちの悪さに、亡者の私でも震えた。
生前の記憶がない私でも、この後の展開は容易に検討がついた。
肩を抱き、女性の体を引き寄せ、耳元でこう囁くのだ。
「大丈夫。僕が君を守るから」
「……レイジくん……」
トキメク女性。
深まる、淡い恋心。
正しく、この瞬間こそ——。
「【じ……じにだぐ……ない……よお】」
「「ぎゃゃゃゃやああああああああああああ!!」」
——至福の時。
剣墓の裏から頭蓋骨を覗かせて、そんな私を見たカップルが悲鳴を上げる。
何と、何と、甘美な響き。耳が蕩け落ちそうになった。
しかし、最も私好みだったのがこの後の展開だ。
女性を突き飛ばし、男性が真っ先に逃げ出したのだ。
地面に倒れ込んだ女性の顔には、失望と絶望が混ざり合った感情がへばりついていた。
だから、私はね。
そんな女性にこう言ってあげたんだ。
「【ごろじで、いい?】」
「ぎゃゃゃゃやああああああああああああ!!」
あぁ……あぁ……なんと、なんと、甘美。
響き渡る悲鳴。地面を濡らす恐怖の雫。
それを聞いて、それを見て。危うく、私は成仏しそうになった。
だがしかし、残念な事に私は成仏する訳にはいかない。
こんな人を驚かす事しか楽しみのない骸骨にも、生前の記憶のないこんな私にも、成さねばならない事がある。
だから、何とか堪えて、私は現世に留まった。
そうして骸骨の器に留まった所で、ふと私は思い出した。
鉄柵から墓地までの道中、男性が女性に聞かせていたとある『お店』の話を。
名を——便利屋〈キャット〉。
何でも、どんな依頼でも引き受けてくれるお店だとか。
思い出した時、私はこれだ!と思った。
思い立ったが吉日。私は直ぐに屋敷へと向かい、何処か懐かしく感じる部屋の中、一通の手紙を拵えた。
手紙を出す方法は、こないだ手に入れた『記憶の欠片』の中、生前の私の記憶の中にあった。
魔力を纏わせ、物体の強度を上げる《イム》。
周囲の風を支配する《ウロ》。
万物に視覚を共有出来る《アズ》。
生前、私が使っていたであろう三つの魔法を駆使して、私は便利屋〈キャット〉の店を見つけ出し、無事に手紙を送り届ける事が出来た。
しかし——。
「あれから、かれこれ半日……。そろそろ来てくれてもいい時間だと思うのですが……」
剣墓の一つ、私の物とおもしきお墓の前。
待てど暮らせど、便利屋さんは一向に姿を現さ——「ぎょえええええええええ!!」。
と、突然、私の体を雷に打たれたかの様な痛みが突き抜けて行った。
地面の上に倒れ込む私。ぷすぷすと煙を上げる私。
すると、まるで様子でも伺っていたかの様なタイミング、二人分の足音が聞こえて来て——。
「悪霊退散! 人々を怯えやかす悪霊はこの僕! 霊媒師レイ・C・キャットが許さない!」
「はいはい。何もしてないのにあたかも自分がやったかの様に言わないでねぇ」
何とも変な……毛色の違う二人が私の前に姿を現した。
一人は、両目を眉間側に寄せ、右手を頭上に、左手を前に突き出した変な格好の……猫耳を付けた変な少年。
もう一人は、そんな猫耳少年の言動に呆れた様子で溜息をつく……見目麗しい、美人さん……。
「結婚してください」
思わず、私は麗しの君に告白をしてしまった。
そして、全てはやらかした後に気づくのである。
「………………」
「……あ……。え、えっと……」
地面の上を這いつくばる骸骨。骨だけの骸骨。麗しの君の御御足に手骨を伸ばす骸骨。
この絶望的な状況を。
「物質創造、『剣』」
「ぎぃやあああああ! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してくださああああい!」
何処からともなく剣を出現させた麗しの君が、私の首筋にその鋭い剣先を向けた。
地面を這う骸骨からのプロポーズ。
客観的に見て、私自身でもドン引きする構図だった。
案の定、私は麗しの君の逆鱗に触れてしまった様で。
みっともなく土下座で降伏する私を、麗しの君はまるでゴミでも見る様な目で見下ろしていた。
正直、昂った。
「レイ。こいつ、殺していい?」
「うん。いいよ」
「いやいやいやいや! ちょ! 本当に待ってください!」
「はいはい。犯罪者は皆そう言うんですよ」
当然、私の弁解は毛程も聞き入れてくれない。
レイさんとやらも、麗しの君に負けず劣らずの冷え切った目で私を見下ろしている。
ゾクゾクしちゃう。じゃなくて、何とか弁解して、私の話を聞いて貰わなくてはならない。
「確かに、今のは私が悪く……て、まさか……」
弁解の言葉を並べようとして、ふと私は違和感に気づく。
麗しの君の御御足に触れながら告白した件。それに関しては確かに十体〇で私が悪い。
しかし、何故、私は最初に攻撃されたのか。
まだ、私は何もしていなかったと言うのに。
「それじゃあ、ちゃんと成仏して——」
「待ってください! 貴女方、便利屋さんですよね!? 私は依頼者! 今日、手紙をお送りした者です!」
「はい? 依頼者……?」
「はい! 私がレイブン・ハーベンです!」
考えた末に出た推測によれば、恐らく、彼等は私の手紙をちゃんと読んでいない。
冒頭と依頼の部分をすっ飛ばし、きっと呼び出し文だけを読んでしまったのだ。
つまりは、誤解である可能性が極めて高い。
だから、きっと私が依頼者だと分かればこの誤解は解ける筈で——。
「えっと、もしかしてだけど……。この汚ったないのって依頼文なの……? 呪いの呪文じゃなくて……?」
懐から黒い便箋を取り出し、レイさんは私に見える様にそれを広げてくれた。
「……あれ?」
見れば、そこには血塗れのダイイングメッセージがべったりと付着していた。




