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便利屋〈CAT〉始めました  作者: ただの屍
第二章 亡者の記憶
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10話 黒い封筒



 初めての開店日から早一ヶ月。昨日と今日、昨日と一昨日、便利屋〈キャット〉の一日は相も変わらない。


 早朝、二つあるお店の看板の一つ、便利屋〈キャット〉の看板を『CLOSE』から『OPEN』へとひっくり返す。

 次に、店内の掃除。主に酒場が中心で、テーブルと椅子を拭き、モップで床を掃除し、グラスや食器をタオルで磨き上げる。

 そうして店内の清潔感を保てば、次は夜の酒場開店に向けての買い出しだ。

 念の為、メイビスは留守番。お店を出立し、レイは朝の街、露店街へと繰り出して行く。

 予めメモを取っていた紙を確認しながら、切らしている調味料、足りない食材、目に入った呪いの面を買い揃える。

 お店に帰宅後、呪いの面についてメイビスに言及され、レイが正座で怒られた一幕は忘却の彼方へ。

 とことん怒られた後は、食材の下拵えへと移る。

 昨日残った食材を優先的に使い、切った野菜やカットした肉をトレイに、煮込み料理なんかは予め仕込んで置く。

 後は、酒場の開店時間までメイビスとカードゲームでもしてのんびりと時間を潰し——レイの惨敗。

 種目は大富豪。三戦三敗。最後の三戦目なんか、ロイヤルストレートフラッシュを決められた。

 開店時間になれば、いよいよ酒場〈キャット〉の看板も『OPEN』へとひっくり返して、訪れるお客さんに真心込めた料理とお酒を提供し——。


「て、これじゃあ! ただの酒場の店主じゃん!」

 

 最初にして最後の一人、熊の様に大きいお客様(熊さん)を見送って、レイは頭のタオルを地面に投げつけた。


「便利屋の方がメインなのに、クレイさん達の依頼を最後にお客さんは○。酒場の方も別段忙しいって訳でもないし……。てか、熊さん以外のお客さん来た事ない……」


 もっと言うなら、赤字だ。

 今日こそは、今日という今日は、そう思って毎朝食材を買い揃えるのはいいものの、結局八割方が破棄である。

 いつも笑顔のレイも、流石に一ヶ月も赤字が続けばカウンターのテーブルに顔を埋めて項垂れる。


「まぁ、原因は明らかだけどね……」


 レイが意気消沈していると、正面、キッチンでグラスを拭いているメイビスがぼそっと呟く。

 当然、目の前なのだから聞き逃す筈も無く、ゆらりと、レイの顔が上がる。


「……ねぇ、メイビス」

「なに?」

「それ、分かってるなら早く言おうよ……」


 グラスの磨く音が奏でられる店内、メイビスとレイの目が合って、首を傾げる女の子が一人。


「え、言う必要あった?」

「ありまくるよ?」


 何を馬鹿な、と言いたい。

 水道代に電気代、二人分の食費だってある。そんな中、売上がマイナスなら今後のお店の経営にも関わって来るし、自分達の生活すら危うい。

 一括でお家を購入しているから家賃がないとは言え、一階の酒場のリフォーム代で貯金もほとんど底を尽きている。

 クレイさんとメアリーさん、二人から頂いた依頼料も十日程前には無くなっているし……。


 このままじゃ、かなりまずい。


「メイビス、原因があるなら教えて! このままじゃ、僕達の未来はホームレス一択だよ!?」


 バンっとテーブルに手を着いて立ち上がり、レイは真剣な表情でメイビスに訴える。

 すると、メイビスは「大袈裟な気もするけど……」と磨いていたグラスを棚に直して、レイの隣りの席へと腰を下ろす。


 そして、二本の指を立てて見せた。


「原因は二つ。一つ目は、衛兵に囚われた事のある異邦人が開いたお店だから」

「……あ……」


 一つ、中指が折られる。

 思い当たる節があって、レイの顔が引き攣る。


「二つ目、見た事も聞いた事もない『便利屋』なんて名前のお店だから」

「……あぅ……」


 一つ、人差し指が折られる。

 こちらもまた思い当たる節があって、レイの胸に鋭い言葉の矢が突き刺さる。


「まぁ、主な原因は一つ目かなぁ。何処かの誰かさんが招いた、人目の多い入国管理署での『僕は怪しくありましぇん』騒動」

「うぐぅ……っ」


 畳み掛けられる。

 まるで、日頃の鬱憤を晴らしでもするかの様に。


「それが無ければ、今よりもお客さんは多かったんじゃないかなぁ。それが無ければ、ね?」

「……ぎ、ぎぶあっぷ……。ご、ごめんなさい……」


 最後、決定的な事実を突き付けられて、レイはテーブルに顔を埋めて撃沈した。


 結論、僕が全て悪う御座いました。


「だとしたら、これから僕達がしなくちゃいけない事ってボランティア活動って事……?」

「そこに私が加わってる件について物申したい所だけど……っ。まぁ、そこは別に問題ないんじゃない?」

「問題ないって、どういう」


 テーブルに頬杖を着いて、余裕綽綽と答えるメイビス。

 その意味ありげな言動に、『どういう事?』とレイはメイビスに言及しようとして——。


 ——突然、店の窓が一斉に開かれた。


「っ!?」

「………………」


 入口付近の二つ、左右の壁の四つ。

 酒場の中にある全ての窓が勢い良く開いて、一人、青ざめた顔でレイが立ち上がり、一人、メイビスが目を閉じた。


「……え……なに、これ……。心霊現象……? ポルターガイストってやつ……?」

「……いや、物体操作の一種ね。魔力の痕跡がある」


 狼狽えるレイとは違い、仕事が早いメイビス。

 魔法に深く精通する『魔法士』の魔力感知、第六感とも呼ぶべきそれが魔力の痕跡を捉える。


「でも、ちょっと違和感……。敵意の色はなし……。まるで、何かを運んで来た様な流れ……。——あそこね」


 言って、メイビスがある場所を指差した。

 酒場の右壁際、入口から見て一つ目の窓があるテーブル。

 ごくりと喉を鳴らし、レイはそのテーブルが位置する場所へと歩みを向ける。

 そして、テーブルの上、『それ』を見つけた。


「……手紙」


 ——薔薇の封蝋に閉じられた黒い封筒。


「呪いの類は?」

「……大丈夫。問題ないわ」


 駆け付けたメイビスが、手紙に手を翳して念の為のチェック。結果は、問題なし。

 ならばと、二人は顔を見合わせ——論ずるまでも無く、メイビスの『やれ』という眼力の前にレイは屈した。


 溜息を吐き出し、すごすごとレイは一歩前へ。


「………………」


 手紙が置かれたテーブルの前、ごくりと喉を鳴らし、レイは恐る恐る手紙に手を伸ばした。


 封蝋を外し、封を開ける。

 中には、二つ折りの黒い便箋が一枚。


 取り出し。


 意を決して、レイはその几帳面に折られた便箋を広げた。



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