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先生、おやすみなさい  作者: けもの
高校二年生
66/85

カミングアウト



 結局あれからも、八島さんは時々電話をくれた。

 コンビニに寄ったけどいなかったと言って、自宅までの帰り道なんかに掛けてきて、相変わらず明け透けに何でも話してくれる。

 似てない双子の弟がいることや、両親がどちらも同じ総合病院で働く技師と看護師であるとか、母親にはバイであることは多分バレているだとか。

 俺は時折聞かれたことを話すくらいで、家族構成や、行ってる美容室、読書と料理が趣味という地味な一面を見せたくらいだ。

 ゲイだということは話していない。俺と八島さんは違いすぎるし、あまり破廉恥な話に発展するのも困る。でも話すのは楽しかった。


 八島さんと食事に行った日の夜に、SNSのアカウントの設定を非公開から公開に変えた。

 バレンタインの事件の後、たくさんの見知らぬ人からの通知が届いて閉じたプライバシーを少し緩めてみることにした。

 八島さんにSNSを教えたことで、鈴木さんと萩原さんに俺のアカウントが知られ、そして小塚先輩からもフォローの通知が来た。もちろん嬉しかった。

 ほぼ料理しか載せていない俺のSNSに、四人はちゃんと、「なんでだよ」と突っ込んだ。

 クラスの人もフォローをくれて、和田さんや荒生さん、一年の時に同じクラスだった幾人かからもフォローされた。

 クラスの人には俺の料理趣味が知られていたけど、そうじゃない人からはやっぱり驚かれた。


 バレンタインに母さんと作ったパブロバというケーキには、100を超える『いいね』がついた。

 母さんが撮った写真が映えていたらしい。

 見知らぬ人からのフォローも増えて、少し緊張した。

 学校にはタッパーいっぱいにクッキーを焼いて持って行った。なんでパブロバじゃないんだとみんなに文句を言われたけど、クッキーは完売した。

 日頃おかずを作ってくれるお礼だと、田中たちがお金を出し合って高級なブランドのチョコレートをくれた。

 友チョコ史上最高額なのでは? なんてふざけたが、名目はなんにせよ、生まれて初めて男からバレンタインチョコレートを貰ったことをしっかりと人生史に刻んだ。

 クラスのみんなが上げたSNSに、俺のクッキーが添えられているのを見つけて、嬉しくていいねをたくさん押した。

 料理よりもお菓子の方が映えるのか、いいねがたくさん付く。俺は承認欲求が今更刺激されて、マフィンやらパウンドケーキやらマカロンにまで手を出した。そこまでは良かったが、シフォンケーキに失敗した。

 料理を失敗したことはなかったから結構ショックだったが、ひしゃげた失敗ケーキを乗せると、何故かそれもいいねが伸びた。


 二月が終わりに差し掛かって、毎日が少しずつ暖かくなる。思い出したように寒い日が来ることもあったけど、少しずつ春が近づいているのを感じた。

 こうして幾たびも季節が巡って、気が付いたら大人になっているのかな。

 俺はその頃、あとなにを失ってるんだろう。

 



 その日は午前授業で、俺のバイトも熊田のデートもなかった。

 久しぶりに四人でボーリングへ行くと決めて、たどり着いてみると改装工事をしていた。

「やってないのかよ!」

 菊池が声を上げて、「そう言えば母さんがそんなこと言ってた気がする」と俺が言うと、「もっと早く思い出せよ!」と厳しく突っ込みが入った。

 しょうがなく近くのファミレスに入ると、林さんが女子二人と座っていた。

「あれー高瀬じゃん、奇遇だね」

 林さんに釣られて手を振りかえす。

「ボーリングに来たら改装してて」

 窓の向こうの防風ネットが掛けられたボーリング場を指さすと、林さんとお友達二人が、「あー」と揃って頷いた。

「うちらはいちごフェア目当て。せっかくだから一緒にどう?」

「えっ?」

 とても気楽に誘われて驚いていると、「俺は別にいいけど?」と田中。菊池は変な笑顔で固まっているから、背中を押してきたのは熊田だ。

「えっと」

 まごつく俺の横で、にこやかなウエイトレスさんが、「どうすんだよ」という空気を醸している気がして、「じゃあ、ちょっとお邪魔して」と相席をお願いした。


「なにこれ合コン?」

 向かい合って座る俺たちを林さんが和ませた。

 共通の友人は俺と林さんだけだと思うと、おそらく俺もホスト的な意識を持たないといけない。まあそもそも俺はゲイだから、菊池のように緊張する必要もない。

「クラスの友達?」

 男たちにメニューとタブレット端末を回しながら林さんに訊ねる。

「そうだよー。隣が戸塚すみれちゃん、そっちが楠木綾ちゃん。私は林早織ちゃん」

 林さんが自己紹介で締めくくって、男子のターンになる。

「じゃあこっちね、隣が菊池優太、その隣が田中瑞樹、一番向こうが熊田昂輝」

 友人の紹介をするって結構照れくさいな、なんて思っていると、みんなが俺をじっと見ている。

「えっ、名前間違ってた?」

「いや、高瀬の自己紹介を待ってる」

「あ」

「まあいいか、みんな知ってるもんね! 高瀬祐希くんでーす」

 林さんがいじりを交えて適当に終わらせてくれた。

 そう、俺のことはみんな知ってると思うと、わざわざ名乗る勇気が出なかった。林さんありがとう。


 よろしくーなんて言い合っていると、注文の済んでいた林さんたちのパフェとポテトが届いた。

 普段、菊池以外は甘いものを食べないけど、せっかくだからと俺たちもいちごフェアのパフェを頼むことにした。

「ポテト食べてて」

「いいの?」

「後から来るそっちのも食べるからいいよ」

「じゃあ遠慮なく」

 三人で手を伸ばして、隣で固まっている菊池の口にポテトを突っ込むと、シュレッダーが紙を飲み込むみたいにしてポテトが消えていった。

「菊池君はなんで固まってるの?」

 林さんが不思議そうに菊池を眺める。

「女子の前だとそんな感じ」

 熊田が言って、「合コンだといつもこう」と、田中が笑いながらポテトを菊池の口にセットした。

 飲み込まれていくポテトを見ながら女の子たちがクスクス笑って、菊池は顔を赤くした。

「あのね菊池君、申し訳ないけどこの二人彼氏いるのよ。だから合コンじゃないの、ただの相席」

「なんだ残念」

 熊田が笑って、「お前も彼女いるだろ」と田中が突っ込む。

 菊池が深く息を吐いて、「よかった合コンじゃなかったー」と安堵してみんなを笑わせた。


 俺たちにもパフェが届いて、菊池が嬉しそうにてっぺんのいちごを口に入れた。それを見て林さんがぷっと噴き出す。

 俺は、「さっき林さんも同じように食べてたよ」と心の中で教えた。


「あ、そう言えばSNSにパフェ画像投稿すると50円引きになるんだった!」

 すみれちゃんが言って、みんながわっと声を上げた。

「やろうやろう」

「せっかくだしみんなで撮ろっかぁー」

「俺ら写ってて彼氏に怒られない?」

「へーきへーき」

「熊田君の彼女は怒る?」

「大丈夫、さっき連絡入れた」

「抜かりねえな」

「ハッシュタグ、合コンではない」

「おっけそれにしよ」


 初めて俺のSNSに男女の青春っぽい画像が上がった。これもまた俺の人生史に刻まれるべき一瞬だろう。

 合コンではないが、今まで合コンを避けてきた俺にはこのシチュエーションも初体験だ。

 三人が初見の女子相手にどんな会話をするのか少しわくわくする。

 少しすると、熊田と田中が向こうの二人とまるで友達みたいに話し始めた。


「すみれちゃんの彼氏ってうちの学校?」「ううん、工業の二年」「綾ちゃんの彼氏は?」「うちの三年」「じゃあもうすぐ卒業かー、寂しいな」「寂しいより大学で遊ばれそうでおっかない」「へーかなり好きなんだ」「んーまあ普通に大好きかも」「普通にってなんだよ」「綾の先輩さあ、一回浮気してるんだよねー」「もーそれ言うの早くない?」「マジ? 許したの?」「だって好きなんだもん」「浮気ってどこまでの話?」「青栄女子の三年の子とラブホ行ってた」「うわ、完全にアウトじゃん! よく許せたな」「ちょっと俺も理解できないかも」「私も絶対無理!」「もーみんなに言われるー」


 何あの会話。

 俺はテーブルの端で背筋を伸ばした。

 あれが先行く者たちの会話か。いきなり名前呼びなのかよ熊田。彼女に怒られろ。

 いやなんなのあれ、全くついていけないんだけど。高校生って浮気にラブホテル使うんだ。ラブホテルって高校生も入れるんだ。どこにあるかも知らないんだけど。

 てか田中おい、君はまだ童貞だろ! なんでそんななんでもないみたいに会話に溶け込んでるんだよ。ひゃーってなれよ! やる事やった相手にがっつり浮気されてるのにまだ好きで付き合ってるとか、飛行機乗ってるくらい上空にいる人の話じゃないか!

 そして林さんと盛り上がっている菊池おい、隣の先行く者たちの会話が全く耳に入ってないのかよ! 一緒にひゃーってなってよ! なんで俺だけひゃーってなってんだよ!


 黙々とパフェを食らいつつ、菊池と林さんの会話を聞いているふりをしながら向こうの話に耳を傾けたが、また耳が老けそうな話題に発展していて、パフェに集中することにした。

「ねえ、高瀬」

 最後の一口を口に入れようとしたところで菊池が話しかけてきた。

「なに?」

「俺たちどう思う?」

「俺たちって?」

「俺と林さん」

 俺は一体何をどう思えばいいのか分からず、両手に顎を乗せた同じポーズでこちらを見る二人を見比べた。

「どうって、気は合うんじゃない? 二人とも食べるの好きだし、お喋りだし。え? どういうこと?」

「私たちも今そう思ったの。だから付き合ってみようかって」

 無意識に椅子から立ち上がってしまった。

「どうした高瀬」

 熊田に見上げられて、「なんでもない」と着席した。

「そんなわけないだろ!」

「おトイレあそこだよ?」とすみれちゃんが向こうを指さした。

「いや、そうじゃなくて、あの……おめでとうございます」

「え、ちょっと何言ってんの?」

 綾ちゃんが首を突き出した。

「この二人が付き合うことになったから」

 俺は右手と左手の人差し指を、菊池と林さんに向けた。


「「「「えっ?!」」」」


 気持ち良く四人の声が揃って、俺はもう一度、「おめでとうございます」と繰り返してパチパチと手を打った。

 カップル成立と相成った菊池と林さんを残し、俺たちは気を利かせて解散することにした。

 二人にアメリカンクラブハウスサンドをみんなで驕った。



「まさかあんな事になるとはな」

 田中がバス停で感想を漏らす。

「何がどうなってああなったわけ?」

 田中に顔を覗かれたが、俺が、「君らの大人の会話に気を取られてて全く分かんない」と言うと、田中が噴き出した。

「あれやばかったよな、俺も頭んなかでうえーってなってた」

「なってたんかい」

「なってたなってた。童貞ってバレてなかった?」

「違和感なく溶け込んでたよ」

 くつくつ肩を震わせて笑っている田中に目を細めたが、田中がちゃんと頭の中で大騒ぎをしていてくれてホッとした。

「女子って男よりも進むの早いよな」

「田中だってスタートは早かったでしょ」

「あれはもう別世界の話だよ。彼氏が別の女とホテル行って許せるかね」

 無理だよ。寝込むよ俺は。

「熊田にどう思ったか聞いてみよ」


 バスが来て、二人で乗り込んだ。席は幾つか空いていたけど、初めて一緒に乗った時と同じ席に座った。二人の時の定位置だ。

「菊池と林さんかあ、似てるところはあるなとは時々思ってたんだよね」

「どういうとこ?」

「食べるのが好き」

 田中は笑って、「幸せ太りするかもな」と平和なことを言った。

「あ、熊田から返事来た」


『無理に決まってるだろ!!!』


 二人で、「だよなー」と笑った。

「な、この後なんかあんの?」

「無いよ」

「じゃあうちこない? それか高瀬の家行きたい」

「じゃあ家来る? お金かかっちゃうけど」

「行く」



 家に帰ると母さんがリビングから顔を出した。

「あらー田中君いらっしゃい!」

「こんにちは!」

「あれ、今日仕事休みだっけ」

「そう。丁度良かったー、新しく出来たパン屋さん行ってきたの。食べない?」

 大きいエコバッグからパンが次々取り出されてダイニングテーブルに並ぶ。

「買いすぎちゃって!」

「おー! 頂きます!」

 田中が喜んでラインナップを眺めた。

「ここ林さんも行ったって言ってた。あ、そういや今日、菊池と林さんがお付き合いすることになったよ」

「あらまあ! 祐希が取り持ったの?」

「ううん。すぐ隣にはいたけど、俺はパフェ食べてただけ」

「なにその状況。まーあの二人食いしん坊だしお似合いか!」

 母さんの言葉で、噴き出した田中がテーブルに突っ伏した。

「高瀬のお母さんにまであの二人の食い意地は浸透してんのかよ!」

「幸せ太りするわねー」

「それはもう田中が予想済み」


 さっきパフェを食べたから、二人ともしょっぱいパンを選んだ。

 母さんは近所の人に頼まれていた食パンを渡しに行くと出て行った。多分夕方まで帰らないだろう。


「高瀬の部屋久しぶりだな」

「夏休みと、秋口にも来たっけ?」

「だっけな」

 俺の部屋には田中しか入ったことがない。四人ではいつも学校から一番近い菊池の家に行く。菊池の部屋は広いし、弟の大樹君にも会いたいからだ。

「フリーは俺たちだけになっちゃったな」

「フリー? ああ恋人ね」

 クローゼットから折りたたみテーブルを出して、グラスを置いてお茶を注いだ。

「田中はどうなの? 佳純ちゃんと、玲奈ちゃんだっけ?」

 去年爆増した合コンで田中が今も連絡を取り合っているらしい二人の名前を上げた。

「実は土曜日に佳純ちゃんと遊んだ」

 俺は齧り付こうとしたカレーパンから口を離した。

「田中くん」

「急に丁寧に呼ぶなよ」

 対面の田中は笑いながら、てかてかと光るちくわパンを齧った。

「なんで言わないんだよ! 今日木曜だよ!」

「キスしたから」

「田中くん!!」

 カレーパンをテーブルに置いて田中を怒鳴った。

「なにがどうなってんだよ!!」

 荒ぶる俺に、田中はとぼけたように首をあちこちに傾け、「何か分かんないけど、そういう雰囲気だったから」とのたまった。

 おいおい、また未知の世界の話かよ。

「詳しく」

 さあ話してもらおう。俺の知ることのできない学生恋愛のあれこれを。

 俺はきちんと正座をして田中に向き合った。

「パン食べろよ」

「いいからキスの話」

 田中は今更気まずそうにパンを頬張って、視線を右上へやった。

「映画見た後にベンチで座って喋ってたら、俺のこと好きだと思うって言われて、なんかじっと見て来るし、ひと気も無かったからなんとなく」

「映画見に行ったんだ。いやそれはいいや。好きだと思う、からのキスって、それもう交際が始まってるよね?」

「やっぱそうなるのかな。なにも変わった感じはしないんだけど」

「そんなわけないよ! 交際だよ! よくさっきフリーは俺たちだけになちゃったなーなんて言えたね!」

「あんまり実感が湧かなくてさ」

 ぼんやりとしている田中を呆れた気持ちで見ながらカレーパンを齧った。

 揚げたてはふわっと膨らんでいただろうカレーパンはぺしゃんこになっていたけど、生地はモチっとしていて、ルーの味もピリッと辛く美味しい。

 熊田と彼女は、冬休みの親が不在の隙にあれを済ませたらしい。

 多くは語らないが、あれを知った熊田はどうにも自信に満ちているように見える。

 まあそうだよな、思春期の一番の関心事を誰よりも早く経験したんだから。

 みんな次は田中だと思っていたけど、突然菊池が青春ルートに突入した。林さんと菊池のスピード交際は理解の範疇を超えている。もしかしたら今まさに何かが起こっていても不思議はないとさえ思う。

 林さんに彼氏がいた話は聞いたことがないけど、あの人は度胸があるし、好奇心も強いから分からない。

 そして田中だ。

 ほんのついさっき俺を仲間に連ねていた癖に、いつの間にかデートに行って、告白されてキスまで済ませていたなんて。

 青春っていうのは求め合う者同士が出会うと、あっという間にことが起こるんだな。八島さんにも起こっていたあれだ。ワープ現状。

 俺にも出会いはあったけど、結果はさもありなんというやつだ。

 マイノリティ。少数派。


「ついにこの日が来たか」


 突然自分の立ち位置が暴かれたような気がして、心の中で言うつもりが口に出てしまった。

「何言ってんだよ、チャンスはたくさんあったくせに」

 案の定、突っ込まれてしまった。

「チャンスなんて一度もなかったよ」

 おいおい、まてまて、何言ってんだ俺。

「どういう意味だよ」

 自分で作った会話の流れに自ら行き詰まって、顔を背けた。

 閉め忘れたクローゼットが俺の視線を引き取り、その奥にしまいこんだ紙袋を見つけて心が落ちた。


 あー、何やってんだろ俺。


 後悔は直ぐに湧いたけど、同時に青いストールの柔らかい肌触りが頬に蘇って、じわっと目頭が熱くなった。

 記憶は連なって、先生のあったかくて大きな手の感触を思い出してしまった。

 止めるまもなく涙が落ちた。

「高瀬、おい……」

 慌てた田中が腰を浮かせ、首を振って止めた。

「ごめん、ちょっと」

 立ち上がってクローゼットを閉めた。揺れる釣り戸に頭を押し付けて自分を叱る。

 なにやってんだよ友達に彼女が出来たってときに。

「なんでもないよ」

 涙を拭って笑って見せたが、田中は完全に固まっていた。

 元の場所に座って、口に着いたパン粉のくずを指先で払う。

「そういう時って玲奈ちゃんにはなんていうの?」

「いやいやいや! そんなんどうでもいいわ!」

「どうでも良くないよ、佳純ちゃんと付き合うんでしょ? ちゃんと言わないと」

「そんなんもどうでもいいよ! なんで今泣いたんだよ!」

 田中は腰を浮かせたまま、険しい顔で見下ろしてくる。

「情緒不安定なんだよ、まだギリギリ思春期だからさ」

 俺は悪あがきをして、適当なことを言ってパンを齧った。

「そんなん通用しねえよ!」

 情緒不安定なのは事実なんだけどな。

 黙っていると、田中はゆっくり元の位置に座った。

「……俺には話したくないか?」

 相変わらず厳しい顔の田中が、心配そうに俺を窺う。

 話したくない? 田中に話したくないかって?

「話したいよ」

「え?!」

 驚いて前のめりになる田中を口を曲げて眺める。

「話したいけど、あんまり話したくないことも言わなきゃならなくなるから、話したいけど話したくない」

 田中の眉間に皺が寄った。細かく動く黒目で、思考が混迷しているとよく分かる。俺は申し訳なさで失笑した。

「ごめんね、意味わかんないよね」

 カレーパンは自分のうっかり発言のせいで途端に味気なくなった。辛みだけが口の中に残って、それをお茶で流した。

「……あのさ」

 顔を上げた俺を田中がチラっと見て視線を落とす。

「全然関係ない話だったら、ほんと訳わかんないことになるけどさ」

 田中がいつもと違って不明瞭な前置きをしている。

「どうしたの?」

 さっき突然涙を零した俺が言うことでもなかったけど、それでも聞かなきゃいけないほど、田中がおかしかった。落ち着きなく頼りなげで、いつもの田中とは真逆だ。

「ずっと気になってたんだ」

「俺が付き合わないこと?」

「それもそうだけど、そうじゃなくて」

 こんなに言いにくそうにしているなんて、一体どうしたんだろう。

 続きを待っていると、田中はしばし心の中で何かと葛藤してから、やっぱり言うことにしたらしく、俺の目を今度こそ真っすぐに見た。

「去年の十一月に高瀬を見たんだ。隣の市の駅前のターミナルのところで」

「ターミナル?」

 俺が記憶を掘り起こす前に田中がその先を続けた。


「高瀬は背の高い男の人と一緒にいた」


 吸い込んだ息が震えた。

 忘れられるはずもない。先生が俺のためにバスを降りてくれた日。

 そして今もこの部屋で一番特別の称号を譲らない、青いストールをくれた日。


 田中は俺の顔を眺めて、眉間の皺を消した。

「あんなに高瀬が楽しそうに笑ってるの、見たことなかった。学校では四人で仲良くやれてるって思ってたけど、それでもあんな高瀬は見たことなかった」

 思考があの日と今で彷徨っている。

 田中は俺の明らかな動揺を見て、少し悲しそうに眼を細めた。

「なんでか分かんないけどさ、あの時思ったんだよ。あの人が高瀬の恋人だって」


 ふいにお香が漂った気がした。

 あったかい先生の体温が耳に触れた気がして、俺を呼ぶ声が、その奥で響いた。


 違う、そうじゃないよ田中。恋人じゃない、そうじゃない。

「だから高瀬は女の子からの告白を断るし、合コンにも来ないんだって」

 違うよ、違う。

「あれは……先生だよ」

 声が震えて喉に力を籠めた。

 先生と口にした途端、また涙が競り上がってきて、目を顰めて塞き止めた。

 田中はすぐに意味が分かったようで、「あれが先生か」と呟いた。

「思ってたより若かった。でかかったし」

 田中はまだ戸惑ったように首を傾げている。

「俺がゲイだと思ったの?」

 言うと田中はハッとして、視線をテーブルの縁に留めた。少し後悔しているようにも見える。

「うん……そう。納得できる気がしたんだ。告白を全部断るのも、合コンに来ないのも、時々俺たちからも離れて一人になるのも」

 そうだよね、やっぱり変だったよね。

「そうだよ」

「え?」

 顔を上げた田中に頷いて見せた。

「俺、ゲイなんだよね」

 田中は口を開けたまま、ゆっくり目を見開いた。

「半分、正解したわ」

 俺は笑ってしまった。



最近の高校生って合コンするのかな。

合コンって呼び方はするんだろうか。

そろそろこれに変わる言葉があってもおかしくないと思うけど。

姪っ子に聞いてみたけどまだ返事がない。

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