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先生、おやすみなさい  作者: けもの
高校二年生
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合コンだって、俺はバイトだけど



 バイトは週に三日から四日の勤務で、一日は休日に入る。所得税が発生しない程度に組むねと言われて、よく分からないまま頷いた結果そうなった。

 調べると、月のバイト代が一定額を超えると所得税で10%持っていかれるらしい。

 所得にかかる税。

 聞いてはいたけど、実際に働いてから持っていかれる金額を考えるとグッとくる。もちろん税金が自分たちのために使われているのは分かっているけど、やっぱりグッときた。


「シフト教えて」

 言われて先生にシフト表を送ったけど、特にコメントはなかった。でも理由は直ぐに判明した。

 先生は俺がシフトの時にお店に顔を出してくれた。そういう意味だったのかと分かると、嬉しくてやる気が湧いた。

 もちろんあてずっぽうに来て、いなかったと喚く菊池たちにも感謝している。

 新商品のエクレアが美味しかったから林さんに買っていくと、「自分で買いに行くって言ってるでしょ!」と怒られた。「働いてる意味がない!」と言いながら美味いと平らげる姿を笑って、「そのうちお店にも来てね」と誘うと、後日お姉さんと来てくれた。弟がいることは知っていたけど、林さんが妹だったことに驚いた。


 鶴見が来たこともあった。

 ビシッとスーツを着て、家の方向が全然違うのになと思っていると、「これからピアノのコンクールなんだ」と、おにぎりと暖かいお茶を選んだ。

 一緒に入ってきた綺麗な人はお母さんで、「お姉さんじゃないの?」と俺は真面目に言ったが、お母さんは、「お上手ね!」とレジ横にあったいちご大福を買ってくれた。

 孝一のお母さんよりもさらにゴージャスな感じのお母さんで、いつもナチュラルスタイルの鶴見の髪が、バシッとセットされているのも新鮮だった。


 知り合いだけでなく、色んな人がコンビニにはやって来る。

 休日の早朝は普段は人が少ないらしいが、最近は近くの現場で働く男性客が来る。

 派手な髪色の見た目の割にと言っては失礼だけど、俺の要領が悪い時も、「慌てないでいいよ」と言ってくれ、時々「行ってきます」とか言ってくる人もいて、もれなくたくましいその姿に少しドキドキしてしまう。

「ありがとうございました」と頭を下げて、心の中で「いってらっしゃい!」とか言ってしまって正直楽しい。


 平日は忙しい。

 俺の入る時間は帰宅ラッシュに当たり、バス停前という立地もあってか、部活終わりの学生や仕事帰りの人がお弁当目当てにやってくる。

 社会人は来店時間が遅くなるにつれ、顔色や態度が悪くなる。

 疲れているんだと思えば気にもならないけど、ひどく虚ろな顔をしながら揚げ物がパンパンに詰まったお弁当を買っていくスーツ姿のお姉さんを見ると心配になる。

 仕事が辛いのか、人生が辛いのかと心の中で訊ねてしまう。そういう時は母さんが言っていた、「胃腸が丈夫な人は長生きする」という言葉を思い出すようにしている。


 禁煙中のおじいちゃんは今のところタブレットでなんとかなっているらしい。種類が多いところが良いらしく、俺が勧めた商品も気に入ってくれた。ただ服は相変わらずタバコ臭い。プライベートブランドの柔軟剤を勧めようかと思いついたけど、大きなお世話だなと思ってやめた。


 自分では目に留めないような商品を買っていく人に出会った時は倣って買ってみることにしている。

 試すと意外と美味しかったりして、そんなことで自分の狭い世界を認識させられたりする。

 まだひと月も働いていないのに、あっという間に今までの人生で関わった人数を越してしまいそうだ。

 殆どはお決まりのやり取りで、時々感じが悪い人やオール無視な人もいて心の中で大騒ぎするけど、後で店長やバイトの人と共有するとサクッと忘れることができるのも学んだ。


 働くのは大変だ。覚えることも多いけど、やっぱり人への対応にはつど気をつかう。

 バイトは一瞬のやり取りだけど、年間を通して何十人もの生徒を受け持って過ごす先生は、きっともっと色んな考え事があるんだろう。それなのにもっと何かしてあげたいなんて、大人のキャパシティってどうなってるのかな。



 バイトを始めて良かったことがもうひとつあった。合コンを嘘なくかわせることだ。

 最近とみにそういった話が増えた。クリスマスに向けてだと田中が言っていた。

 この前も熊田が例の後輩の子とその友達と一緒に放課後ファミレスに行こうと誘ってきた。

 田中が珍しく了承して、菊池は何故かあわあわしていたが、田中が行くと言ったのを聞いて、「じゃあじゃあ行きます!」と挙手した。

「高瀬は?」

 俺がとても残念がって「バイト」と言うと、熊田と田中には「ハイハイ」と適当に頷かれ、菊池は「何でだよお!」と俺に縋った。

「気の合う子がいると良いね」

 菊池には引っ付かれても気にならなくなった。

 文化祭で動揺を超える友情を感じたのかもしれないし、彼女が欲しいと言いつつ、誘われてまず怯えてしまうところに親和性を感じるからかもしれない。

 結局ファミレスに行った後、全員が得意になったボーリングに行くというプランを提示されて、菊池も前向きになったようだった。

 俺は励ましの意味を込めて、熊田のヘアワックスを借りて菊池の髪をセットした。


「いいじゃん」

「うん、似合う」

 熊田と田中に褒められて、菊池もトイレの鏡で嬉しそうに自分を見ている。

「先いくどー」

 二人が出ていって、俺はワックスのついた手を石鹸で洗った。

「高瀬、ありがと」

「気に入った?」

「うん!」

「菊池は眉毛がはっきりしてるから、前髪を上げたらいいと思ってたんだ」

 濡れた手をハンカチで拭いて、ニキビをコンシーラーで隠した菊池の横顔を見る。

 うん、とても清潔感がある。頑張れ菊池!

 心の中でエールを送っていると、菊池が口を開いた。


「俺さ、中学ん時に仲良かった子に告白されて断ったことがあんだよ」

「え、そうなの?」

「友達だと思ってたからビックリしてさ、そもそも誰かと付き合うなんて考えたこともなかったから、友達がいいって言って断ったんだ」

 振り向いた菊池と目が合って、俺が頷くとまたすぐ視線は鏡に戻った。

「でも友達じゃいられなくなった。まあそりゃ向こうからしたら気まずいよな。俺は普通に話し掛けたりしてたけど、気遣わなくていいよとか言われて、何だよ断ったら友達じゃなくなんのかよってガッカリした」

「……うん」

「その子さ、うるさい俺の話をいつも笑って聞いてくれた。その頃の俺はすげーチビだったし、髪だって寝癖のままだったりして、そんなんでも好きになってくれる子、これから先現れるんか? って今は思う。勉強は英語しか余裕ないし、身長も172で止まった。ニキビは気になるけど食べるのは好きだし、運動してないからいい身体でもない。熊田みたいな勇気もないし、田中や高瀬みたいに余裕もない。すぐあわあわしちゃうしさ。一年生とはいえ、女の子って精神年齢高いから、俺なんか見向きもされなそうだなって、正直かなり不安なんだ」

 菊池のテンションが文字数に反比例してどんどん低くなっていく。ただこの積極的なマイナス思考には大いに身に覚えがあって、正直に言うと耳心地が良かった。

「なんで笑ってんだよ」

 口を尖らせた菊池が俺を見ていた。

「いいや」

 俺には合コンで友達にアシストできるようなスキルはない。だから、俺がずっと先生にもらってきた前向きな気持ちになれる言葉をあげようと思った。

「菊池は明るくてお喋りなのがいい所だよ。英語ができるのもめちゃくちゃかっこいいし、弟想いで優しい。好き嫌いがなくて、俺が何作ってもいっぱい食べてくれるのも嬉しい。それに――」

「それに?」

 口元が嬉しそうになっている菊池を見て、今は迷わず全力を出すべきだと決心した。

「今年のゴールデンウィーク明けに、俺のいないところで俺のこと庇ってくれたの、凄く嬉しかった」

「え? ゴールデンウィーク明け?」

「うん。森崎さんが登校してきた日」

「え……え?! あれ聞いてたの?!」

 ぼんやりとした菊池の顔が、ハッとして強張った。

「知り合いじゃないのに何でだろうって思ったけど、それでも励まされた」

 しまったというように口を覆った菊池の顔を笑顔で覗き込んで、自分が先生に言われて一番嬉しかった言葉を心の中で準備した。


「菊池はそのままで大丈夫だよ、何にも心配ない」


 菊池の顔がふにゃっとなった。

「励まされた」

「良かった」


 結局、菊池と田中が彼女たちとどうこうなることはなかったけど、いいお友達にはなったらしく、熊田は澤田来美ちゃんとお付き合いを始めた。



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