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先生、おやすみなさい  作者: けもの
高校一年生
17/85

お正月



 冬休みに入り、夏と同じように短期の講習を受けて、元旦にはいつもの三人と初詣に出かけた。


「寒いねー」

 合流早々言った林さんに、「いや、あけましておめでとうでしょうが!」と持田が突っ込む。

「新年から漫才してる」

 鶴見が笑って、俺も寒さに身を縮めながら笑った。


 いつもは親と地域の神社に行くくらいだったけど、今年は誘いに乗って、市の一番大きな神社まで来た。

 持田は神社で新年を迎えようと張りきったけど、三人が寒がって、結局元旦の昼過ぎに集まることになった。


「あー、お昼にあんなにお雑煮食べなきゃよかった。去年ってこんなに出店あったっけ?」

 林さんが恨めしそうに賑わう出店を眺める。

「俺は去年は来てない」

「俺もー」

「俺は近いとこに行った」

「高瀬はよし! 持田と鶴見は去年の分もお賽銭奮発しなさい!」

「じゃあ百円」

「俺もー」

 新年からどうでもいい会話をしながら、参拝の列に並ぶ。

 確かにいい匂いだ。お昼ご飯は食べてきたけど、せっかくだから何か食べたい。

 暖簾と匂いをヒントに思案をしていると、「あ」と林さんが声を上げた。

「ねえあれってさあ、高瀬の友達じゃない?」

 林さんが指した先に、晴れ着姿の松島さんと森崎さんが居た。

「ホントだ」

「あの二人って友達なの?」

 林さんに訊かれて、自分も疑問に感じていたことを思い出した。

「俺もよく知らないんだ。一度二人でいるのを見たことがあるけど、仲がいいようには見えなかったし」

「そもそも高瀬とはどういう知り合いだっけ?」

「シュークリームの子はシュークリームきっかけだよな?」

「うん、森崎さん。メガネの子は図書委員の松島さん」

「ああー、高瀬は図書室によく出没するもんなー」

「熊みたいに言うな」

「じゃあ、別々に出会った二人が、実は友達だったんだ」

「そうみたい」

 二人からお互いの話が出たことは一度もなかった。でもああして一緒に晴れ着で初詣に来ているんだから、仲がいいんだろう。

「声掛けないの?」

 林さんがからかう目だ。

「向こうが気が付いたらね」

「ふーん」

 出店からソースのいい匂いが漂ってきた。焼きそばにしようかな。ちょっと食べ過ぎかな。

「高瀬って、女子嫌いなの?」

「へっ?!」

 素っ頓狂な声が頭のてっぺんから出ていった。

「なにその声」持田が笑って、「今のはシの音」とピアノをやっている鶴見が頷く。

「絶対音感やめて」

 俺はなんとか笑顔をこさえて、バク上がりした心拍を右手で宥めた。

「別に嫌いとかではないよ!」

 林さんはあからさまに疑うような目で見てくる。

「荒生さんも駄目、瀬尾さんも駄目、佐藤あかりちゃんも駄目で、三住文香ちゃんも駄目。和田さんも駄目で、あの二人も駄目」

 俺の告白履歴を正しい順番で羅列していく林さんに戦慄した。

「え?! 高瀬、五人も振ってんの?!」

「なんで全部知ってるんだろうこの人」

「女子はなんでも知っているぅ!」

 林さんが「ふははは!!」と大きく笑って、その声で、丁度通りがかった松島さんと森崎さんが俺に気が付いた。

「あ! 高瀬君!」

 二人が草履を鳴らして駆け寄ってくる。

「林、わざとでかい声で笑ったな?」

 鶴見が言って、林さんがニヤッと笑った。悪い顔をしてる。

「あけましておめでとう!」

 黄色が眩しい振袖の森崎さんが、跳ねるようにお年始の挨拶をくれた。水色の振袖の松島さんも小さい声で続く。

「おめでとう、二人とも綺麗だね」

 俺が返すと、持田がからかうように顔で遊んだ。俺はそれを見ないようにして、「二人は友達なの?」と思い切って訊いてみた。

 二人は顔を見合わせて、「そうだよ!」と森崎さんが頷く。

「どういう友達?」

 林さんが振り返って訊くと、森崎さんは驚いて、一瞬、ほんの一瞬だけ、林さんを睨んだ。

「あ、クラスの子?」

 すぐに笑顔に変わった森崎さんに、そばにいた三人を紹介した。森崎さんは急に視界が開けたような顔になった。

「ごめんなさい気が付かなかった!」

「いいのいいの~」

 林さんがおばさんのように手をひらひらと振る。

 明るい声で笑う森崎さんの後ろで、松島さんがずっと黙っていた。口元が硬く結ばれている。

「松島さん、今日はメガネじゃないんだね」

 声を掛けると、松島さんはハッとして、「着物だから」と照れたように俯いた。

「髪を上げてるのも似合うね」と続けると、さらに俯いてしまった。

「そんなに俯かないで」

 俺が笑うと、「ほら、顔あげなよ!」と森崎さんが松島さんの腕をつつく。

 その時、参拝の列が動いた。

「あ、それじゃあ」

「うん! 三学期に!」

 手を振って二人と別れた。


「高瀬は、悪い男だと思う」

 焼きそばを食べることを決心したところで、持田が言った。

「俺も」

 鶴見も同意する。

「なんで?」

「さらっとした褒め方が絶妙」と林さんが肩を竦める。

「え、でも女子ってあれくらい褒めあうよね?」

 内心ドキドキしていた。問題なくやり過ごしたとホッとしていたところだった。

 林さんはそんな俺を見透かすように、視線を大きく上下に動かして俺を眺める。

「女同士ならね、男でそれができるのは悪い男」

 喉がぐっと押されたようになった。

 女子同士に近いんだよ! とは言えないが、悪い男だという風評もあっては困る。

「てかあの二人絶対高瀬が好きでしょ! 褒められて顔赤くしてたし! もう一人は林のこと睨んでたじゃん!」

 持田が騒いで、「俺も気が付いた」と鶴見が頷いた。

 俺もその眼差しは気になった。だからつい、松島さんだけを褒めてしまった。

「鋭い眼差しが怖かったわ」

 なぜか林さんは嬉しそうにしている。

「もう少し距離を取らないと」

 ため息まじりに呟くと、「本当にお前は誰ならいいんだよ!」と持田が俺の背中をどついた。


 おみくじは全員大吉で、お賽銭は115円を投げ入れた。

 良い縁を願うというよりも、居心地のいい友人が三人もできたことへのお礼を神様に伝えたかった。出だしはあまり良くなかったから。

 でも、新年早々悪い男だと言われてしまった。

 二人は本当に俺のことが好きなのかな。

 どうしよう。俺はどうしたらいいのかな。



 三が日は父さんと母さんの実家へ行って、お年玉をもらって帰路に就いた。

「お年玉で何買うの?」

 帰りの車中で、母さんが後部座席にいる俺を振り返った。

 正直欲しいものは無かったけど、「冬になったら機種変更でもしようかな」と返事した。

「だいぶ先の話だね、機種変くらいしてあげるわよ。他には?」

 他に? 彼氏とか?

 はいはい、お年玉で買えるものだよね。

「んー、欲しいものがあまりない」

 高速道路から見下ろす街並みを眺めて呟く。

「うちって、この子に贅沢させすぎてる?」

 母さんが運転席の父さんに真面目に確認した。

「そうかあ? 会社の人はもっと色んなもん子どもに強請られて、いっつも怒ってるけどなあ」

「そうなのよね、お義姉さんとかもいつも文句言ってるじゃない。なんかないの? ゲームとか?」

「別にやらなくてもいいかなあ」

 言いながら、ゲームくらいやって現実逃避をした方がいいのかもとも思った。でもそれなら本を読む方が好きだ。

「ていうか、あんたの今着てる服って、去年の正月休みにアウトレットモールで買ったやつじゃない?」

「んー? そうだね、スニーカーも、上も中も全部そう」

「嫌だ! モテない男みたい!」

 失礼な、異性にはモテてるよ、無意味に。

「じゃあ今年も行くかあアウトレット」

 のんびりと言った父さんが、ウインカーを出して高速の出口を降りた。


 去年と同様にアウトレットモールは混んでいた。マスクをして、父さんに電子マネーをチャージされて、三人で人混みの中に突撃した。


 おしゃれに興味が無いわけではない。髪型だって毎朝セットしている。なにせ清潔感が大事だと初恋相手から学んでいるから。

 持田が持ってきたファッション雑誌を眺めてみたりもする。ただモデルに目がいってしまう。どの恰好が似合うか、なんて会話の合間に、好きなのはこの顔で、でもこの人の方が体格がいい、とか思ってしまって頭を抱えそうになるだけだ。

 自分の為に着飾る気にもなれない。なんだかちょっとゲイっぽい気がするからだ。

 俺の脳は、ほとんど自分をゲイだと認めながら、それでも時々衝動的に否定したくなったりと、未だに平静と混乱を繰り返している。


 したいファッションもない俺は、おしゃれな店員さんが履いているモデルのスニーカーと、万人が似合いそうなインナーのTシャツがセットになった無地のトレーナーを買った。

 パンツも買おうかと思ったが、試着が混んでいたから止めた。

 どうせほとんど着ることはない。学生は制服と寝るときのスウェットがあれば生きていける。今着てる服だってまだ着られるし。

 買い物袋を下げて両親に終わったと連絡を入れると、母さんから早すぎると苦情の返事が来た。

 何か飲み物でも買いに行こうかな。でもフードコートはもっと混んでいそうだ。


 吹き抜けから階下を見下ろしていると、そこに甲田がいた。

 なんでよりにもよって甲田なんだろう。

 手すりに肘をついて目で追った。

 思いもよらない場所で会うってことは、それなりに近い運命をたどっているのかな。戯れにスピリチュアルなことを考えながら、意外とファッションは無難だな、なんて思った。

 甲田は例によって女の子と一緒だった。

 白いふわふわしたニットに、短いパンツからすらっとした脚を出した、スタイルのいい女の子と手を繋いでいる。

 甲田の腕にかけてあるのは女の子のコートだろう。俺はそれを見て鼻で笑った。

 二人がエスカレーターに乗ってくるのを見て、俺は慌てて後ろの店に逃げ込んだ。

 球技大会の時に、唐突にサッカーを辞めた理由を聞かれたが、それからはまた目も合わせていない。

 和田さんの時のあれは、時間が経ってみると結構なことを言ってしまったと思った。でも向こうだって和田さんを侮辱したし、俺を童貞呼ばわりした。まあ童貞は事実だけど。

「試着されますか?」

「え?」

 突然、後ろから声を掛けられた。振り返ると、背の高い男性店員が、俺の前にあるデニムを手のひらで示す。

「あ、えっと」

 あれ、やばい。この人はちょっとだけ好みだ。ドキドキする。

「こちら、裏にクラッシュ加工が施されていまして」

「クラッシュ?」

 裏返すと、裏腿の辺りに大きな裂けがあった。

「これは……母に縫われそうですね」

 つい素直に感想を漏らすと、店員さんがくすくす笑った。

 あ、八重歯がある。

 八重歯が唐突に癖に刺さった俺は、今すぐ走って逃げたくなった。

 でも甲田がいると思うと迂闊に動けない。

 ここはデニムの専門店らしい。俺はどうしようかと迷って、「ブラックデニムありますか?」と訊ねた。

「ノンウォッシュがいいですか?」

「綺麗な感じがいいです」

「こちらです」

 俺は案内されるままに奥へと付いて行った。

 ファッションも清潔感が大事だ。裏腿に穴などが空いていては困る。


 デニム専門店だったが、普通のパンツも置いていた。

 デニムより色落ちの少ない、黒いチノパンを選んだ。

 試着室でチャックが噛んで、カーテンの向こうにいた八重歯のお兄さんが、「手伝いましょうか?」と声を掛けてきた。少し想像して、ふざけるな勃起するわ! と心の中で突っ込んで、「大丈夫です!」と強めに断ると、クスクス笑う声が聞こえて、首のあたりがむずむずした。


「裾上げも必要なさそうですね」

「はい」

 思ったより気に入ったラインで満足した。

 少しだけチャージをオーバーしたので、お年玉を投入することになったけど、長身の八重歯のお兄さんにお会計をしてもらって、ちょっといい気分だ。

「最初は色落ちがあるので、水通しをして──」

 ふんふんと聞きながら、かわいい子に接客されたらなんでも買っちゃうおっさんってこんな感じかな、と思った。

「よお高瀬」

 覚えのある声が俺を呼んだ。

 俺は八重歯のお兄さんと目を合わせたまま、がっかりした顔をしてしまった。

「甲田」

「偶然だな」

 甲田は相変わらずのニヤニヤ顔で立っていた。

「可愛い彼女はどうしたの」

 さっきの脚の寒そうな女の子は見当たらない。

「なんだ、見てたんだ」

「邪魔しないように避けたのに」

 俺は肩を竦めて見せた。

「童貞には眩しかったか?」

 おお、まだそれを言うのかくそったれ。

「眩しいっていうか、寒気がした」

「はぁ?」

「彼女、脚の露出が多かったからさ」

 甲田の眉が吊り上がった。

「お前なんなの?」

「声を掛けてきたのはそっちなんだけど」

「むかつくからだよ」

「わざわざむかつきに来なくていいよ。マゾなの?」

 ああいけない。つい一言多くなってしまう。自分でもなんでこんなに言いすぎてしまうのかは分からない。ただ、こいつに勝ったと思わせたくない。

「お前なんでそんなに──」

 苛立ったように一歩近付いた甲田から一歩下がる。

「ほら、彼女が探してる」

 通路できょろきょろと辺りを見回す女の子を甲田に示した。

 甲田はチッと舌打ちをすると、俺を睨みつけてから女の子のところへ戻っていった。

「すみません」

 深く息を吐いて謝ると、カウンターに肘をついて口元を抑えていたお兄さんが、耐えかねたようにクスクスと笑った。

「いいや、面白かった」

 お兄さんは首を伸ばして店の外に視線をやって、「確かに脚が寒そうな彼女だね」と八重歯を見せて笑った。

「一回水通しします」

 テンションが完全に下がった俺は、袋を受け取ってさっきの説明を繰り返した。

「またおいでよ」

 言われてドキッとした。

「来年の年始には、来る、かも」

 鼻を鳴らした店員さんは、「残念だな」と、また八重歯を見せて笑った。



 それからしばらくの間、八重歯のお兄さんが俺のいわゆるおかずとなった。

 あの八重歯に甘く噛まれるのを想像すると、堪らなく気持ちがよかった。

 具体的な想像ってこういうことかと、声を殺しながら毎夜快感に浸った。



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