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先生、おやすみなさい  作者: けもの
高校一年生
14/85

和田さんの告白



 夏休みが明けてすぐ、お昼休みに和田さんに呼び出された。

 わざわざ何だろうと思って図書室に付いて行くと、好きですと告白されて面食らってしまった。

 俺のすっとぼけた顔を見て、直ぐに脈なしだと分かったらしく、和田さんは大笑いした。

「分かった、忘れて」

 くすくす笑う和田さんに、俺は動揺が止まないまま、「ごめん、びっくりして」と、なんとか言葉を絞り出す。

「こっちこそごめんね」


 和田さんは今までの女の子たちのように俺を置いては行かなかった。

 二人で誰もいない図書室のテーブルに着いて、どのようにして和田さんが俺を好きになったかを聞かせてくれた。

 和田さんの口から語られるそれは、とても自然な成り行きに感じられた。然るべき二人なら恋も成就して、それからさらに青春が紡がれていくだろうと想像できた。

 原画展へ出掛けた日もいい印象だったらしい。どの辺がそうだったのかは、もちろん俺には分からない。

 全然嫌な気なんてしなかった。和田さんを可愛いと思う。なのに違った。違うのは俺だ。


 ストレスなく続く会話、この年頃では人口のあまり多くない読書という趣味が合って、同じくらいのテンションで、見た目に嫌悪感があるわけでもない。

 ただ性的に、俺は和田さんに欲情しない。そんなことを伝えることはできない。

 きっと和田さんは、自分が俺の好みじゃないんだと考えるだろう。

 俺はまた友人を失ってしまう。言い知れない不安のひとつは間違いなくこれだ。

 好きなんだよ、俺は和田さんが好きだ。

 どうして俺は、この気の合うかわいい子にキスができないんだろう。抱きしめたいとか、服を脱がせたいだとかいう衝動が起こらないんだろう。どうしてそれを考えるだけで、嫌な気持ちになってしまうんだろう。

 こんなに居心地のいい彼女をそんな目で見るなんて、信じられないことな気がしてしまう。でも彼女はそれを俺に許せるんだ。

 小さな顎に触れて、唇にキスをして、濡れた舌を絡め合いたい? 本当に? そんなことを望んでいるの? 俺には信じられないんだ。全然したいと思わないんだよ。


 さらさらと揺れる和田さんの真っすぐな前髪を見ながら、机の下で昔母さんが教えてくれた合谷と呼ばれる万能ツボを押し続けた。


 自分への失望感で全身を満たして教室に戻ると、枝野と田丸が俺を囃し立てた。

「高瀬また告白~?」

「あの子甲田が好きだったじゃん。取っ替えさせたんだなー、やるじゃん」

 嫌な言葉で俺をからかう二人の間に甲田が居た。俺を見て薄ら笑っている。

「そんなんじゃないよ」

 声色を変えないように言って席に着いた。

「良いじゃん付き合えば。可愛い子じゃん? よく見れば」

 甲田の言葉に、目じりがピリピリと痙攣するように疼いた。

「和田さんは可愛い子だよ、よく見なくても」

 冷えた眼差しで睨みつけると、「怒んなよ」と、甲田はさらにニヤニヤと顔を歪める。

 こんなにも嫌な奴であることを躊躇わない人間がいるのにも驚くが、こいつに下に見られることを大人しく受け入れていた自分にも腹が立った。

 いつからか溜まっていた自分へのわだかまりと、甲田への苛立ちが合わさって区別がつかなくなってくる。

「高瀬って潔癖?」

 甲田が整えられた眉を上げて俺を煽った。

「何で?」

「誘っても遊びに来ないしさ」

 思わず笑ってしまいそうになった。

 自分たちの遊び方が不純で不潔だと言ってるようなものだけど、大丈夫かな。

「高瀬ってさあ、サッカーで有名だったらしいじゃん? 会いたいって子が結構居るんだよなー」

 枝野が組んだ脚をプラプラとさせながら、持っていたスマホを俺に向けた。

 最近また俺を誘ってくるようになったのはそんな理由があったのか。

「もうやってないって言っといて」

「そういうことじゃなくて」

 じゃあどういうことなんだよ。

「くればいーじゃん、甲田の友達、可愛い子ばっかだぞー?」

 田丸がいつものように嬉しそうに笑った。

 自分が大声でバカみたいなこと言ってるって気がつかないんだろうか。周りが羨ましがってるって本気で考えていそうな顔をしている。

 俺は学校の偏差値を疑った。


 もうすぐ昼休みが終わる。ほとんど戻ってきているクラスメイトたちが、黙ってやり取りを聞いていた。口出しできないと分かっているのに、敵でも味方でもない彼らにすら怒りが湧いてしょうがない。

 矛先が多すぎる苛立ちと、本能のままに立ち振る舞うマジョリティに対する微妙な嫉妬が混ざって、俺はついに黙っていられなくなった。


「色んな可愛い子と遊んで楽しい?」

「何だよ、悪いの?」

 目を細める甲田に首を竦めて見せる。

「好きにして良いよ、俺は全然興味ないけど」

 俺は女子に興味が無いんだよ。お前たちにもねえけどな。

 脳内に溢れる失望感から、汚い口調で吐き捨てる。

「シャイなんだ」

 整った顔で癇に障る笑顔を作る甲田を、据えた目で見る。

「そうかも」

「そんなんじゃずっと童貞だぞ?」


 クラス中がギョッとしたのが分かった。

 甲田の隣で同じく驚いた顔をした枝野は、構わずニヤニヤしている甲田を見て、「うわそれキッツー」と調子を合わせた。

 俺はもう一度学校の偏差値を疑った。

「それで? 甲田は好きな子としたの? それとも可愛い子としたの?」

 人生で初めて、人を煽るために笑った。

「……可愛いくて、好きな子だよ」

 俺が言おうとしていることを察知した甲田の顔から、ニヤニヤ笑いが消えた。

 俺は知っていた、甲田に好きな子が居たのを。明らかに気に入ってる様子だったけど、その子は今、かっこいい年上と付き合っている。

「でも付き合えなかったんだ、ずっと色んな可愛い子と遊んでるもんね」

 甲田が黙って、教室の空気は完全に冷え切った。



 それから甲田達と行動を共にしなくなった。

 清々したけど、少しの間このやり取りと共に、和田さんが甲田から俺に心変わりをして告白したが振られた、という話が広まってしまった。

 和田さんは、その通りだから気にしないでと言ったけど、俺は言い返したことを心から後悔した。

 結局、和田さんとも顔を合わせれば笑顔を交わす程度の関係になってしまった。

 唯一幸いだったのは、あのやり取りを見ていたクラスのみんなが俺を構ってくれて孤立しなかったことだ。荒生さんや瀬尾さんでさえ、挨拶くらいはしてくれるようになった。

 甲田は初めこそ校内でもモテていたが、段々派手な彼らの素行がSNSに上げられて周知されるようになると、和田さんのように興味を失っていく人が多かった。甲田たちの方も、そもそも学校の人間と関わる気がないようだった。

 甲田好みの派手な女子はうちにはあまり居なかったし、学校行事などは面倒臭がって居なくなったりすることもあって、クラスメイトも三人のことは頭数に入れないのが常習化していた。だからこうなってから、そもそもなんで俺があのグループにいたのかが謎だった、とか、見ていて違和感があったからスッキリしたと言われたりした。

「俺も違和感はあったよ」と、本音を漏らすと、大いに笑われた。


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